第22話 サンダードラゴンの調査 2 唖然の先

 僕らは点在する南東の森の一つへ飛んだ。

 セバスの魔法は的確で、ちょっとえっちなハプニングで絡み合ってドサドサと落ちる……ようなことは一つもなかった。

 200メートルほど離れた場所の平原で、どうやらセバスに飛ばされたことに気づいたサンダードラゴンが、狂ったように雷を落としながら暴れている。

 サンダードラゴンの攻撃の種類は二種類。普通の攻撃は主に体内に貯めた電気を、体のどこからでも相手に出す放電。

 もう一種類は、電気と魔邪力ゲルードを貯めて口から放つ雷撃。こちらはめったに使わない、サンダードラゴンの必殺技。

 当然、口から吐く攻撃の方が威力は高いが、力を溜めるのに多少の時間を要する。

 それ以外にも、サンダードラゴンは電気を纏っているのである程度の距離まで近付くとスリップダメージが入る。

 あんな中に生身で入ったら普通は死ぬわ。ファンタジーマジファンタジーだわ。


「流石はセバスさん…、いい位置に飛ばしてくれた」

「うん、ここなら見つからずにある程度のダメージを与えられそう」


 イロハが低木の影に座り込み、弓に矢をつがえる。ユウナがイロハに『攻撃力上昇アタックアップ』をかける。


「タカアキ様、気を付けて下さい…。『攻撃力上昇アタックアップ』『速度上昇スピードアップ』」

 

 ひとしきり放電して暴れた後、サンダードラゴンは恐らく城の方へ戻ろうとして、きびすを返す。多分セバスを探すのだろう。

 

「いくわよ、アキ」

  

 イロハの瞳が緑色に光り、ギリギリと弦が引き絞られ、彼女の魔力がその一本の矢に込められていく。

 サンダードラゴンはこちらに気づいていない。彼の敵対範囲は恐らく150メートル前後。ここなら十分に安全にイロハの攻撃を入れられるだろう。


「イロハ、分かってると思うけど、僕のフォローは『二陣』までにして。討伐じゃないからね。まあ、『三陣』まで入れてももしかしたらサンダードラゴンは死なないかもだけど…」

「分かってる。出る準備して。もう数秒で打つから…」

 

 彼女の弓から矢が放たれる前に、僕は飛び出す。

 考えなくても敵との距離感が大体分かる。

 まだサンダードラゴンは僕に気づいていない。180、160、150メートル。

 敵対範囲に入ったらしき感覚がすると同時に、サンダードラゴンはこちらを振り返った。

 これは恐らく、『タカアキ』が鍛錬や実戦でものにした、戦闘勘なのだろう。

 なるほど、世のチートプレイヤーは、こんな風に世界を見ているのか。こんな風に見えるなら、動けるなら、僕も『俺TUEEEE!』したくなるわ。 

 体が軽い! ドクドクと今まで出たことのない量のアドレナリンが出てる感じがする。

 ぞくぞくと背筋を怖気おぞけが這い上がる。強敵と相対した時の恐怖で体がすくみあがりそうなのに、なぜか浮きたち、僕の足は止まらない。

 死んで初めて、僕は高揚している。


「『一陣 譲葉ユズリハ』」


 イロハの矢が放たれたようだ。

 僕の斜め上上空を、イロハの矢が木の葉を纏わせながらサンダードラゴン目がけて飛んでいくのが見えた。

 僕はその瞬間にサンダードラゴンに対して右90度折れて、ぐるりと回りこむように近づく。サンダードラゴンの死角に回り込むためだ。


 『一陣 譲葉ユズリハ』は弓のスキル。

 一本の矢が、魔力を込めることによってヒットする前に数本の矢へ分散する。敵の外皮がいひをそぎ落とす様に飛び、主に敵の注意、敵愾心てきがいしんを集めるために用いる技だ。『二陣 紅葉クレナイバ』は、『一陣』と同様数本の矢に分散し、致命傷にはならない程度に敵の体力を削るスキル。こちらは、しっかりと体に矢が刺さる。『三陣 寒樹カンジュ』は、とどめを刺す時に使うスキル。的確に致命傷を負わせる場所に飛び、威力は『二陣』の2~2.5倍。

 敵対範囲に入った僕を見ていたサンダードラゴンが、イロハの攻撃を受けて森の方へと向き直る。しかし見つけられず、そのトカゲのような目をギョロギョロと動かしながら射手を探している。

 よし、僕への注意は完全に逸れた。撃ちこむなら今しかない。

 僕はサンダードラゴンの斜め下で立ち止まり、剣に力を貯める。

 剣には水が纏われて、その水はゆらりゆらりと意思を持つように揺れる。

 下から打ち上げるように剣を振り上げ、僕はそれを放った。


「『閃空洸刃撃アクアライズ』!!」


 僕が放った立ち昇る水の一閃が、目にも止まらないはやさでサンダードラゴンの頬から左瞳ひだりめにかけてをえぐるように貫かない。

 ドラゴンも当然地面に落下しない。


「「「!?」」」

 

 バッサバッサと、ドラゴンの羽ばたく音だけが聞こえる。

 全員が唖然あぜんとした。「ポカーン」という音が聞こえそうなくらいだ。みんなの顔なんて、見えないのに。

 

 ――……え……、はず…した…?


 そのサンダードラゴンの体の中から、馬鹿でかいモーターの駆動音のような音が聞こえてくる。


(アキ…!! ボーッとすんな!)


 リーンの声で我に返った。

 まずいまずいまずいまずい!!

 サンダードラゴンは僕に雷撃を打ち込むつもりだろう。このモーター音は、体内で電気を発生させる時に出る音だ。

 バチバチと雷を纏わせていくサンダードラゴン。

 遠雷の腰当の力で恐らく直撃はない。この腰当は雷属性の攻撃を軽減と、らす効果がある防具だ。そうでなければ、ここまでサンダードラゴンに近づくことさえできない。だがそれでもある程度のスリップダメージは入る。戦闘訓練を積んでいない者なら当然死ぬほどのダメージだ。

 僕にはユウナの魔法がかかっている。近付いてる今だってダメージは受けていない。

 けれど、相手はほぼ最強の魔邪生物ゲイル

 けなければと思っているのに、予想外の展開と、サンダードラゴンという魔邪生物ゲイルの設定が頭の中を駆け巡って……足がすくんで動かない。


 外すと思わなかった、外すはずがないと思い込んでいた。

 揺らぎの耳飾りなんかつけなきゃ良かった! 揺らぎの耳飾りは、命中率が少し落ちる代わりに、攻撃力を1.5倍に強化するアイテムだった。

 

 自分の運を、物語を、過信しすぎた。


 『タカアキ』は、この世界のすべての魔法、スキルを使えて…、最強だから。

 僕は今この物語の主人公『タカアキ』で…、救世主だから、補正が…かかるって。

 一度も戦闘をしていないのに、僕はなぜこんな慢心ができたんだ!?

 僕の足は、まだ動かない。全身に鳥肌が立って気持ち悪い。


「『二陣 紅葉クレナイバ』」

 

 イロハの放った複数の矢が、今度はドラゴンの体をしっかりと貫く。

 イロハ…! イロハ…!! ありがとう…!!

 これで、サンダードラゴンが落ちてくるか…!?


「ガアアアアア!!!」


 思わず耳をふさぎたくなるような鋭い咆哮に、僕は飛ばされそうな体を必死で抑えつけた。

 サンダードラゴンは落ちては来ず、血を流しながら、索敵外のはずのイロハ達を今度はしっかりと見つけた様子だった。

 

 そして、サンダードラゴンは僕にではなく……彼女たちのいる森に苛烈かれつな雷撃を放った。


 ――嘘…だろう…?


「やめろおおおおお!! 『閃空洸刃撃アクアライズ』!!」

「ギャォアアアオオオ…!!」


 僕の攻撃がサンダードラゴンに当たると同時に、雷撃によって燃え盛るイロハたちのいる森。

 『閃空洸刃撃アクアライズ』は左翼の中心を貫き、サンダードラゴンは僕から少し離れた場所にドシャリと落ちた。

 僕は足を思いっきり殴りつけて、無理やり体を動かす。

 とにかくこいつを、拘束しないと…。


「はっ…はっ…は…、あ…『縛鎖土アースチェイン』」


 僕の手のひらが光り、魔法陣が展開される。見る見るうちに土に覆われていくサンダードラゴン。

 僕は、それを見届け終わらないまま、彼女たちのいる森へと走った。足が絡まって、転げそうになりながら。

 嫌な動悸がする。さっきサンダードラゴンに向かって行った時に打っていた心臓の音と、全く違う。


 ――くそっ、くそっ、くそっ!!


 何が主人公だ、何が救世主だ、何が…!! 僕は分かってるつもりで全然何も…何一つわかっていなかった。

 近づくと、余計にその絶望が分かる。バチバチと音を立てながら生木の焦げる臭いが、一層僕を悲観させる。

 ああ、水…なにか…水の…魔法を……。

 

水精円舞スプラクア


 火の手の中から、妖精の形をした水の塊が上空に現れる。その妖精は微笑んだかと思うと、火の手の上がる森の中に飛び込む。その中を踊るように泳ぐように駆け抜けて鎮火した。

 その中心には、魔力を解放しているユウナがおり、四人の周りには、『シールド』が張られていた。


「みんな…!!」

 

 良かった…!! みんな無事だ…。

 僕は力が抜けて、へなへなと座り込む。こんな時、本当の主人公ならスマートに彼女たちの無事を喜べるんだろうけど…。

 僕にはそんなの無理だ…。みんなの無事に、泣きそうなのをこらえるのが精いっぱいだ。


 一番に僕の元に走ってきて、抱きしめてくれたのは…イロハだった。


「心配したんだよ!! タカアキ!!」

 

 ぐ、うぐううぉおうう! 

 この力強い抱擁ほうよう…、やっぱりコノハさんと親子だな…。む、胸はまだまだ及ばないけど…。


「イ、イロハ…。僕はタカアキじゃなくて…アキだよ…。それに…二人のおかげで…僕は傷一つないから…」

「…し、知ってるわよ!! あんたが…今入ってる体は、その、タカアキに返さなきゃいけない大事な体なんだから……!! 私は、タカアキの体を心配しているんであって、あんたを心配したわけじゃないんだからねっ…!」


 イロハは僕から体を離して、フンッ! と顔を背けた。

 ええ…? そ、そう?

 なんかツンデレみたいなセリフだけど…。キャラクター崩壊してない?

 でも僕には抱きつく前の彼女の眼に、涙が浮かんでいるのが見えていた。イロハがあの攻撃を打ち込んでくれなければ、僕は多分死にはしないまでも、割と高威力の雷撃を間近で喰らっていただろう。下手をすれば、サンダードラゴンを止められなかった。


「タカアキ様、ご無事で良かったですわ。わたくし、みなさまを守るために『シールド』を張らせていただきました。あと、この火事を消したのもわたくしですわ」

「う、うん。火を消したのは見てたよ」

 

 ずいずいと前かがみになって近づいてくるユウナ。ち、近いな…。あの…お、おっぱいの大きさで服が少し引っ張られて…!! 先っちょが…み、見え…見え…っ! 

 ……見え……っない!!

 このドレス隙だらけに見えて全く隙がない。なにこれ、倫理委員会謹製きんせいのドレス?

 あ、いやいや、えと、違う…ええと。

 ……僕はこういう女体の免疫がないから、だめなんだよ、本当に…。


「……ありがとう、ユウナ。君のおかげで、みんなを守れたよ…。君がいなかったら危なかった」

「もっともっと褒めて下さっていいですのよ…。わたくし、実戦は初めてでしたけれど、みなさまをしっかりフォローできて良かったですわ」

「じ、実戦なら私だって初めてだけど、アキのフォローをしっかりしたし!」


 なんでそこで張り合うの?

 うん、でもそうだ。どちらが欠けてもきっとだめだった…。


「うん、そうだよね…本当にあり「まあ、そうでしたの! ではわたくし達、実戦処女卒業ですわね」


 実戦処女ってなんだ!!


「じ、じっせん…処女?」

「そうですわ! 女性はみな、初めて経験した時に処女を卒業するとセバスに聞きましたわ。ですからわたくし達は今日、二人で…! 実戦の処女を卒業したことになりますわね!」

 

 それは、初めて経験ではなく、初めて経験ではないだろうか。うーん、言語って難しい!

 あと、二人で処女卒業って、その響きマニアック過ぎない?


「……ならアキ…あんたも実戦童貞卒業ね」

「えあ!?」

「ノワールは、いつになったら処女卒業できる?」

「ひえっ!?」

  

 ノワールの肩に乗ったリーンから、とんだ流れ弾。

 からのノワールの爆弾発言。この処女はどの処女? 実戦の方だよね、そうだと言ってよね!!

 でも僕、卒業するならもっと穏やかな相手が良かったなあ。スライムとか、ゴブリンとか…。あ、もちろん戦闘童貞の話だけど…。

 

「なるほど、男性は初めて経験すると童貞卒業と言うのですわね。勉強になりますわ」

 

 そんな言葉は勉強しなくてい「ガアアアアア!!」

 うおおおおお!!?  

 忘れていたわけではないが、いきなり大きな唸り声をあげたサンダードラゴンに、びっくりして振り返る。


 あっ、待て待て待て、『縛鎖土アースチェイン』にひびが入ってないか…?

 あれが話を聞く前に壊れたらどうなるんだ…。もう一度やり直しなのか…?

 それはぞっとしない想像だ。 

 僕は駆け出して近づき、もう一度『縛鎖土アースチェイン』を上書きする。

 

 バカな話をしている場合じゃない。さあ、から話を聞かなければ。

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