第4話 ボクの祖母は今年で八十五にもなる、今の時代ではちょっと珍しい長生きだ

 ボクの生みの親は二人そろってとっくの昔に自殺してしまっていたけれど、そんなボクにも血のつながった肉親がまだいる。今年で八十五にもなる母方の祖母だ。今の時代ではちょっと珍しい長生きだ。


「ちょっと会ってみたいな」


 その話を加賀見さんにしてみたらそんなことを言ったので、休日のデートは祖母に会いに行くことにした。


「あら、ヨウちゃん。久しぶりね」


 病院に行くとベッドに横になっていた祖母は、笑顔でボクらを迎えてくれた。こんな歳まで生きてしまうと身寄りなんてなくなってしまうので、ほとんどの老人は病院に入れられる。昔は老人専用の養護施設なんてものもあったそうだけど、老人が珍しくなった現代では、そんな専用施設なんて必要なくなってしまった。だから今では病院が代わりに老人を預かるようになったらしい。祖母は病院でずっと一人だ。祖母には母を含めて三人の子供がいたけれど、みんな自殺してしまった。

 祖母の病室は個室だった。白い壁の小さな病室にあるものは、ベッドと机とテレビ一台に祖母一人。なんの飾り気もない病室だけれど窓だけは大きくとられていて、明るく差し込む日差しに白いレースのカーテンが影の色を浮かべていた。カーテンはちょっとだけ開いた窓から風が入るとひらひらゆれる。その影が祖母の身体の上でゆらゆらと波打つのが、この病室で唯一景色と呼べるものだった。


「そちらはヨウちゃんの彼女さん? キレイな子ね」


 祖母は半身だけ起き上がり、ボクたちを手招く。ボクの下の名前は葉一なのでヨウちゃん。もう祖母しか呼んでくれない名前だ。祖母の近くまで行くと、そのやせたシワだらけの小さい顔に、まっ黒いビー玉みたいな丸い瞳がとてもキラキラと輝いていた。


「お祖母ちゃん久しぶり。こちらがボクの彼女の加賀見佳奈さん」


「加賀見佳奈です。よろしく」


 礼儀正しく頭を下げる加賀見さん。そうしたら彼女の長い黒髪がふわりとゆれて、そのいい匂いが鼻に届いた。こんなときにも彼女の髪の匂いを気にしてしまうあたり、彼女の髪にはだいぶんやられているなぁと自分でも思う。だからボクは加賀見さんと祖母が話すのに任せて、この髪の匂いを楽しんでいたんだ。


「――どうしてそんなに長く生きていられるんですか?」


 そうしていたら、加賀見さんのその質問が不意に耳に入ってきた。会話の中身なんて全然聞いていなかったけれど、それは電波の乱れた雑音混じりのラジオが、急に周波数を合わせてクリアな音になったみたいに、ボクの耳にすうっと入りこんできたんだ。

 祖母は目を細めて少し考えるようにうつむく。そして風にゆれるカーテンに目をやった。日差しを受けた祖母の横顔にカーテンの影がゆらめいていた。加賀見さんが答えを待ちかまえるようにじっと祖母を見つめているので、ボクもつられて祖母を見つめる。

 しばらくの沈黙のあと、祖母は窓の方をむいたまま、ぽつりとこぼすようにつぶやいた。


「夜になるとね、死にたくなるの」


 それは吹いてしまえば消えてしまう終わりかけのローソクの火のような、か細く弱々しいつぶやきだった。


「眠ってしまったら、暗いまんま目が覚めなくなってそのまま消えてしまえばいいのにと思うの。……でもね」


 祖母が少し顔を上げる。日差しの中でカーテンの影がゆれる。


「朝、目が覚めるとね、カーテンから朝日が差し込むの。それを見るとね、なぜだかつい生きてしまうの」


 風が強く吹いた。カーテンが大きくはためいて、一瞬、祖母の横顔から影がいなくなった。


「そのくり返し」


 そして風が止む。落ち着いたカーテンが、再び祖母の身体を影でおおった。

 加賀見さんは黙っていた。祖母もそのまま黙っていた。だからボクもやっぱり黙っていた。

 カーテンがゆれている。

 日差しの色がいやにまぶしくボクの目にうつった。

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