第21話
一月の下旬には、兄貴の部屋は空になった。
懐かしむための名残すら、もう残っていない。
母親曰く、管理会社との契約は月末までだというから、俺は余裕を持って任務を完了したわけだ。せっせと通った成果である。
そして、任務完了と同時に、俺がシェアハウスに行く理由は、なくなってしまった。
また、ぽつねんと過ごす元通りの日常が、戻ってきた。
柳さんと俺の距離は、こたつ鍋の会で少しばかり縮んだように見えた(と解釈できなくもない程度になった)後は、平行線を辿った。五十嵐さんは変わらず『次の鍋パにも呼んであげる(ハートマーク)」』と、友人のようなノリでメッセージをくれる。それこそ鍋ナイトに招待でもされなければ、俺はあの家を尋ねる理由がない。近くまで来たから、と言える用事すらない。
あっけないな、と思った。
自分で自分の情けないところを、くっきりと浮かび上がらせてしまっただけだ。
ところが。
シェアハウスの鍵を管理会社に返した、半月ほど後のことだった。
五十嵐さんから、『渡したいものがある』というメッセージが入ったのである。
メッセージを読んで、思わず俺の心臓は波打った。この展開、またか。
変なトラウマもどきを呼び起こす文面は、やめてほしい。そういう時は、何を渡したいのか最初に言ってくれ、と独りごちる。俺の思いをよそに、五十嵐さんからは『ついでにナギちゃんの顔でも拝みにおいでよ(ハートマーク)』と、畳みかけるメッセージが届く。
トホホな状況だが、反論する理由は全くなかった。
『了解です。今週土曜でいいですか?』
俺は五十嵐さんに返信を打った。
だが、五十嵐さんとのメッセージのラリーは、そこでぷつりと途切れた。今までは恋する乙女のようにレスポンスが良かった五十嵐さんである。どうしたのだろう、と訝った。
二日ほど経って、五十嵐さんからようやく返答があった。
『遅くなってごめん。ナギちゃんが入院しちゃってバタバタしてた。大したことないから明日か明後日には退院してくると思うけど。僕は土曜で大丈夫。待ってます』
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