第17話 どうして?

「どうしようか?」


 結局、黒ジャンパーの姿を見失い、廃ビルのひとつに逃げ込んだボクらは、まったく途方に暮れていた。

 二人で廃ビルのまっ暗闇の中に身を潜め、ときおり遠くでパン、パン響く銃声を聞きながら、なにもすることもなくぼんやりと膝を抱えて座っているだけのボクらは、どことなく親に置き去りにされた子供のようで、不安だとか恐怖だとかよりもひたすらに戸惑いに感情を埋め尽くされて、ただただ場違いなところに迷い込んでしまったな、という妙な感慨だけが、なんとなくな空気といった感じで、ボクらのまわりをふわふわと取り囲んでいた。


「どうしようもないよ。銃じゃ、きっとキレイに死ねないし」


 と、加賀見さんはため息混じりに、ちょっと冷たく返事した。どうしようもない冬の夜の廃ビルの中は、救いようのない冷たさに満ちていて、ボクらの目の前の暗闇に影となってぶら下がる自殺者の首吊り死体のように、宙ぶらりんのやるせなさだけをぷらぷらとゆらしていた。


「あの人、どこ行ったんだろう?」


 首吊り死体をながめながらボクが言う。あの黒ジャンパーの男も、この首吊り死体のようにやるせない死体になってしまったのだろうか? そんなことを考えていたら、不意に加賀見さんの髪の匂いが鼻にかよった。加賀見さんに顔をむける。彼女の瞳が暗闇の中で光って見えた。


「高橋くんって、すごいね」


 加賀見さんの手がボクの手に触れた。冷えた手に触れた冷えた手は、けれどしっとりとくっついて、じんわりとたがいの手をあたため出す。


「あんなに強く手を引かれたのは初めて」


 ボクの手を握る加賀見さん。ぎゅっと握られた手は、より強く、より早く、ボクらの手をあたためていく。


「どうして?」


 そう問いかける加賀見さんに、ボクは答える言葉をすぐには見つけられなかった。どうして? それ以前にボクたちの人生に今まで理由なんてあったのだろうか? 理由がわからないから、ボクたちはこうしているように思えた。きっと理由のある人は、もっと一人でどこまでも行ってしまっていて、決してこんなところで場違いな戸惑いを抱えて、やるせなく座っているなんてことはないはずだ。きっとそうだ。理由があればこんな海の底のように冷たい場所になんか誰もいなくて、もっともっと海の上のあたたかい光に包まれた場所で、みんな一人でも悠々と泳いでいられるはずなんだ。きっとそうだ。

 でもボクたちは暗く冷たい海の底で、こうして二人で手をつないでいた。だからボクは答えた。


「手を、つないでいたから」


 握られた手が、よりあたたかくなった気がした。加賀見さんがボクの肩に身体を寄せる。


「じゃあ、あたしも引っぱる」


 ボクも加賀見さんに身体を寄せる。髪の匂い。そのまま身体を寄せ合っていると、やがて銃声も聞こえなくなった。ひどく冷たい静けさの中に、加賀見さんのぬくもりだけがそこにあった。ボクらはそのまましばらく身を寄せて、ただただ寒さに耐えていた。

 そのとき足音が聞こえた。

 ボクは首を伸ばして暗闇に目をこらす。ぶら下がる首吊り死体の影のむこうには、破れた窓から月の明かりが差し込んでいる。そのむこうの通路から足音が聞こえてきた。


「そこにいるのはお前らか?」


 首吊り死体のむこうに現れた影から聞こえた声は、黒ジャンパーの男のものだった。

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