第2話 死体処理課への連絡は市民の義務です

 放課後はデートをする。


「どこへ行こうか」


「どこでも一緒でしょ」


 加賀見さんはそっけなく返事する。デートは義務だからといった感じだ。

 実際のところ、この男女交際の義務化というやつは効果を発揮しているのだろうかと疑問に思ってしまう。前の彼女が自殺したあと、配給されてきた加賀見さんにはじめて会ったとき、ボクが「三人目」と言うと、彼女は「あたし五人目」と片手を広げて答えてくれた。これは世の中にあまりにも自殺がはびこってしまったから、男女交際のひとつでもすれば多少なりとも歯止めがかかるんじゃないかという、一部の大人の浅はかな考えから生まれたものだが、大人の考えることはよくわからない。その大人にボクがこれからなっていくんだから、世の中ってやつは本当によくわからない。

 それはともかく、ボクは彼女の加賀見さんとデートをしなければならなかった。それが義務だった。


「じゃあ公園にでも行こうか」


 加賀見さんのリストカットな手を引いて、ボクは学校の近くの公園に足を運んだ。


「もう夕暮れかぁ」


 そろそろ秋が近いので、六時を過ぎた公園はもう赤い色に染まっている。肌冷える夜の影を忍ばせた風がひゅるると吹くと、視界の端でなにか黒い影がゆらりとゆれたのが見えた。


「あ、死体」


 加賀見さんがブランコを指さす。そこにあったのはブランコにぶら下がった首吊り死体で、ゆらゆらと長い影を引いて風に吹かれるその姿は、シュールな感じがとっても夕暮れの公園に似合っていた。


「悪くない感じだね」


「うん。でも遠目ならって感じよね。ほら、近くで見ると目玉とか出てきててブサイクじゃない」


 壮年のサラリーマンといった感じの、けっこうスマートなスーツ姿の男の人だったけれど、残念なことに窒息に歪んだ顔はだいぶ醜く崩れていた。


「そうだね。どうせならキレイなままに死にたいな」


 そんな感想を述べ合うくらいにブランコで首を吊っている死体なんていうものは、日常に見慣れた光景だった。このおじさんは結婚していたのかな。そのうち結婚の義務化がはじまって、「ボクはバツサンです」とか、「あたしはバツゴです」とか言い合うようになるんだろうか。それこそシュールだ。

 とりあえずボクらはその死体を地面に下ろして、二十四時間受付をしている市役所の死体処理課に連絡した。市民の義務ってやつだ。


「で、どうする?」


 もともと目的なんてないもんだから、おじさんの死体の処理に必要なことを済ませたら、とたんにやることがなくなってしまった。仕方ないのでボクたちはセックスをした。

 もうあたりはすっかり暗くなってしまっていて、公園の外灯が青白い光で冷たく死体を照らしている。その横でたがいの身体を舐め合うだなんて、なかなかボクたちもアレだなぁとは思ったけれど、息は二人してそれなりに荒くなったので、身体にとっては「それはそれ、これはこれ」ということなのかなぁ、なんて彼女の火照った身体を抱きながら思っている間にボクの身体は果ててしまった。


「高橋くんって、髪好きだね」


「うん。好き」


 事を終えたあと、ボクらは肩を並べてベンチに座った。肩にもたれる彼女の髪に顔をうずめてボクが匂いを嗅いでいると、彼女は呆れた目でボクの顔を見上げた。


「セックスより?」


「うん。好き」


 即答すると、彼女はまんざらでもなさそうな顔で、しばらく嗅がれるがままにボクの肩に身をあずけていた。



 *****



 家に帰ると父さんが自殺したと母さんに告げられた。帰りの電車に飛び込んだらしい。時刻は六時五十二分。ボクたちがセックスをしていた頃だ。やっぱり電車は止まったが、世界は止まらないものらしい。


「どうするの?」


 母さんに聞くと、


「明日、市役所で死亡届けを出したら、遺族配偶者対策課に寄ってみるわ」


 と答えた。遺族配偶者対策課といえば、通称「再婚斡旋所」だ。新しい父さんを探すらしい。遺族年金よりも配偶者給付の方が高いんだから家計を考えれば妥当な判断。だいたい母さんもバツサンだ。ちなみに今日死んだ父さんはバツニ。ボクの実の両親はとっくの昔に自殺したから、今の両親とボクとの間に血のつながりはもうなくて、高橋というこの家の名字だけが残っている。結婚義務化の日も近そうだ。

 ボクは母さんに「わかった」とだけ返事して、食事と風呂を済ませ、普段どおりに十時半に自分の部屋に入った。

 目覚まし時計が壊れることを祈りながらタイマーをセットして、ベッドに横になって誰にともなく「おやすみ」と言う。

 まどろむ意識の中で、加賀見さんの髪の匂いを嗅いだ気がした。

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