第12話 畳み掛ける幼女

「よっしゃ、今度こそ出発や。忘れ物はないな?」

「ないっていうかいっぱいあ…」

「さあ行くでー!!」


 訊いといて無視!?

 結局必要最低限の物しか持たせてもらえず、僕らは用意してくるね! と言ったまま帰ってこない幼馴染を迎えに行くことになった。

 まあ、女の子は準備に時間がかかるものだ。そう相場が決まっている。

 ……母の話だ。

 私も昔は人魚だったのよ、が口癖の失礼ながらどう見てもジュゴンだった母が準備に時間がかかる人だったのだ。

 悲しいが彼女とかの話ではない。

 正直特に思い入れのあるわけではないこの家とも、当分の間お別れかな? いやそんなことないか、すぐに帰ってこられる。

 じゃあ、今度こそ出発!! と、意気揚々とドアを開くと、家の前の一本の木の前に幼い女の子が座ってもたれ掛かっている。


「!!???」

「んん?」


 いざ冒険が始まる! と思ったら謎の美少女の次は謎の幼女???

 幼女の湛える真っ赤な長い髪の色に、まず目を奪われる。ちょっと触ると折れそうな細いすらっとした手足を放り出している。

 年の頃は8~9歳くらいだろうか?

 よく見ると右目に眼帯をつけている。けがをしているのだろうか…。

 とても気持ち様さそうに木の葉の影の下で寝ている姿はなんとも愛らしい。


 ―― 畳み掛けてくるなあ…。


 僕の作ったキャラじゃない女の子…これで二人目なんだけど…。

 イレギュラーだらけなのに、本当にこの物語は『エターナルダークサーガ(仮)』通り進むのか? まだ冒険が始まっていないのに不安しかない。

 でもこれは、無視…してもいいものなのか…?

 ダメだろうなあ、こんなこれ見よがしな配置にいる女の子だものなあ。

 はあ、やれやれ。

 ところで、僕が起こしてもこれは事案にならないだろうか?

 だだ、大丈夫だよな? 中身はともかく外見はイケメンだし…。


「大丈夫やから、はよ起こしたり」

「うん…」


 そうか、妖精がそばにいるし大丈夫か。

 しゃがんで、気持ちよさそうに寝息を立てている幼女の肩を揺すって起こす。

 ……? 

 何か少し触れたところに違和感がする。

 ビリビリ? ピリピリ? 低周波的ななにかか??? よくわからない。

 ほんの些細なものなので、まあ気のせいか。


「こんなところで寝てたら風邪ひくよ…?」

「ん~? んん~…ふぁ~…」


 あくびを一つして小さな手でこしこしとまぶたをこする幼女。可愛らしいなあ。

 ぼんやりとこちらを見たと思うと、パッチリとまんまるな左眼(すごい!あかい眼だ!)を開いてとびっきりの笑顔で笑った。


「あっ! タカアキ!」


 おおう…、君はなぜ僕の名前を知っているんだい? 村人か誰かかな?

 幼女は立ち上がってピョンピョンと飛び回っている。

 嬉しくて仕方ないといった感じだ。


「この子と知り合いなのアキ?」

「いや、むしろ妖精は知らないのこの子? この村の誰かの子どもとか…」

「こんな目立つ子は知らないなぁ」

「ほんとに?」

「なんでここで嘘言わなきゃいけないのよ」


 ですよね~。

 どう見てもモブのデザインじゃないもの、この子。

 幼女はにこにこしながら僕の腕を掴む。

 その瞬間に、ぞわわわ! と腕から這い上がる悪寒。


「!????」


 びっくりして幼女の腕を振り払い、一定の距離をとる。

 自分が思ってるより早く、そして距離を取ってしまった。鍛えられた肉体はすごい。


「ちょっ、どうしたのアキ!」

「えっ!? いや……え?」


 モンスターとか…そういう感じではない。

 触れてもアクティブな敵対心を感じないし、こちらが攻撃しても恐らくダメージにはならないだろう。

 でもこの悪寒は…。

 ちょっと待て僕の創造した異世界ではこんなことがありえるのか?

 僕は混乱したが、幼女との距離はそのままに尋ねる。


「君、名前は?」

「んーとねぇ、ク…違う、ノワール!」

「ノワール…?」


 やはり知らない名前だ。妖精に続いて二人目の…知らない…でもどうやら鍵になるであろうキャラクター。

 でもあの感じ…。

 この感覚は…知っているんだよなあ…。

 こんなキャラクターは知らないけど、おおよその見当がつくのが逆に怖い。


「ノワール、もしかして君は僕の…うしろの…」

「そうだよ! ずっと一緒にいたよタカアキ!! やっとお話ができたね!!」


 きゃっきゃっ、と無邪気に笑うノワール。


「ちょっとアキ、知り合いじゃないって言ったじゃない…? それにうしろってなに…?」


 リーンがいぶかしがるのも無理はない。


「話せば長くなるようなならないような…」


 と話し出そうとしたが、妖精はどうやら僕の考えていることを読んだようだ。


「いや…え? 嘘でしょ、アキ? そんなことって…ある?」

「僕もイレギュラーな存在はリーンだけだと思いたいけどね…。多分、さっきの受け答えからしても間違いないと思う……」


 訊きたくないがここは訊くしかないだろう、素直に答えてくれるかどうかは別として。


「ねえノワール。もしかして君は僕の『黒歴史』そのもの?」

「うん! そうだよ! だから『ノワール』! タカアキフランス語とか好きでしょ! クロよりノワールの方がタカアキ好きかなって!」


 おお、あっさり答えてくれたどころか訊いていないことまで教えてくれてありがたい。

 ノワールちゃんはフランス語知ってるんだね! うん、確かに好きだよ! この年になってもやっぱり横文字ってさ、格好いいと思うし!

 でもクロもね、名前としてはいいと思う。どっちもいい名前だよね。

 えっへん! と胸を張りながら得意げに答える幼女ノワール。


「でもね、ノワール…タカアキが想像してたあの黒い姿あんまり好きじゃないんだ~。タカアキが考えてくれた形だから嫌いじゃないんだよ? 腕はいくつもあって遊ぶのに便利だったし。でもタカアキも、ノワールのあの姿あんまり好きじゃないんだよね? だからノワールのことずっと無視してたのかなって…。やっぱりノワールね、できればタカアキが好きな姿で出て来たくて」


 うーん! ノワールちゃん、僕を想ってくれるその気持ち、とっても嬉しいよ!

でも好きな姿って誤解を招くから。うん…。僕はどちらかと言えばモンスター型よりヒト型の方が好きっていう、そういう意味だよね!

 その言い方は僕がその年頃の女の子が好きっていう感じの意味に捉えられる可能性があるからね。

 実際、リーンがゴミ以下を見るような目…使用済みになった『自主規制』を見るような目でこっちを見ているからね…。

 でもちょっと感心したけれども、僕の『黒歴史エターナルダークサーガ(仮)』の物語の中に『黒歴史』がキャラとして出てきたらおかしいだろう!!


「ノワールはねえ、タカアキが中学生になった頃からずっとタカアキと一緒にいたんだけど、タカアキはちっともこっちを見てくれないから、お願いしたんだよ」

「お願い…?」

「タカアキと一緒に冒険したいって!」


 oh…どうやら僕の転生の元凶は、この子のようだ。

 マジでか。

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