自殺が蔓延るこの世界において生死の境界線は実に曖昧で信号を渡るようにその境をまたぐことができてしまう。
だからこの小説において生きることの美しさは語られない。
主人公とその恋人に対して代わりに許されたのは、吹けばかき消される蝋燭の灯火のような関係だ。それを一息に否定することも可能だが、その儚いきらめきに息をのんで見つめるのも一つの在り方だ。
手を滑らせれば落としたコップはガラス片に変わる。それは唐突だ。コップは美しかったと思い返すことはおかしいことではないし、散らばったガラス片に悲しみを覚えるのも決しておかしいことではないのだ。