第13話 キレイに死ぬのも大変なことである

 ボクたちは、またあの黒ジャンパーの男に会うことにした。やっぱりあのクスリが欲しいからだ。加賀見さんとこんな話をした。いつものデートでのセックスのときだ。


「あたしたちはいつ死んじゃうんだろうね?」


 セックスを終えて、ボクに髪をなでられていた加賀見さんが不意にそう訊いてきたのは、このホテルに入るときに、浴槽に沈んで溺死したようなびしょ濡れの女性の死体が、死体収集車に運ばれていく姿を見たからだったと思う。


「今日かな? 明日かな? あさってかな?」


 ボクの背中に指をはわせながら、耳元でそう訊ねる加賀見さんの頭を抱いて、ボクはその答えをセックス後のぼんやりとした頭で考えていた。

 今日も、明日も、あさっても、同じような毎日があるだけで、ボクらはだんだんとあの母さんが死んだときのユリの花みたいに、削れるようにして淡々と散っていくだけなんてことは、もう十分に知っていることなんだから、ボクが大切だと思うのは、ただ秋吉さんや祖母のようにキレイな、まっさらな死を迎えて、あの骨の砂山の中に埋もれていって、なにものでもないなにかになってしまうことへの憧れだけで、だから自分の中ではいつとかそういうことは案外けっこうどうでもいいことなんだなぁ、ということにボクは思い至ったから、


「いつがいい?」


 と、逆に加賀見さんに訊いてみた。すると彼女は顔を離して、ボクの目を正面から見つめながら、こう答えたのだった。


「じゃあ、いつでも大丈夫なようにしておこうよ」


 だからボクらは、あの喫茶店で黒ジャンパーの男からもらった連絡先に電話をすることにしたのだった。

 加賀見さんがメモを見ながら電話番号を教える。ボクがホテルの電話にその番号を押していく。ボクらはあのクスリを買う。加賀見さんがボクら二人のためにあのクスリを欲しいと言うんだから、ボクも加賀見さんのためにあのクスリを買わなければならない。それは決定事項だったし、最善の選択だった。たとえそれが汚れたクスリであったとしても、加賀見さんはきっとキレイに死ねるからだ。その確信がボクにあるのだから、ボクもあのクスリを買わなければならない。これでボクらはきっと海の上へと行けるはずだ。いつでもあの海の上へ――。


『――おお、あんたらか。へへ、その気になったかい?』


 電話に出た男の声は、やっぱり入れ過ぎのガムシロップにゆるんだコーヒーのように、甘苦い臭いに満ちていた。


「はい。だから――」


『へへ、急かすねぇ。まあ、待て待て……。よし、じゃあ三日後の十八時にこの前の喫茶店で会おうか。金は一人十万だ。用意しときな』


 そして連絡用にボクの携帯電話の番号を教えると電話が切れる。話の内容を加賀見さんに告げる。彼女はため息をついた。


「死ぬだけなのに十万円もするんだね」


 高校生のボクらには十万円は大金である。


「キレイに死ぬのはそれだけ大変なんだよ。きっと」


 このボクらの死につけられた十万円という値段が高いのか安いのかなんてことは、ボクらにはさっぱりわからないことだった。

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