第3話 設定を盛りすぎると主人公が死ぬ

 でもまああれか、『始まりのほにゃらら』とかどこにでも転がってる言い回しだし…。


「えっ! 今日が!? 嘘でしょう!? なんで…そんなことリーン教えてくれなかったじゃない…!」


 僕を置いてきぼりにして、幼馴染(仮)は妖精に詰め寄る。


「私も今日が『始まりの日』と気付いたのはついさっきで……。

ただ…『始まりの日』が『どうしよっかな~、うーんそうだ! 1話目では可愛い女の子が落ちてくる。冒険が始まる王道! 謎の美少女!! これだよね! …え~と、毎朝起しに来る幼馴染はすごく怒る!』


 という筋書きなんだよ。これは誰にも教えられない…。教えてこの流れをイロハや他の誰かに防がれちゃったら、それは理から外れちゃうことになるから…」


 ――うっ、なんだ?


 …頭が…胸が…痛い…。

 チクチクと刺すような痛みが走る。

 ヒタリ…と何かの足音が聞こえたような気がした。


「幼馴染の取ってつけたような扱いはなんなの…? …でも…えっ、じゃあもしかして…」

「うん、お察しの通りこのタカアキは、イロハの知っているタカアキとは別人。えーとそうだね…タカアキじゃなくて、アキでいいや。いやでも、タカアキとアキはもともと正確には別人じゃないというか、同一人物なんだけどそうじゃないというか…。うーん…、その辺りは私にもわからないんだけどね。設定にないし…」


 なんか僕がサブのタカアキみたいな立ち位置になった。でも、アキって呼び方…いや、それは今はどうでもいいか。


 ―――ん? 

 最後にこの妖精さらっと設定とか言わなかった?


「あの笑うと笑顔がかわいくて、イケメンイケボで、老若にゃんにょ…」


 あ、噛んだ。


「…老若男女誰にでも優しく勇敢で村人に慕われていたタカアキ…。攻撃、防御、補助スキル、その他のスキル…冒険者として取得できるものは全てマスターの称号を持っており、それ以外にも武技を極めし者にしか持つことのできないスキルも多数取得した、名実ともに最強の勇者だったタカアキ…」


 ふむ…。


「村人だけじゃなく、国内外の貴族王族にも多くファンがおり、そして何より各国の王からも絶大の信頼があったタカアキ…」


 ほう…。


「『甘いマスクとボイスで蕩けちゃう!』と評判の、歌もうまくて踊りもキレッキレだったタカアキは…っ!! もうっ…!! いないんだよ!」


 えっ?


 スキル云々とかはまだわかるけど、歌も踊りも…キレキレ?

 国内外のファン?

 なにそれ本当に勇者なの?

 勇者ってこの世界ではアイドルの意味なの?

 妖精ってキレキレとか使うの?




 ◆ ◆ ◆


『タカアキ! 魔邪王を倒すのはお前しかいねえよ!!』

「はい! 僕、頑張ります!」


『そうだ! 予言の通り別のタカアキが現れても、俺たちが追い返しちまえばいいだろ!』

「そこまで言ってもらえて、嬉しいです…! でも…追い返すなんてそんな…。

いつかいらっしゃるタカアキさんも一緒に…魔邪王を倒しに行けたらって…」


『……そうか…! 一緒にか…! お前は優しいなあタカアキ!!』

「僕が優しいんじゃなくてみなさんが優しいから…、僕も優しくいたい…。そしてできれば全てを守りたいと思うだけです…」


『ほんとに、お前ってやつは…。……タカアキィ…お前が、いなくなるなんて…ウソだろ…? 予言なんて…嘘っぱちだろ…? そうだろ…?』

「……」


『タカアキじゃなくていいじゃねえか…! なんでタカアキなんだ……。なんなら俺たちが…変わってやるのに…!!』

「……」


『お前がいなくなっちまうなんて……。こんな…こんな予言よお…こんな…うっうう…』

「…四神の予言は…、絶対ですから…」


『なあみんな! タカアキを! タカアキを…!! みんなで…予言から守ろうぜ!! 入れ替わりなんか、俺たちがさせねえ…っ!! 『始まりの日』を食い止めてやろうぜ!!』

「ダメです!! みなさん…それは…神に背く行為ですから…っ! 僕はもう…覚悟ができています。僕の命と引き換えに魔邪王を打ち倒せるなら…! みなさんを守れるなら…!! 本当は僕もタカアキさんと一緒に魔邪王を倒しに行きたかった…。でもそれは叶わないから…」


『……』

「みなさん…! 僕が…っ僕がいなくなって新しいタカアキさんが来ても…、僕の事…忘れないでくださいね…。タカアキさんとも…仲良くしてください…! 彼が、彼がきっと…この世界を救ってくれますから…っ!」


『…ッ! …バカ野郎ッ!! お前は…お前はいなくなったりしねえ!! 俺たちが! 村だけじゃない…他の国のやつらも…手伝ってくれるって言ってるからよ! みんなで…お前を守るっ!! そう決めたんだ…!』

「みなさん…、ありがとう…。ありがとう…ございます…」


『タカアキ、お前を守れなくても…きっとお前を…消させはしないからな…! 消えても、俺たちがきっと呼び戻してやる…!』



 ◇ ◇ ◇



「――と誰もが守りたいと思っていた、勇者オブ勇者タカアキでは…もうないよ」



 ええ~? なにそれ、勇者じゃん!

 アイドルの素質も持つ勇者じゃん!!

 勇者の器じゃん!

 そんなに慕われてるなんて、タカアキすごい…ッ!

 アタイが出る幕ないじゃない! 男でも掘れちゃうじゃない! 

 あ、間違えた、惚れちゃうじゃない!


 ――ていうか、んん…?


 魔邪王…???

 魔王でいいじゃん、魔邪王って…語呂わるっ!

 …でもなんだろう…このぞわぞわとせり上がってくる嫌な感じ。

 すぐ背後に何か強大で不気味なおぞましい化け物が潜んでいるような…。

 化け物の姿はそう…手がたくさんあって闇よりも深い黒…。

 その眼は死んだ魚のように生気がなく、下卑た笑いを張り付けている、そんな化け物だ…。

 ベンタブラックのその化け物に捕まったらもう今の自分とは同じでいられないような気がして、僕はそれを振り払う。


 そしてその嫌な感じとは別に…僕に明確な危機が迫っているのは勘違いではないだろう…。

 この危機は回避できるのだろうか。

 無理ではないだろうか?


 ――いつも、思っていた。

 物語の中の主人公たちは、どうしてピンチをあんなに華麗に乗り越えられるのか――と。


 僕には、無理な気がする。


 …外見と声はみんなが知ってるタカアキだけど…、恐れていた通りに防ぐこともできず中身が僕に変わってしまったわけで。

 この感じだと、入れ替わったというよりは僕が上書きされて…、タカアキ君は消滅した…のだろう…。

 それって周りにバレたら…リンチの流れだよね?

 魔邪王? とかいうなんか世界を滅ぼそうとしている系の敵らしき存在より、僕の方がこの世界のみなさんからヘイト集めてない?


 さっきの回想の会話の流れ、そういう感じじゃなかった?


 タカアキを返せ、タカアキ!! っていや、僕もタカアキだけど…。

 タカアキは新しいタカアキとも仲良くしてやって! みたいなこと言ってたけど、誰一人として賛同してなかったよね…?

 予言だろうがなんだろうがタカアキがいなくなるくらいなら神に背くことも厭わない…! みんな! 武器を取れー!! みたいなノリだったよね…?

 タカアキがタカアキじゃなくなって、素性も分からねえタカアキの野郎ががタカアキとしてこの世界に来るのか。

 ふざけるんじゃねえよ!

 タカアキは…タカアキは一人しかいねえのに!!

 いや待てよ…、だとしたらタカアキの野郎を消せばタカアキが戻ってくるんじゃないか?

 そうだ、タカアキの野郎を消してタカアキを取り戻せばいい!!


 ――みたいなさあ!!



 タカアキがゲシュタルト崩壊しちゃうよお!

 物理的な意味でもタカアキが崩壊する確率が高いよお!!

 そして今、崩壊の先触れともいえる僕に対する隠すつもりもない殺意…。タカアキさんの幼馴染から感じます。ビンビン感じます…!


 ビンタの時の比ではない殺気だ。


 ああ、僕は覚悟しなくてはいけない…。

 思っているよりも死は、身近なところにあるのだと。


 だがしかし、その殺気は力を振るわれる前にあっさりと引っ込んでしまう。


 その代わりに彼女が出したのは…悲痛な嗚咽おえつだった。


「なんて…ことなの…。こんな、唐突に…本当に予言の通りになるなんて…! うっ…! ふっ…!! ううう…! タカアキ…タカアキィ! 守れなかった…っ!! 私が…守るって…。みんなで…守るって…! 言ったのに!! あ、ああぁ…うあぁぁ~…!!」


 膝から崩れ落ち、今度こそ、大粒の涙が彼女の瞳から溢れ出た。

 僕への憎しみよりも、タカアキを失った悲しみの方が強いのだろう。

 僕には、彼女に殴られることはできても、彼女を慰める権利はない。

 僕はどうしたら良かったんだろう?

 僕があの時死ななければよかったのだろうか。

 僕の名前がタカアキじゃなかったら良かったのだろうか。


 それとも…何か別の…。



「…そして、いまこの目の前にいるアキが、一応この世界を救う救世主且つ創造主…」



「『漆黒しっこく緋色ひいろまといし者』タカアキ・ヒイロ」



 その名前を聞いた瞬間に、朝起きてから『どうやらよくわからないがどこかのファンタジー世界に僕は最強のイケメンとして転生したらしい』ということぐらいしかわからなくて霧がかっていた頭の中が晴れた。

 ぱぁって! 音が聞こえるくらいぱぁぁって!! 晴れた。

 澄み渡りすぎて、タカアキ君…イロハちゃん…ごめんね…という気持ちで出ていた涙も引いた。


 晴れたと同時に、叫びたくなった。

 叫びたくなると同時に…結局抑えきれずに叫んだ。


「その二つ名を出すのは…やめろおおおおおお!!!!」


 あっ、すごい。


 イケボで叫ぶとすごい。迫力すごい。

 泣いていたイロハがビクリと肩を震わせる。


 でもそんな僕の咆哮を前にしてもツッコミ妖精はひるまない。

 しら~っとした顔でこちらを見ながら、外国人がよくやるハァン? といった感じのあの肩をすくめるポージングを取って


(漆黒の緋色って一体なんやね――)


「やめろおおおおお!!!!」



 背後で何本もの腕を駆使して1人〇×ゲームをやっていた黒い化け物が、ここぞとばかりにキャハ~! と無邪気に僕の心臓と体をがっしり掴んだ。


 ――捕まってしまった。

 もう逃げられない…。

 …ずっと、ずっと昔からうしろにいるのは知っていた。

 時々僕を振り向かせようと、さわさわとその腕を伸ばしていたのも。

 でも目を瞑ってそれを、見ないふりをしていた…。

 見てはいけないと自分に言い聞かせて。

 振り返ってそれを見たら…、そうだ僕は…。


 またあの頃の気持ちを思い出して、その苦しかった頃の記憶だけじゃない、持っていた夢や希望も…僕の中に還ってきてしまうと知っていたから。

 それは僕にとって隠して一生封じ込めておきたい黒いモノに違いないのだが、その中には純粋で混じりけのない『あの頃』のひたむきな眩しさがあるのを知っていたから。


 僕が本当に目を背けたかったのは、その光だった。

 恥ずかしいものと一緒くたにして全部、見ないようにしていた。



 こいつの名前を僕は知っている。




 『黒歴史』




 恐らく僕にだけ見えていたであろう黒い化け物の幻影は、僕を捕まえると霧散した。


 ――この頭や胸の痛みは…それからくる痛みだったんだ…。



 僕、異世界転生って、ほんと夢だったんですけど…。


 転生先がまさか自分の昔書いてた黒歴史時代の小説だなんて、ちょ~っと、いや大分、かなり…神様は残酷じゃないですか?

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