第10話

コンビニのレシート、美容院のダイレクトメール、一度しか行っていないと思われる店のスタンプカード。

兄貴の蔵書の間からは、今日も色々な紙切れが続々と発掘された。

死んだ人間の日常が目の前を通過してゆく。

だが、俺の中には特段センチメンタルな感情は沸かなかった。それよりも五十嵐さんの鍋パ計画トークから遁走したくて仕方なかった。

死者を追悼する思いなど不思議なくらい沸いてこない、そんな自分が冷酷な人でなしであるような気がして、時折、罪悪感がちりちりと背中を刺す。その冷たい感覚を、十五分おきぐらいで五十嵐さんの笑顔がぶった切るのだ。

とっぷりと日が暮れた頃、

「晩ごはんどうするの?」

という五十嵐さんの質問に、

「適当に食って帰りますんで」

と逃げて、俺はシェアハウスを出た。

外は真っ暗で、風が冷たかった。何も考えず、俺は駅までただ歩いた。

駅前ロータリーのイルミネーションが、ちかちか目に刺さる。幅の広い歩道を、無数の人が行き交う。ところどころに、ティッシュ配りのバイトや居酒屋の客引きが立っている。

地味な喧噪の中で、ふと、ある声が耳に入った。

「メイドカフェでーす、よろしくお願いしまーす」

聞いたことある声だ。思わず俺は顔を上げた。

俺の進行方向で、黒いフリフリのミニスカートに白いエプロンをしたメイドさんが、通行人に向かってチラシを配っている。膝の上まである靴下に、丸っこいフォルムの踵の高い靴。右に左にチラシを差し出す彼女と、ふと目が合う。

そのメイドさんは間違いなく、ざくろさんだった。

向こうも俺に気が付いて、目をまん丸にした。

「とっとととともゆきさん⁉」

慌てふためきながらざくろさんは、なぜか俺にもチラシを差し出した。

「おっおおお、おつかれさまでっす!」

俺はリアクションに困り、無駄に通行人を装ってチラシを受け取った。ざくろさんがぺこりと会釈した。

通り過ぎてから、さり気なくチラシに目を落とす。

そこには、アイドルのようなポーズを取るメイドさんの写真が多数印刷され、周りに濃いピンク色の可愛いフォントで、「メイドさんと楽しく過ごせるカフェ」「きゅんきゅんしませんか?」「新規のご主人様、本チラシご持参でフード・ドリンク10%オフ」等々の文字が躍っていた。

……バイトってこれかよ!

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