第19話 魔は逃げ出す

「!!」


 リーンは最初からいたんじゃなかったのか…。


「タカアキの両親が召喚されたのと、リーンが現れた時というのはいつ頃なのですか?」

「タカアキが五歳の頃です。その頃にはもうタカアキもイロハも夫の指導を受けて、修練に励んでいました」

「そんなに幼いころから…」


 五歳って…。

 僕は五歳の頃何をしてたんだろうか…覚えていない。


「両親がいなくなって落ち込んだタカアキを、リーンが助けたのです。それからずっと二人で…。もちろん私たちも支えたけれど、あの子たちは二人で強くなったんですよ。リーンは後から現れたのに、なんだかタカアキとイロハの姉みたいでした」


 こらえきれない様子でふふっ、と笑うコノハ。


「どうしたんですか?」

「あの子、カグルムの国のような訛りを使うでしょう?でも、私たちの前ではあの訛りをなぜか使わないんですよ。みんな知ってるんだけど」


 カグルム。ユウナの国サントの南にある国なのだが、そうここが…僕が京都弁を使う国として設定した国だ。

 設定しただけで、結局僕が書いてた頃にはこの国にはタカアキは到着しなかったが…。

 でも、妖精の国はカグルムにはない。

 一体彼女はどこで関西弁という強烈なキャラクター個性を手に入れたのだろうか。


「なんだ、みんな知ってるんですね、彼女の本当の喋り方」

「…そりゃね…。ずっと一緒にいたんです。タカアキが五歳の時からずっと…」


 優しく、さびしそうに笑うコノハ。

 トントン、と靴が階段を鳴らす音が聞こえた。

 昔話を聞けるのもここまでのようだ。


「ありがとうございました、コノハさん」

「いいえ、こちらこそ…。……あ、救世主様」

「はい…―?!」


 僕は彼女の豊満な胸に顔を押し付けられる。

 いや違う、押し付けられたのではない、抱きしめられたのだ。強く、強く。


「無事に、無事に帰ってくるんだよ! あんたは予言の救世主だから、望みはそりゃ託したいさ。でもね、自棄になったような顔で旅立つのは見たくない! なんでもわかったような顔して抱え込んで、それじゃ辛いだろう!」

「……! …っ!!」

「タカアキだから言ってるんじゃない。救世主様だから言ってるんじゃない。私はね、自分がそうだったから分かる。世界に自分と同じ人間はいないと思うと一人のような気がして、辛くて。でも、みんな違う! それが当たり前なんだ! 感情も、姿かたちも、運命も!! その上で重すぎて耐えられないなら、みんなで分ければいいんだよ」

「っぷは!」


 やっと抱きしめていた腕を離されたかと思うと、コノハはバンッ! と背中を力いっぱい叩いてきた。


「んごっほ!?」


 およそイケメンの口から出てはいけない響きが口から勝手に洩れる。


「ちょっと、お母さん!?」


 力いっぱい背中を殴られた僕を見て、階段から降りてきたイロハが駆けつけてくれる。

 それと同時にバーの中にリーンとノワールが入ってきた。


「おばさん! タカアキに何するの!」


 どうやら僕が叩かれたのを見たらしいノワールが、プンプンと頭から湯気を出しながら食って掛かる。止めるリーン。

 コノハさんの一撃、新たな何かに目覚めそうなほど効いた。


「大丈夫? アキ…」

「大丈夫…」


 そう言って、僕はコノハさんを真っ直ぐ見つめる。

 コノハさんは僕を見て何かを悟ってくれたのか、優しく笑っている。


「ありがとうございます、コノハさん」

「なんで叩かれたのにタカアキ笑ってるの! マゾなの!?」


 いや、どちらかとそっち寄りだけど…違うよノワール、今の一発はそういうのじゃないんだよ。

 まだノワールに分からないのはしょうがないけど、幼女が人の性癖を指す言葉を使うのはやめよう。


「このままいい感じに、行っておいで! と送り出したいんだけど、ちょっと待ってね。ナガレ! もう準備終わっただろ?」


 コノハが促すと、ナガレは裏から神妙な顔をして出てきた。

 手には、見ただけで価値のあるものと分かる、見事な銀の細工の入った美しいショートボウを握っている。


「このショートボウは、ナギトの国で作った特注の弓だ。イロハ…今のお前なら使えるはずだ」

「私に…?」

「ああ、大切に使ってくれ」

「うん…私、大切に使うよ…!」


 そう言って、感動で涙をこぼしそうなイロハが弓を受け取った瞬間、爆弾が投下される。


「この人ね、ほんとは自分の為にこの弓を作ったんだけど、魔力が足りなくて使えなかったんだよ」

「!?」

「んぅっふ!?」


 家族との別れ、そして満を持して出てくる一子相伝の様相を漂わせる強力な武器…。

 本来ならここは涙するところだったのに、コノハの説明によってすべて台無しになった。

 真剣な顔で見守っていたのに、耐えきれなくて吹き出してしまい、ちょっと鼻水が出てしまった。


「コノハ…! それは今言わなくていいだろうが…!!」

「あ、ごめんよつい…。……あっ! ほらほら、折角だしゲン担ぎにつる打ちしてから行きな!」


 焦りながら、話題を転換するコノハ。

 イロハは促され、呼吸を整えて弦を引く。

 ギリギリと限界まで引き延ばされたそれは美しくしなる。

 その指を離した瞬間、鋭い音と共に空気は瞬時にピリリと冴えて、鈴の音にも似た余韻を残す。そしてまたそれは平静へと戻った。


「…うん、お父さん! いい弓をありがとう!!」

「ああ…!! ああ!! 気を付けて行ってくるんだぞ!」

「行ってらっしゃい!」


 イロハの美しく力強い弦打ちを見て、ナガレは何を思ったのだろうか。

 彼の晴れ晴れとした顔を見ると、分かったような気がした。


 ――この弓は娘のためにあったのだと。



 ◇ ◇ ◇


 やっと全員集合したところで(本来の予定にないメンバーが二人ほどいるが)、ユウナの待つ宿屋へ向かう。

 コノハの装備は、肩がけの鞄と普段の服、スカートに胸当て、さっきもらったショートボウと弓が入ったケースが増えたくらいだろうか。彼女もこの村に『空間移動テレポート』できるといえばできるし、そんなに道具はいらないと踏んだのだろう。


(せやで、だからあんたが考えすぎなんや)


 ――いや、だって普通は戻ってこれないと思うじゃないか。


 村自体はそんなに大きくないので、宿屋もすぐそこだ。

 ユウナとセバスが乗っていたであろう豪奢な馬車が見えたところで、イロハは素朴な疑問をぶつけてきた。


「ところでアキ」

「んー?」

「この子は一体どこの子?」

「あっ」


 やだあ、穏やかな声なのになぜか殺気を感じるわあ。

 僕と手を繋いで楽しそうに歩いているノワールが、殺気に気づいたのかイロハの方をじっと見る。

 イロハが僕をかばう所を見ているし、敵ではないということは分かっているだろうけど…、イマイチ何を考えているのかが分からないので、あまり刺激しないでほしい。


「説明する前から殺気を出すのはやめてください」

「あ、ごめん…つい…。アキが…タカアキの皮を被ったアキが…、その容姿を生かして幼女をかどわかしたのかと思うと…おさえられなくて…」

「イロハ…、君の中で僕は一体どんな人非人にんぴにんとして存在しているのかな?」


 さっきまで村のみなさんから僕を庇ってくれていたのに、やっぱり根本のところでは僕に恨みがあると言うことなのだろうか。

 でも彼女が僕を恨んでいたとしても、とりあえずこの世界が平和になるまでは殺されない…よね?


「どのみちこの子の紹介はユウナにもしないといけないから、みんなで話をするときに説明するよ。ただ…大丈夫だとは思うんだけど、僕に対して敵意を向けるのは極力やめてほしい…」

「…分かったわ…」


 何を察してくれたのか分からないが、わりとあっさりと了承してくれた。

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