第12話 こんなふうに死にたいね

 着いたのは、高い天窓から冬のやわらかい光が差し込む、通路のように細長い部屋だった。


「なにこれ?」


 加賀見さんが指を差したのは、部屋のまん中を走る白いベルトコンベアだった。天窓からの日差しに白く包まれたコンベアは、きゅるきゅると小さな音を立てながら、ゆっくりと部屋の奥にある出口の暗がりへと流れている。


「焼却炉に続くコンベアだよ」


「あ、死体」


 処理場を訪れるのは三度目になるボクが教えてあげていると、ちょうどそこに死体が流れてきた。男の死体だ。男はまっ赤に潰れた無惨な頭をうつ伏せにして、コンベアを流れていく。


「投身自殺かな? 頭から地面に落ちると、あんな感じに潰れるから」


 昔見た飛び降り自殺の死体を思い出してそう言うと、加賀見さんがボクの袖を引いてきた。


「ねぇ、高橋くん、どんどん来るよ」


 袖を引かれるままにコンベアの上流を見ると、頭の潰れた死体を先頭に続々と死体が流れてきていた。加賀見さんがボクに訊く。


「みんな裸だね」


 流れてくる男女の死体は、みんな裸だった。


「分別をするからね」


 死体はみんな裸にされる。焼却炉は熱線装置で死体を焼却するのだけれど、金属や有毒物などが混入すると、溶けた金属が焼却炉を傷めたり、排煙に有毒ガスが混ざったりするので、燃やす前に身に付けているものを全部分別してしまうのだ。

 ボクがそう加賀見さんに説明している間に、処理場の係員と死体処理課の人が祖母の衣服を脱がし始めた。病院で配給される白い入院服のままの祖母は、あとは下着の他になにも身に付けてはいなかった。係員が鏡とペンライトを持って祖母の口の中を見る。差し歯や金歯がないか確認しているのだ。どうやら金歯があったらしく、やっこを取り出し抜き始める。ぶちりと抜けた黄ばんだ歯には、赤い肉片が付いていた。


「これで全部ですね」


 こうして祖母はまっさらになった。

 骨にわずかばかりの肉を付け、その上からしわくちゃの皮を貼り付けたような祖母の身体は、重さなんて忘れたみたいに、穏やかなたたずまいで死んでいる。


「どうされます?」


 係員が服と歯を持ってボクに訊く。ボクは首を横に振った。


「では、金田さえさんのご遺体の焼却処分を行います」


 処理場の係員と死体処理課の人が祖母の身体を担ぎ上げる。コンベアに乗せられた祖母は、ゆっくりと流れていく。ボクは手を振った。加賀見さんも真似をして手を振った。ボクは笑顔を作る。祖母の死体がコンベアの出口の暗がりへと消えた。

 きゅるきゅると回るコンベアの音だけが残る。


「行っちゃったね」


 加賀見さんがぽつりと言う。ボクは黙ったまま天井を見上げた。天窓から差し込む光がカーテンのようにゆらゆらとゆれている。影のないカーテンはすべてを優しく包み込んでいて、ボクはそのあたたかさにふっと息を漏らした。白くまぶしい天窓の光のむこうは見えないけれど、ボクには空へ昇る煙がそこに見えた気がしたのだ。


「こんなふうに死にたいね」


「うん」


 ボクの言葉にうなずく加賀見さん。白い光に包まれた彼女の髪は、穏やかな色にきらきらと輝いていた。


「お帰りはこちらです」


 係員に出口へと案内される。そっちは長い廊下だった。ゆるやかに右にカーブしている長い廊下で、カーブの方向の壁は一面のガラス張りになっている。隣を歩く加賀見さんが不思議そうな顔で、ガラス窓のむこうを見ていた。そこはとても広くて丸くて深い部屋だった。この部屋の天井の中心あたりには穴が空いていて、そこからサラサラとした白い粉が砂時計の砂のように落ちている。ボクは加賀見さんに教えてあげた。


「骨の砂だよ」


 焼却された死体の骨は、粉々に砕かれてここに集められるのだ。部屋の底の方を見ると、粉々になった骨の砂が、白い山となってたくさんに積もっている。


「みんな最後にはこうなるんだ」


「おばあちゃんも?」


 ボクはうなずいた。加賀見さんが訊く。


「高橋くんは悲しくないの?」


 ボクは骨の砂山を見下ろしながら答えた。


「もっと怖いものだと思ってたんだ。祖母は最後の肉親だったから」


 だけれど、ボクの心には穏やかなものがあった。それはきっと祖母がまっさらだったからだろう。もうボクと血のつながるものはどこにもいなくなってしまった。ボクの血を流している人はボクひとりだった。けれど余計なものをすべて脱ぎ捨てた祖母の死体はとてもまっさらで、ボクにはそれがすごく素晴らしものに思えたから、ボクは笑顔で祖母を見送ることにした。手も振った。まっさらになった素晴らしい祖母は、笑顔で見送られなければならなかったのだ。


「でも、まっさらなのも悪くないね」


 祖母の骨もこの砂山に落ちていくのだ。粉々の軽い砂になって、この何十万という白い死体の山に降り積もって、埋もれるようにひとつになって、どこの誰ともわからない、大きなひとつの死体になる。ボクは笑顔を作る。


「どうせ、みんな一緒になるんだ」


 笑顔で言うボクの手を、加賀見さんがつかむ。やわらかい手は、しっとりとボクの手につながった。加賀見さんが言う。


「あたしも一緒だよ」


 家に帰る前にセックスをした。加賀見さんの髪の匂いをいっぱいに嗅ぐ。

 肉のつまったボクらの身体は、まっさらな砂になった祖母の身体ほど軽くはない。

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