第16話 これってきっとすごいこと
外に出るとすっかり夜の色だった。冷え冷えとする風が、街の底を這うように吹いている。時間は十一時二十分。ボクたちは待ち合わせの場所へむかうことにした。
空から街を覆う夜の色は、深く冷たくボクらの肌に染み込んでいた。それでもボクらが夜に染み溶けてしまわないのは、道路沿いに点々と並ぶ街灯が、ボクらを照らしているからで、だからボクらはこうしてたがいの手を握りあって、歩くことができているのだった。
「パパとママも、こうやって一緒に歩いたのかな?」
加賀見さんが夜空を見上げながら言う。ボクも見上げる。薄雲にいくらかの星。加賀見さんが握る手に力を込める。彼女の両親も世の中に溢れかえる自殺の中で死んでいたのだけれど、ボクの両親と違うのは仲よく一緒に死んでいたことだった。ボクは彼女の手を握り返す。
「きっとそうだよ」
ボクの言葉にうなずく加賀見さん。
「パパとママはね、きっと仲よしだったの」
ボクは彼女の両親の話を聞いてから、自分の両親のことを思い出していた。母さんが自殺したのは小学生のときだ。家に帰ると、包丁を首に突き刺して死んでいた。飛び散った血が赤い花のようだった。父さんはそれを見て「仕方ない」と言って、白いユリの花を居間に飾った。なぜ白いユリだったんだろう? 聞く前に父さんはバイクで対向車に突っ込んで死んだ。ブレーキ痕はなかったと聞いたので、自殺だったんだろう。父さんが死んだので、ボクも白いユリの花を居間に飾った。花はすぐに散った。なんでボクは白いユリを飾ったのだろう? 答えられないボクは、加賀見さんと一緒に死のうとしている。
「ボクたちは仲よしなのかな?」
ボクが訊くと、加賀見さんはきょとんとした顔で首を傾げて、「わかんない」と言った。ボクもわからなかった。
「でも、高橋くんとならキレイに死ねる気がする」
ボクもそんな気がした。ああ、だからか。白いユリはキレイだから、父さんもボクも白いユリを飾ったのか。でもユリの花は淡々といずれ花びらを落として散ってしまう。散る前にボクらは死ななければならない。そうか、だからみんな自殺するのか。散る前に死ななければならないと思うから。それはとても妥当でスマートな結論だった。
街を外れていくにつれて人影が少なくなっていく。手をつないで廃墟の方へ歩いていくボクたちが気になったのか、コンビニの白い明かりの前でたたずんでいるスーツ姿の女の人がボクたちを見ていた。あの女の人にはボクたちはどう見えているんだろうか。もし仲よしに見えていたのなら、ボクたちはきっとキレイなんだろう。
ボクたちは手をつないで歩いていく。
「まっ暗」
そして加賀見さんが立ち止まる。もう廃墟の入口だった。街灯の列も絶えて、明かりなんてひとつも見当たらない廃墟の中はまっ暗で、ボクらはその暗闇の深さに魅せられるように、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「行こう」
やがてボクがそう言って加賀見さんの手を引く。彼女はうなずく。携帯のライトを点けてボクらは暗闇の中を歩き出した。
足元の瓦礫に気をつけながら進む。ボクたちはなにもしゃべらないで歩いた。きっとここが暗闇の底だから。携帯のライトだけがぽつりと暗闇に浮かぶ。ボクたちは歩いた。加賀見さんの手の感触。握り締める。この手が切れてしまったら、ボクらはきっとこの暗闇に呑み込まれてしまう。だからボクは彼女の手を握り締める。加賀見さんの手の熱だけが、ボクをここにつなぎ止めていた。風が吹いた。
「寒いね」
「うん」
加賀見さんが言う。ボクがうなずく。いつか二人で、駅の反対側につながる陸橋を越えたときにもそんなやりとりをした気がする。寒かったのだ。だからボクらは手をつないだ。今もつないでいる。それがなんだか、とてつもない奇跡のように思えて、ボクはなんだかうれしくなった。
「これって、すごいことだよね」
「なにが?」
「手をつないでいること」
加賀見さんは一瞬黙り、そして答えた。
「うん」
広場に着く。まっ暗闇の広場には、うずくまるような影があった。
「十一時四十分。早かったな。まあ、話も金も早い方が都合がいい」
影が動くとライトがついた。暗闇から浮かび上がるように、黒ジャンパーの男がそこから立ち上がった。男はさっそくといった感じで手を差し出したので、ボクがポケットからお金を入れた封筒を取り出そうとしたときだった。
男が懐からなにか黒いものを取り出してこちらに構えた。
黄色い閃光。
ガァンと耳を叩くような炸裂音。
「お前ら、こっちだ!」
黒ジャンパーの男が腕をふって、呆然と立っているボクらを呼ぶ。さらに男の手から数発の閃光と炸裂音。
「銃だ」
黒ジャンパーが銃を撃っている。その事実に思い至ったボクの背後から、別の炸裂音がした。発砲音だ。撃ち合いだ。チュン、チュインと地面に
「加賀見さん!」
ボクは加賀見さんの手を引いて、弾けるように走り出した。
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