ep.12 恩赦と再生
リリーは真っ白な空間にいた。すぐに神と対面しているとわかった。
「汝、禁忌に触れるとは……」
「申し訳ございません」
「いや、わかっていたこと」
「……」
「ある者の魂を救うためには女神になる必要が、妻になる必要があったのではないのか」
「そう思って部屋まで行きました。しかし、レオンハルトに林檎を渡されたとき彼の意図を悟りました。禁断の果実を食べることで神の怒りに触れればきっと私は肉体という枷に閉じ込められます。それは私の中にいる魔術師たちも同じこと。器が消えれば全て無効になり魔術師たちは現実世界へ戻らざるを終えません。そして神から与えられる肉体で一生を終えることを課せられるはず。とすれば、私が守りたかったノアールという自我は肉体と共に復活できます。だから私は……。申し訳ございません」
「魔術師、お前たちも結局は人間ということよ」
神はそう言って黙った。リリーが神さえも利用としていたことは明白だからだ。
「神は間違わない。皆そう言うだろう。それは正しい。だが、私も反省はするのだ。今回のようなことは私が魔法などというものを世界に作り出し、一部のものに授けたが故の結果だ。それに、神を創成するなどという神への冒涜にもあたる行為を可能にするほど魔法は進んでしまっていた。さらにいえば、リリー。君という悲しい存在が造り上げられるまでに至った。君たちが私の妻になったところでリリーという存在は消えてしまっていただろう。結局君が生き残る道などこの世界のどこにもなかったのだ」
神はまたそこで言葉を切った。
「では、古に則りリリー、セリーヌ、ブランシュ、ノアール全員に言い渡す。お前たちは、天界から追放し、下界で肉体という檻の中で苦しみ朽ち果てるがよい」
ふと気づくと、リリーの隣には三人が並んでいた。そして神が手を下へ降り下げると下に引っ張られる感覚と共に意識も遠のいていった。
目を開けるとベッドの上だった。レオンハルトが覗きこんでいる。
「お、やっと目を覚ましたね。よかった。ここは病院だよ」
ノアールは手足を確かめるように動かしたのち、慌てて腹に傷かあるか確認する。傍からみれば挙動不審極まりない。
「何やってんの?ノア」
レオンハルトが怪訝そうに眉をひそめる。
「いや、別に。そんなことより、リリーは!?」
ベッドから跳ね起きようとしたところでレオンハルトに抑えられる。
「病人は安静にしてないと。リリーはまだ目を覚ましてないよ」
レオンハルトが隣に視線を向けた。彼の視線を追うと白いベッドの上に横になる白髪の美少女がいた。
「リリー……」
「ちなみにノアのお母さんとセリーヌは目を覚まして既に刑務所に連行したよ」
語尾にハートがつきそうな勢いで言うレオンハルトに今更驚くわけでもなく「そうか」と返事したノアール。
「母さん、生きて帰ってきたんだ」
「だね。神様の温情に感謝しないと」
レオンハルトはにこにこしながら言う。レオンハルトによると神の恩赦により、魂を握り潰されることなく現世へ帰ってこられたという。
「そうだな。ありがたい。ていうか、なんでリリーは目を覚まさないんだ?治癒魔法使えば一発だろ」
そこでレオンハルトは首をかしげる。
「ちゆまほうって何?天界にでも行って頭おかしくなった?」
「は?だから治癒魔法だって。魔法!」
「ははは、なに古代の話してるの?魔法なんて今は存在しないよ。ほら、よく見なよ。リリーが着けてるマスクは酸素マスク。科学を根拠に作られたやつだよ。それに心拍数を測る機械も」
「え、でも魔術師協会は……」
「あははは、なにそれ!!!」
レオンハルトはついに笑いが堪えられないといったように腹を抱えて笑いだした。「魔術師協会?なにそれ中二病?」と言って目から涙を溢している。
「じゃあ、なんで俺の母さんとか捕まってんだよ」
「反逆罪だよ。王族に対して反乱を起こそうとしてたってことで逮捕~。あと人体実験とか。ノアは大切だけどノアを棄てたお母さんはどうでもいい~」
レオンハルトはそう言って、目尻に浮かぶ涙を拭った。そこへクロナがやって来る。
「あ、ノアール。目が覚めたんだね!!!おはよう!!!」
「もう午後四時半だけどね」
「はっ!レオンハルト様、失礼いたしました!」
クロナは相変わらずの調子だ。
「それで、クロナ。どういう用件なのかな」
「長官がお呼びです」
「なるほど。すぐにそれは行かないとね。じゃあ、また来るよノア」
レオンハルトはばいばーいと手を振ってクロナと共に病室を退室した。彼らが出ていった扉をじっと見つめながらノアールは考えた。魔法に関する情報が全て古いものとなっている。一連の事件も魔術師協会ではなく、ただの反逆者組織ということになっている。つまるところ、世界の情報の書き換えが行われたということ。よって、器だったリリーはこの世界では存在するはずがなかった存在……。そこまで考えたところでノアールは涙が勝手に溢れでた。
「ありがとう、ございます」
病室の窓から見える青空に向かってノアールは感謝の言葉を何度も述べた。太陽が一瞬きらりと光り、神が応えてくれたような気がした。
「うーん……ノ、アール?」
声が聞こえて振り返ると琥珀色の瞳をしたリリーがまだ覚醒しきっていない様子でノアールを見つめている。彼は抑えきれない歓喜が胸のうちに沸き上がるのを感じ、そのままリリーのベッドまで駆け寄りリリーを抱きしめた。
「リリー、ありがとう。好きだよ」
ノアールはそう言うと、リリーの唇にキスを一つ落とした。リリーは目を白黒させながらも微笑んだ。
「ノアール、どういたしまして。私も好き」
二人はおでこを合わせながら幸せそうに笑いあった。
それからというもの、リリーとノアールは結婚して幸せな家庭を築いた。二人はこれまでの経験を元に描くファンタジー小説家として人気を博して世界中を飛び回っている。セリーヌは死刑判決を受け、この世を去った。一方、レオンハルトによる計らいで死刑を免れ刑務所にいるブランシュには国にいる間は週末になると二人は会いに行っている。アダムはというと、相変わらずリリーのことは諦めていないようだが更正して聖職者として真っ当に生きている。レオンハルトは今回の功績を認められ、宰相にまで登り詰めた。相変わらず情報屋も営んでいる。クロナはそんなレオンハルトの専属秘書を務めている。リリーの専属騎士だった者はリリーとノアール夫妻の用心棒として雇われており、旅行中だけに限らず四六時中彼らを護衛している。ジェイクはというと、相変わらず酒場を経営しつつ片手間で職業紹介をしている。皆魔法がなくとも幸せに過ごしている。
苦しむ同胞のため、愛する息子のため、恋した女性のため、大切な仲間のため、そして愛する人のため……それぞれがそれぞれの理由のためにそれぞれの形で人を愛す。しかし、時としてその愛は歪んだ形で現れ、傷つけぶつかり合う。正しく人を愛せというが正しい人の愛し方とはなんだ?這いつくばりながらも必死で愛そうとする姿こそが人間であり、そもそも正しい人の愛し方などないし人間には必要ないのかもしれない。
魔法と器と白い百合 紫乃 @user5102
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