第11話 みんな嘘をつきたくて、白い色で塗りつぶす

 死体処理場は郊外の山の中にある。


「白いんだ」


 ボクの隣で加賀見さんがつぶやいた。車の窓から見えるその白い建物は、枯れた冬山の木々の合間に見え隠れしている。


「まっ白だね」


 加賀見さんは死体処理場に来るのが初めてであるようだった。ボクは二度、この建物を訪れていた。母と父の二回。もう七、八年くらい前の話だ。ただただまっ白いだけの、味も素っ気もない建物だったことが、まだ記憶に残っている。


「そうだよ。まっ白なんだ」


 ボクが答えると加賀見さんが納得するようにうなずいた。


「そうだよね。きっとそういうものなんだよね」


 彼女の納得がなんなのかよくわからなかったボクは、彼女の横顔を見た。彼女は少しだけ目を動かしてボクを見ると、また木々の切れ間に見え隠れするまっ白な死体処理場に視線を戻す。死体処理場は薄く白い煙を、雲のない冬の空へと吐き出している。冬空にかすむ煙の色は、溶けるようにして澄み渡る空の中へと消えていく。


「まっ白なゴミ箱は汚くてもキレイなんだよ、きっと」


 死体処理場から出てくる車が見えた。死体収集車だ。毎日、街から出てくる引き取り手のいない死体を集めて、処理場へ運ぶ車だ。まっ白なその車がボクらの車の横を通り抜ける。


「ほら、白い」


 彼女が言う。ボクはうなずく。


「クリーンなイメージが大切なんだろうね」


 そうでないときっとみんなやるせなくなってしまうから、白く塗りつぶしてそういうことにしているんだろう、なんてことを思っていたら、彼女がボクの肩に頭を寄せてきた。肩に伝わる軽い重みとともに、ボクの鼻腔に彼女の髪の匂いが満ちていく。だからボクは、まっ白なゴミ箱はきっとキレイなものなんだと思うことにした。それならゴミだって、少しはキレイなものになれるはずだから。

 車は死体処理場の地下へと入っていく。


「こちら、お願いします」


 死体搬送口と表示されたゲートで車を止めると、死体処理課の人が係員に書類を一枚渡した。


「金田さえさん……へぇ、長生きですね。……はい、書類に不備はありません。どうぞ、お進みください」


 書類の整合を済ませた係員がゲートを開く。奥に進むと白い車が何台も止まった駐車場があった。そこにはすでに数名の係員が待機していて、死体搬送車が止まると、祖母は速やかに車から下ろされた。キャスターの付いたステンレス製の台に寝かせられた祖母は、係員の案内でガラガラと焼却炉へ運ばれていく。

 どこもかしこもまっ白な死体処理場の中を、加賀見さんがきょろきょろと見回している。

 死体処理場は中もまっ白だった。床に壁に天井は白色の壁紙で一色に埋め尽くされていた。かけられた時計や置かれたベンチも白ければ、観葉植物の植木鉢や自動販売機まで白い。まっ白だった。

 それらが蛍光灯の空々しい白い光に影もなく照らされている様子を見て、加賀見さんがつぶやいた。


「嘘みたい」


 ボクは思った。


「嘘をつきたいんだよ、みんな」


 祖母はガラガラと運ばれていく。

 白く塗りつぶされた空間に、非常口の緑の光だけが浮いている。

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