吹雪と川と月の夜
エシャルファ
*本文*
氷の結晶。
自然の作り上げる至高の芸術品。
規則的にも関わらず、一つとして同じものがないというのは、作品と称すより他ないだろう。
雲の作り上げたその繊細な一品を、私は横凪の風と共に受けていた。
吹雪。
猛烈な風と零度を下回るそれは、私の体温を容赦なく奪っていく。
積もった雪に足を取られ、思うように進むことすら叶わない。
視界は最悪。
目を開けることにすら苦痛に感じる。
大きなバッグを背負い、あてもなくこんな山の中を彷徨い歩いて、果たして生きて帰れるのだろうか。
生きることにすら絶望を感じる。
生きているからこその、焦燥と不安。
もう、いっそ眠ってしまいたい。
そうすれば楽になる。
そんなふうに考えられるのなら、まだ幸せだっただろう。
私の本能が叫ぶ。
死ぬことが怖いと。
大気に似合わない汗が頬を伝い、首筋の奥へと入り込む。
気持ち悪い。
着替えたい。
生理的な欲求と、それを満たせないことへの不満が、より私を苦しめた。
なんとか、せめて風のないところまで。
凍り付きそうな瞼を必死に動かし視界を開く。
もう少し、もう少しできっと――。
「!」
突如として吹雪の合間に現れたのは、洞窟の輪郭だった。
それは救いだったのだろうか。
それとも行き止まり?
分からない。
けれどひとまず、風は凌げる。
それからはすぐだった。
まだこんなにも足を動かせるだけの体力が残っていたのか。
そう驚くほど私は素早く暗い洞穴へと駆け込んだ。
纏わりついていた風が、体から離れたのを感じた瞬間。
私は膝をつき、そのまま崩れ落ちるように体を横たえた。
ぐったりと重い体を休ませつつ、呼吸を整える。
あぁ、瞼が鈍い。
意識を保つのはもう無理かもしれない。
「……だめ」
声に出して自身を鼓舞する。
「もう少し、もう少しだけがんばって」
体を起こし、下ろしたリュックを引きずって、洞窟の奥へと進む。
安寧までは求めない。
せめて、夜を乗り越えるための猶予を。
そうして歩いて行くと、奥に光があるのが見えた。
トンネルの入り口で、遠くの出口を見つめるような。
そんな光。
気づくと私は駆けだしていた。
ありえないほど体が軽い。
こんな気持ちで走るなんてはじめて。
もう何も怖くない!
光が広がる。
洞窟を抜けると、そこは花園だった。
月明かりに照らされ、白い花が銀色に輝いている。
草木は生い茂り、それを潤す泉から、透き通るような水が溢れ出ていた。
あぁ、私は救われたんだ。
こんなにも美しいものに囲まれることができるなんて。
本当に、生きているって素晴らしい……!
――――死体はまだ、見つかっていない。
吹雪と川と月の夜 エシャルファ @tokura0makura
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