第18話 昔話は切ない

 ◇ ◇ ◇


 イロハは、二階に必要な物の準備をしに上がって行き、それを皮切りに他の人達は散り散りになって、バーから出て行った。

 ナガレも、コノハに何かを呟いてから裏へと引っ込んで行った。

 僕に対しての危険がなくなったと思ったノワールは、暇になったのか外に出て行こうとしたので、あわててリーンが追いかけて行った。

 一人所在なく座っていると、コノハが近付いてくる。


「救世主様、あの子はタカアキを守るために、タカアキと変わらない鍛錬を一緒に積んだ優秀な弓使いです。自分の技はタカアキを消滅から守るためだから、と一度も実戦には出たことがないのでそれが気がかりなのですが…。でも親の私が言うのもなんですが、あの子ほどの使い手はそうはいないと思います。どうか、イロハをよろしくお願いします」

「はい」


 僕にお辞儀をしたコノハのその手が、震えているのが目に入った。

 本当は止めたいだろう。

 自分の子どもが世界を救うとしても、名誉だと思える親はきっとどこかネジが飛んでいる。

 戦いとは、命を落とすという覚悟がある者しか行えるものではない。


「でも、見た目が小さい頃からよく知ってるタカアキなのに中身だけ違うなんて、なんだか不思議な感じです」

「えと…すみません」

「あら、やだ…謝らないで下さい。そんなつもりで言ったんじゃないんですよ」


 コノハはゆったりと笑った。


「あの子が降りてくるまで、少しだけ昔話を聞いていただけますか…?」


 昔話…? それは聞きたい。

 聞きたいが…それってフラグとかいうやつではないだろうな?

 少し曖昧な記憶の箱を頑張って開ける。

 大丈夫だ…この村の人もイロハも…誰も死ぬような筋書きはなかった。

 僕が紡いだ物語なのに、僕が忘れてしまったものではない『人生』をこの人たちは持っている。

 とても不思議な感じがする。


「あ、もしかして救世主様は、私の過去を全てご存知ですか? 創造主様でもあるのですよね…?」

「いえ、お話を聞かせてください」


 この物語の一人一人の過去、それを僕は知らない。

 人の生とは、数行であらわすことなど到底できないものだ。そして一人を掘り下げすぎると、物語は進んではくれない。

 リーンが言っていた『物語の肝』以外は、どうやらこの世界は勝手に辻褄つじつまを合わせて補完し、そしてつむがれている。

 僕の知っている物語でありながら、全く新しい物語なのだとすでに僕は感じている。

 知らないことは積極的に知っていくべきだろう。


「そうですか、ではお話しさせていただきますね…。私が夫と出会ったのは、この国ではなくナギトという国です、ご存知ですか?」

「はい、一応は」


 ナギト、ヨルンの真南に位置する国。

 ただ、この国から行くには険しい山が邪魔をする為、別の国をいくつか経由してしか行くことができない。少し閉鎖的な土地だ。しかし閉鎖的になるのには理由がある。

 魔邪暗黒界ゲルナークとこの世界を繋ぐ、ゲートがあるのがナギトだからだ。

 だから国全体がピリピリしている。もちろん、ゲート自体は封印によってしっかりと閉じているのだが、ゲート付近はどうしても強力な魔邪生物ゲイルが出やすい環境にある。


「でもなぜそこで…?」

「元々、ナガレはヨルンの人間で、ナギトの国に修行に来ていました。どの国からも、強力な魔邪生物ゲイルが出やすいナギトに、戦える者たちが修行という名の救援として数十名単位で派遣されるのです。私はその時、父と喧嘩をして家出していて。彷徨さまよっていたナギトの国で修行に来ていたナガレと出会って結婚したのです」

「えっ? じゃあ他のご家族とは…?」

「それ以来一度も会っていません。あ、気にしないでください。会いたいとも思っていないのです」


 兄弟もおらず母はもう亡くなっていたのと、とても酷い父親だったので…とコノハは続けた。

 家族の話はあまりしたくなさそうだったので、僕はそれ以上聞くのはやめる。

 割と肝っ玉母さんな感じはしていたけれど、家出したまま親の同意も貰わず結婚してしまうとは…。

 流石コノハと言うべきか。

 コノハの出自、生い立ちについては僕は設定を一つもしていない。

 それは必要を感じなかったから。

 ただ、イロハの母親で尚且つとても色っぽい母ちゃんである、という点には力を入れた覚えがあるようなないような…。


「そうしているうちにナガレの修業期間が終わり、こちらに二人で帰ってきました。この村の人達はみな暖かく迎えてくれ、私を元からいる家族のように扱ってくれました。とても嬉しかった」


 優しい村人に囲まれて、彼女はイロハを身ごもる。

 それとほぼ同時期に、少し遅れて同じように彼女に優しくしてくれた村人の封印士スーラ―、タカアキの父親ゴウと母親のエルも、タカアキを身籠みごもった。


「その頃にはまだ、四神の予言はありませんでした。私たちは、産んでから自分の子どもが過酷な運命を背負っていることを知ったのです」


 四神の予言は、タカアキが生まれたその瞬間にもたらされた。


『この者は彼方へと去り、始まりの者が現れ世界を救う救世主となる。

 この者の去離いまかりは始まりの者の呼び笛、始まりの少女との邂逅かいこうが世界本来の始まりである。

 始まりの日に備えよ。

 携えしやいばを鍛えることを怠るな。

 この予言を聞きし者よ、そなたらの子の力研ぎ澄ませよ』


「この者とは、もちろんタカアキの事です。ゴウとエルは私たちよりもずっと苦しんだことでしょう」

「……」


 タカアキ、イロハは生まれた時から、僕が描いた逃れられない運命の流れのかせをつけて生きてきたのか。

 今更謝ったところで、もうどうにもならないことだが…。


「優秀な封印士スーラ―であるゴウとエルは、ご存知どうか分かりませんが四神の島のいずれかにいます。封印士スーラ―は、一定の時期が来ると四神の力によって島へ召喚されるので連絡手段はありませんが、魔邪王を倒すのですからきっと旅の途中で会えると思います」


 良かった、タカアキの両親は生きていたのか…。

 家に主人公の他の家族がいないというのは割とよくある設定だが、世界観からして両親揃って海外出張とかそういうのではないだろう…と思っていたら、当たらずとも遠からずだった。

 最悪の場合は、主人公を守って襲われて死んだ…というパターンもあるかもしれないと思っていたから、僕の中の引っかかりが一つ取れてほっとする。

 ただ、どんな顔をしてタカアキの両親に会えばいいのかという問題は残るが。


「そして彼らが召喚されるのと入れ替わりに、リーンが現れました」

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