第20話 王女と僕らとノワール

 宿屋に入ると、店主と思しき男から強烈なお出迎えをされる。


「チッ、っらっしゃあせぇ~」


 ええ~、今聞こえるように舌打ちしたよね? 

 ここ宿屋だよね? なにこの態度の悪さ…?

 戦闘態勢に入ろうとしているノワールを必死で止めた。


「ポルトさん、他の人から…聞いたんですね?」

「チッ、そうだよイロハ。そいつが、タカアキを殺した奴なんだろ!」


 そういうことか。


「あんたの事情もそりゃ分かるから、追い出したりはしねぇけど、できるだけ早く出て行ってくれると助かるわ。もろもろの事情込みでも俺自身、あんたになにするか自分でも分かんねえからよ」


 姫様の部屋は二階の奥の角部屋だ、と言ってポルトは裏へと引っ込んで行った。僕たちが泊まらないということは分かっているのだろう。

 この様子だと、もう村全体が僕のことを知っていそうだ。


「アキ、気にしないでね。ポルトさんは、タカアキのお父さんの親友なの…だから…多分…」


 気にしてない、とは言えない。

 けれど、ここは…耐えるしかないだろう。


「ただ、精神衛生的にも、この村の人たちの為にも…、村から早く出て行った方がよさそうだね」

「……そうね」

 

 帰ってくることはあるだろうが、それでもすぐに出て行った方がいいだろう。

 イロハの目の奥に、ゆらりと悲しみの色が揺れた気がした。


 二階一番奥は、他の部屋と一線を画した豪奢ごうしゃな扉だった。

 現代でいう所のスイートルームの扉なのだろうか(泊まったことがないから分からないが)。


「失礼します、タカアキ・ヒイロです」


 この名前はむず痒いが、二つ名さえつけなければまあ普通の名前だ…と自分に言い聞かせる。

 ヒイロは実は『緋色』と『ヒーロー』のダブルミーニング…。

 でも、これからも名乗ることを考えれば、このダブルミーニングうんぬんは出来るだけはやく忘れ去ってしまいたいところだ。


(大丈夫や。あんたが忘れても、私がずっと…覚えておいてあげるよ…)


 今まで見た中で一番優しい微笑ほほえみを向けるリーン。

 ちくしょう!! 

 もうやだこの妖精!!


「お入りください」


 ダンディなセバスの声が内側から聞こえた。

 少し重い扉を開くと、彼女はセバスを横に従えて優雅に座っていた。窓から漏れる陽の光が彼女の姿を一層神々こうごうしく際立たせる。

 着ている服は、正直痴女のそれだが。

 応接セットやシャンデリアなど、調度品も質の良いものが置かれている。

 紅茶の良い匂いが部屋に充満していて、鼻孔をくすぐる。


「お待ちしておりましたわ、みなさま。どうぞ、お掛け下さい」


 僕らは、僕の家にあった椅子とは違う、ふかっとしたソファに腰を下ろす。

 セバスが僕らの前に紅茶とお菓子を置いてくれる。


「お待たせしてしまってすみません、姫様」

「あの、姫様はやめてくださいませ。わたくしの事はユウナとお呼び下さい。それに敬語も結構ですわ」

「しかし…」

「いえ、良いのですわ。なぜならわたくしも…」


「--パーティに入るのですから」


 知っているが、一応この流れは必要だろう。いきなり呼び捨ては流石にまずい。


「……僕がどういうお返事をしにここへ来たのか分かってるってことかな」

「ええ」


 ユウナはニコリと微笑むと、


「お爺様が認めた方ですもの。タカアキ様はこの依頼を断ることなど絶対にないのですわ」

「買い被りすぎです」

「いいえ、お爺様は人を見誤ることはないお方。私はあなたのパーティに入り、サンダードラゴンの調査の後、魔邪王を共に倒しに行きますわ。ですので、わたくしのことはユウナと。……あの、もしあのよろしければ、愛称などで呼んでいただいても結構ですわ」

「えっ?」

「タカアキ様がお呼びになってくれるならなんだってよいのですけど、ユウナりんとか、ユウにゃんとか…。でもあえて…あえてですけれど、おまえ…とかで呼んでいただいても…。で、でもそれは気が早いですわね! いやですわ、わたくしったら」

 

 もじもじと照れながらまたこの王女はとんでもないことを言い出す。幼馴染は静かに殺気を発している。ユウナからアプローチがある度にこれでは、僕の身がもたないかもしれない…。


「タカアキ様のことは、なんとお呼びすれば? このままでよろしいのでしょうか。」


 この名前は、この世界では本来ならばタカアキのものだ。だからリーンもイロハも僕のことを区別してアキと呼ぶが…。ノワールにとっては見た目が関係なく『僕』と冒険するつもりでいるから、タカアキ呼びのままだろう。

 さて、このお姫様は一体どこまで『僕』のことを知っているのだろうか。


「別に愛称を考えて呼んでもらってもまあ別にいいんだけど、その前にユウナは僕のことをどこまで知ってるのか教えてもらえないか?」

「どこまで、とは?」

「僕とタカアキのこと」


 ユウナはしばらく考える。


「あなたが、お爺様がわたくしに伝えて下さっていたタカアキ様とは違うということ。そして救世主様であるということは…、わたくし以外の方もご存じかと思いますわ。あとは、今朝そちらのお二人が話していたこと…、にわかには信じがたいのですが…、あの…創造主様でもいらっしゃるのですよね…? 申し訳ありませんが、わたくしはその位しか…」

「なるほど…」

 

 創造主でもある、という言葉に、優しい笑顔を崩さないセバスの眉がピクリと動いたのを、僕は見逃さなかった。それはそうだろう、セバス…いやアレクスは、正体がばれていないと思っているのだから。その前提が僕に対しては崩れる。

 予言は、彼女の両親ももちろん聞いているはず。サンダードラゴンの件がなければ、彼女はここには来なかっただろうが…。


「予言があるから世界を僕が救うのが絶対だとしても、僕が君の依頼を受けるとは分からなかった。だから受けてもらう為に練った策も、結局実行はされてない。それでも君は、僕を救世主だからと信じると言うの? 世界を救うのと、このドラゴンの調査は関係がない。君の国を通り過ぎて、先へ進んだ方が効率がいいんだよ。最終的に魔邪王を倒せれば、この世界は平和になる」

  

 本当は関係があるが、そのことは言わない。このサンダードラゴンの件は、人の邪悪さとドラゴンの純粋さを際立たせる話であり、次へ繋がっていく。僕は、あの頃どれだけ人間が嫌いだったのだろうか。

 救世主だから…。予言だから…。

 僕は、僕が考えた物語だということを棚に上げて――この言葉にイライラする。

 よっぽど村人たちの方が建設的で健康的な考え方だ。彼らはタカアキを愛して、タカアキが消えることを恐れた。救世主が救う予言なんかクソ喰らえだと立ちあがろうとした。

 こうやって、この子達は…役割を押し付けられて、そして押し付けて生きてきたのではないか、と。その根底にあるのは四神の予言とやららしいのだが、四神には一言文句を言ってやらないと気が済まない。

 脅しのような僕の言葉に、ユウナはたじろぐこともなく返す。 


「信じますわ。それは…あなたが救世主だからではありませんわ。だってその言い方。あなたの中ではもう、わたくしたちを助けると決まっている物言いですもの。タカアキ様はわたくしに酷い言い方をして、何を聞きたかったのかまでは分かりませんけれど、あなたはやっぱりお優しい方なのですね」

 

 彼女は僕のことを見透かしたように笑った。


「それに、装備を固めて断りに来るなんて、ありえないでしょう?」

「!!」

 

(長々と、姫さんの気持ちを探るようなことして、結局これって恥ずかしいな)

 

 完璧にリーンの言う通りで、僕には返す言葉もなかった。


「でも本当は、扉が開くまでは、やっぱり断られるかもしれないと思っていましたの。信じてはいましたけれど…」

 

 と、ユウナは呟いた。

 話が一区切りついたところで、イロハはノワールの方に目線をりながら初めてここで口を開いた。


「私は、ユウナ姫が来るのは全然かまわないと思うわ。ただ…この子はどうなの?  アキ、こんなに小さい子を連れて行くつもりなの? 説明してくれるって約束でしょう?」


 そうだった、ユウナがパーティに入ることは確定路線だが、ノワールの話をしておかなければ…。僕は口元を隠して、目を伏せる。


「この子、ノワールは…僕の…腹違いの妹だ…」

「は?」

「え?」

「ん?」

「ノワールは僕を頼って、ここまで来たらしい…。だから、僕はこの子を一人置いていくことは…できない…。両親がいない今…頼れるのは僕しかいないんだ…!」

 

 僕は伏せていた顔を上げて、決め顔を見せる。そう、決意した感を出すために。


「嘘だよね。ゴウさんのことなんだと思ってるの? 恥を知りなさいよ」

「嘘ですわね」

「なんで嘘ついたの?」


 リーン!! お前乗ってくれよ!! なんで乗ってくれないんだ!!


「ノワール、タカアキの妹じゃないよ~! 妹じゃタカアキと恋人になれないもん!」

「「!!!???」」


 このノワールの発言に、顔色を変えるイロハとユウナ…。

 え、ちょっと待ってノワール、君は僕の事をそういう意味で好きなの?

 

「ちょ、ちょっと待って…、あの…えと…いや…」


 なんだ、僕は一体なんて言うのが今正解なんだ!!

 分からない! 分からない!!

 誰か助けて!!


(意味もないしょーもない嘘吐くから墓穴掘るんやで)


 やっぱりこの妖精は助けてなんてくれなかった!!


「ノワールはね、タカアキの全部を知ってるんだよ。ノワールが生まれてからずっと見てきたもん」


 全部!? 全部って言った、この子? いや、流石に全部は…ない…よね?


「だから、タカアキのことなんにも知らないお姉ちゃんたちより、ずっとずっとノワールの方が恋人に近いもんね」

「「」」

 

 完全に沈黙する2人。

 これは、いきなりパーティ解散の危機じゃないか。


「ごめん、僕が悪かった。変な嘘ついて…。彼女は、ノワール。僕の『黒歴史』がどうやら、人の形になった女の子らしい。僕が生みの親みたいなものだから、僕のことを好きなのは当然なんだ」

「違うもん! ノワールはタカアキの事、親として好きなんじゃないもん!」

「わかった、わかったからノワール。ちょっとだけ静かにしてくれ。で、この子はこの世界にない魔法を使える。割とえげつない強力な魔法をだ。だから僕らはこの子を置いていけないんだ。僕だって、危険な旅になると思ってるし、この子を安心して預けられるならそうしたい。でも…」

「この世界にアキを呼んだのは、ノワールちゃんらしいの」


 ここで、やっとリーンが口を開いた。

 イロハ、ユウナ、セバスは驚きの表情を隠せない。

 そう、彼女の立ち位置は四神と同等、もしかするとそれより上だ…。 

 ふわふわと移動して、リーンがノワールの肩に座る。 


「ノワールちゃんは、アキと一緒に冒険したかったからアキを呼んだ…」

 

 その言葉の意味に、一番早く気づいたのはイロハだった。

 かすかに笑みさえ浮かべて、彼女は言った。


「もしかして、ノワールちゃんが満足すれば…タカアキが帰ってくるかも…しれない?」

 

 タカアキが戻ってくる希望の端っこくらいには手が届いたかもしれない、きっと彼女はそう思ったのだろう。

 ただ、ノワールに本当にそんなことができる力があるのかは、分からない。彼女は、願ったらと言った。彼女の願いは、彼女の力によって成されたものなのか、それとも…。 


「知らないっ!」


 ぷいっ、と顔をそむけるノワール。

 タカアキを取り戻すための旅は、長くなりそうだ。

 

 締めとばかりに、リーンが口を開く。


「さ、じゃあこれでパーティ結成ということで、もう一度自己紹介しようか。アキからいこうか」

「僕はタカアキ・ヒイロ。恐らく得意武器はショートソード」

「私はイロハ・ツキシロ。得意武器は弓」

「わたくしは、ユウナ・デ・サントーニュ・ベールですわ。得意武器は…一応杖になります。あまり力はないので戦闘では補助呪文や回復呪文しか使えないのですけど」

「……」

「……ノワールは得意なのは攻撃魔法になるのかな? でも、この子の魔法はこの世界のものじゃないし、使わないようにお願いしてはある…」

 

 完全にへそを曲げたノワールに変わって、僕が紹介する。

 ノワールだけは一線を画しているので、武器は持たせないつもりだ。だが武器を渡したらそれはそれでべらぼうに強い気がする…。『黒歴史』が、敵より弱いなんてことは絶対にありえない…。


「私は、リーン。タカアキのキュートなお供妖精」

「わたくしセバスもお嬢様の行かれるところには、ついていきますぞ」


 柔和な笑みを崩さず、彼、セバスは最後にそう言った。


「へ?」

(あれ…アキ……これ…)


 う、うーん…? セバスはついてこなかったような気がするんだけど…。


 こうしてやっと、僕らのパーティが結成されたが…、なんか思ってるより大人数なのはなんでかな?


「ところでアキ、『黒歴史』って…一体なんなの?」


 ……ぐ、……ぐああ!! おあああああ!!!


 ――――――――

 第一部完結です。

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