第7話
相変わらず廊下の向こうから覗いているざくろさんと少年含め、この家の住人は皆、遺品整理に全面協力を約束してくれた。
柳さん曰く、近所に引っ越し業者の営業所があって、使用済みの段ボールを格安で売っているという。近日中にこの家の誰かがそこへ行って段ボールを調達してきてくれる、という有難い申し出まで受けた。
まず俺は、柳さんと五十嵐さんの手を借りて、本とDVDの山を適当に分別していった。
俺は今日初めて兄貴がゲイだった事実を知り、小一時間後には、兄貴の彼氏(!)と肩を並べて、兄貴の遺品を整理している。客観的に見れば見るほど、珍妙なシチュエーションだ。その珍妙さが、時間を経るにつれ、じわじわくる。
デスクの上では、内容不明な書類が三センチくらいの層を成し、その下にノートパソコンがあった。部屋の反対側では、洋服がハンガーラックと衣装ケースに収められていた。こちらは本の山ほどは苦労しなさそうに見えた。
十二月だけあって、一番手に取りやすい引き出しには、セーターや厚手のカーディガンが入っている。地味な色だが、引っ張り出してみるとイギリスの老舗ブランドのものだった。手触りが良い。俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「うへえ、さすが高級なもん着てたんだな……」
「それうちの会社のだよ」
「はい?」
背後から五十嵐さんが言う。
「うちの会社って、五十嵐さん、ここの人なんですか?」
「うん。僕、社員割で半額ぐらいで買えるから」
「しょえー」
よくよく見れば、ハンガーラックに掛かっているスーツもコートも、同じブランドのものだ。どれもオーソドックスで地味ながら、センスの良い雰囲気が醸し出されている。普通に店で買って揃えたら、総額幾ら掛かるのか、考えるだに空恐ろしい。しかし五十嵐さんは平然と言う。
「安く買って長く着るから、流行り廃りのないほうが有難いんだって」
「けどこれ、半額でも、安く、はないでしょ……」
「かなり安かったのもあるよ。二束三文のプレスサンプルとか。ゲットしてくると喜んでたよ」
高給取りだったくせにつくづく意味がわからない。
「弟君」
「友幸です」
「拓海のお下がり、貰ってったら? スーツは身長と足の長さ的に無理だろうけど、ニットなら着れるでしょ」
「……そうします」
少しは歯に衣着せて欲しい。内心ぼやきながら、俺は自分で着られそうなセーターを選んで手近な紙袋に突っ込んだ。とりあえず、俺のアパートのクローゼットに入っている服五枚で兄貴のセーター一枚相当、ぐらいの値打ちはありそうだった。
黙々と整理整頓の手を動かしながら、俺は心の中で、相変わらず兄貴に文句を投げ続けていた。
兄貴は、俺とは違う世界の住人なんじゃないかと思っていた。
それなのに。
仕立ての良いスーツを着ていたくせに、実はそれは高級アパレル勤務の彼氏のお陰で格安で手に入れてましたという、こずるい種明かしをされるとは。
何になりたかったんだよ、ほんとに。
兄貴の抜け殻ばかりに囲まれて、俺は繰り返し、腹の内で不満をぶつけていた。
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