第11話
月曜日から、また何の変哲もない日常が戻ってくる。
電車に揺られて職場へ出勤する。車内の人間は、八割以上が男性だ。
ただの華の少ない会社だと思っていた。
だけど、兄貴がホモだったと知ると、なぜか世界の見え方の角度がほんの数度、変わったような、そんな奇妙な感覚が時々訪れた。
三流大学の文系卒のシステムエンジニアなんて、要は使いっ走りだ。出来上がった自社システムをいじくり、履歴をつらつらとエクセルに打ち込み、前時代的な紙の台帳を更新してハンコを押し、サーバの手入れやメカ音痴な客先のオッサンどもの相手だ。雑用で残業が地味に増える。
夜九時の通勤電車の中で、周囲はみんな俯いている。座って爆睡している人以外は、皆スマートフォンに目を落としている。
俺は何の気なしに、自分のスマートフォンの検索窓に「同性愛」と打ち込んでいた。
一瞬で、無数の検索結果が表示される。幾つかを適当にクリックする。
同性愛について説明されている記事は、どれもこれも、えらく長かった。ゲイ、レズビアン、どちらもいけるのがバイセクシュアル、トランスジェンダーとやらもいるということ。生まれつきのもので、個人の好みや我儘と性的志向は全く別物だということ。人口の数パーセントの割合で、どこにでもいるということ。そうであるなら、今、俺が乗っている同じ電車の車両のどこかにいるかもしれないのか。――
俺はそこまで考えて、スマートフォンの画面を閉じた。
こんなことを調べて、どうするんだろう。
俺はコートのポケットにスマートフォンを押し込み、鞄の底から音楽プレイヤーを引っ張り出して、イヤホンを耳に突っ込んだ。再生ボタンを押して、窓の外へ目線を放り投げた。
俺が何を知ろうが、現実は変わらない。
兄貴は、もう死んでいるのだ。
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