第3話 あの人もこの人も、どうせみんな自殺する

「今朝のニュース観た?」


 次の日の朝は定刻どおりに目覚まし時計の音とともに訪れ、ボクはいつもどおりに人身事故を起こす電車に乗って学校に遅刻をし、二時限前の休み時間に自分の席で加賀見さんの話を聞きながら、彼女のリストカットな手首と心地よい匂いの髪をながめていた。


「飛び降りの?」


「そうそれ!」


 ボクが答えると、彼女が顔を明るくしてうなずく。

 あの光景はなかなかよかった。今朝のニュースで観た飛び降り自殺の光景はなかなか壮観なものだった。人がビルの屋上に何百人と並んで、次々と飛び降りていく光景。人が滝のように墜ちていっていなくなっていく光景。なかなかのスペクタクル。自殺は毎日あるけれど、ニュースになるようなこれだけ派手な自殺は珍しい。


「オフィスビルの全員が飛び降りたんだって?」


「そう。いいよね、『なんか死にたくなったから一緒にどう?』って感じで、みんなが『じゃあ私も』って空気で手を取り合って次々にさ。悪くない感じだよね」


「そうだね」


 そんな話をしていたら、教室の窓に人の影が縦に走った。鈍い音。そしてクラスメイトのつぶやき。


「飛び降りだ」


 ボクたちはクラスメイトと一緒になってベランダに出た。下には踏まれたカエルみたいに地面に貼りついた人が転がっている。


「今朝の飛び降りのマネかな」


「死んだ?」


 ガヤガヤとみんなが言い合っていると、ボクの隣にいたクラスメイトが残念そうにため息を漏らした。


「あー、なんだ。生きてらぁ」


 ピクピクと動いている。みんなが落胆したように教室へ戻っていく。きっと落ちた場所が校庭の土の上だったからだ。アスファルトやコンクリートだったら死ねたかもしれないけれど、どちらにしろ三階建てのこの校舎では、飛び降りで即死はなかなか難しい。


「飛び降りているところはキレイだけど、落っこちたあとはみじめだね」


 加賀見さんも落胆する。これではニュースの再現とはいきがたい。

 チャイムが鳴った。授業がはじまる。ボクたちは倫理の授業をあくびをしながら聴いた。



 *****



 秋晴れの空から教室に差し込む日差しが、ボクの身体をあたたかく包んでいる。

 授業する先生の声がなんとはなしに流れる教室で、ボクは先生が書いた黒板の文字をなんとはなしに書き写していた。なんとはなしに隣を見れば、クラスメイトが退屈にまみれた顔でボクと同じように黒板の文字をなんとはなしに写している。先生もなんとはなしに教科書を読んでいて、ボクたちもなんとはなしにその話を聞いていた。

 こんななんとはなしに流れる授業の中にただよっていると、なんとはなしにこのまま死んでしまってもいいんじゃないかという気分になるのはなぜだろう、ということを昼休みに加賀見さんに聞いてみたら、


「どうせみんな自殺するから」


 と答えてくれた。


「クラスのみんなもあの先生も、どうせいつか自殺してしまうんだもの」


「そうだね。ボクたちだって、どうせいつか自殺する」


 ボクたちはそんな話をしながら購買で買ったお昼ゴハンを持って、校庭のすみっこの花壇へと歩く。

 ボクたちの未来は花壇でお弁当を食べるところまでで止まっていて、その先はこの秋晴れの空みたいに雲ひとつなく続く、なんとはなしの茫漠だけだった。きっとボクたちはいつかこの茫漠に呑まれてしまう。そしていつか元カノみたいに、駅のホームに入ってくる電車なんかにふらりと飛び込んで、あっけなく散って終わってしまうんだろう。花壇を囲むコンクリートブロックに加賀見さんと座って、ボクがそんなことを考えながらお昼ゴハンの唐揚げ弁当を食べていたら、


「ねえ、高橋くん」


「うん?」


 お昼ゴハンのミックスサンドを早々に食べ終えた加賀見さんが、自分の髪の毛を手に持って、ちらちらとボクの顔の前で振ってきた。


「匂い嗅いで」


「うん」


 ボクはお弁当の唐揚げのにおいが残る鼻で、加賀見さんの髪を嗅ぐ。それでも彼女の髪の匂いはとてもいい匂いで、ボクはちょっとしためまいと一緒にその匂いを楽しんだ。

 そんなボクを見て加賀見さんが笑う。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 会釈するボクたち。

 雲ひとつない秋空がどこまでも続いている。

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