第8話 その選択肢は受け入れられない

「それにその…今頃は既成事実ができているはずでしたので…」


 おぎゃー!!


 そうだった!

 僕に受けてもらうのになんかとんでもねえ策練って来てたんだこの人達。


「すみません、姫様、セバスさん。タカアキは先日の大型魔邪生物ゲイル討伐の疲れがまだ残っているようです。少し休ませますのでちゃんとしたお返事にもうしばらくだけ時間を頂けますか?」


 リーンはそう言って二人に退室をうながす。


「…わかりましたわ。わたくし達はこの村の宿にいますので…」


 家から出る瞬間、ユウナは振り返る。


「どうか、我が国を…お救い下さい」


 それは、消え入りそうな悲しい声。痛みに耐えながら、必死で絞り出したと分かる声だった。

 流石に胸が痛む。 

 でも僕がその依頼を受けなくても、他の誰かがやるだろう。

 世界は、そういう風に回っているはずだ。

 少なくとも転生する前はそうだった…。


 ドアが閉まり、静寂がやってくる。


「本当に受けないつもり?」


 イロハはあきれたように言う。


「…受けないよ…」

「どうして…?」

「どうしてって…それは……」

「それは?」


 真っ直ぐにこちらを見ているイロハ。

 僕はその眼に耐えられず顔をらす。


「『漆黒の緋色を纏いし者』タカアキ・ヒイロは、怖いんだよね?」


 妖精が小さく溜息をついて、鋭く突き刺さる言葉を吐く。


「っ…!! だってドラゴンだぞ…!! 僕が作ったんだ!! 奴の強さは分かってる!! 怖くないわけないだろ!」

「そう、あなたが作った」


 サンダードラゴンは強い。

 こんな物語の最序盤でぶつかるようなレベルの敵じゃない。

 でも、僕は小説を書いたとき『主人公の規格外の強さが分かりやすいように』と、ほぼ最強の敵であるはずのドラゴンを序盤にタカアキと戦わせた。


「この物語、この世界――最強の主人公も全部あなたが作ったんだよ」


 はっと顔を上げると、妖精は微笑んでいる。


「顔を上げなよ、アキ。あなたが作った最強のタカアキは、当然最強だよ」


◆ ◆ ◆


閃空洸刃撃アクアライズ!!」

 タカアキが放った立ち昇る水の一閃が、目にも止まらないはやさでサンダードラゴンの頬から左瞳ひだりめにかけてをえぐるように貫く。


「ギャォアアアオオオ…!!」

 ドズゥゥン…!!

 ドラゴンは唸り声をあげて地面に落下した。


 閃空洸刃撃アクアライズは、空中にいる敵に用いる剣技だ。習得レベルは五段階中三。

 三階級に分かれている階級制度の、中級以上(初級、中級、上級冒険者に分かれている。実はその上に特級があるが、冒険者組合によって秘匿ひとくされている)の剣士であれば扱える攻撃である。

 ただ当てるだけであれば問題なく使える技ではあるが、よほどの力を持つ剣士でないと魔邪生物ゲイルの特定の部位に当てることは難しい。

その上サンダードラゴンは雷属性のドラゴン、閃空洸刃撃アクアライズは水属性…。

 雷に対して水は相性が悪い。

 本来なら大したダメージにはならないはずだ。

 だが、レベルの高い冒険者が放つ閃空洸刃撃アクアライズの斬撃は、不純物が含まれていない純水。

 雷との相性に関係しない。また凝縮した純水の塊が放たれるこの攻撃は物理攻撃としての攻撃力が高い。

 もちろん、攻撃力は使い手に依存するのではあるが。

 剣を納め、息も絶え絶えのドラゴンに近づいていくタカアキ。

 左に構えていた盾をおろし、左の手をドラゴンの前に差し出す。掌が光り、魔法陣が空中に形成される。


「すまないな、サンダードラゴン…。『縛鎖土アースチェイン』」


 纏った雷が消え、銀色の鱗が光るその巨体が、頭の部分を残して土にみるみる覆われていく。

 この依頼は討伐ではなく、調査。

 殺してはいけない為、捕縛する。

 もはや威嚇いかくすることもままならないドラゴンの額に手を乗せる。


「『意思疎通テレベル』」

「…グ…グウゥ…、ニンゲンメ…」

「サンダードラゴン、君の行動がおかしかった理由を教えてくれ。一体何があったんだ…? 理由があるんだろ?」

「――…テ」


 ◇ ◇ ◇


「――どう? 思い出した?」

「…ぅえ? …あ、うん」


 あ、流れで行って調査が済んだかと思った…。 

 行ってないのか、僕が書いたあの辺りの記憶…それを思い出しただけか。


「つまり、アキがこの世界で最強の剣士なのは変わりない。なら勝てないわけないでしょ? 受けない理由もどこにもないじゃない」

「う、うう…」


 イロハが更に追撃してくる。


「そうよ、アキ。ユウナ姫様…とてもお辛そうだった…」

「ぐぅう…!!」


 こうしている間にも暴れ回っているサンダードラゴンによって、ユウナの国の国民たちは恐怖でいっぱいだろう。

 シールドの事をユウナが言っていたが、強度に関しては持つ…はず。

 ただ、強度に関しての詳細な設定なんて考えてもいなかったから、絶対とは言い切れない。

 そうだとしても破られそうになれば破られるまでに誰かが、例えばユウナの父親が動いて倒すだろう。

 ああ…でもそうか、倒してしまったら、ドラゴン同士の縄張り争いが…。


 ――考えたくない。

 考えたくないことなんだけど、もしかして僕のこの選択で人が死んでしまうのではないだろうか…。


 僕は、僕自身のことは…生きている時も正直どうでもいいと思っていた。

 けれど周りの人が傷つくのを見ると、心の底の方がざわめいて感情のたかぶりがおさえられず、目の前がチカチカした。

 それで我を忘れたこともあった…。

 誰かが傷つくのは、怖い。

 この世界に息づくものは全て僕の作ったもの…、それは人や動物、魔邪生物ゲイルだってそうだ。

 なぜ僕がこの世界に来たのかはわからないが、僕は僕に縛りを課そう。

 僕は最強で、そして誰も死なせずにこのストーリーを進めるすべを知っているのだから。

 傷つけるのは許してほしい…。

 ただ絶対に、魔邪王以外は誰も死なせないと誓う。

 そしてできれば、魔邪王も倒さずに世界を救える道を探したい。


 …そうだ、勝てる! 絶対に負けることはないんだ!

 僕は…この世界最強の戦士。

 自分をふるい立たせる。


「分かった、サンダードラゴンの調査依頼…受けるよ」

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