ep.11 創成と挙式

 真っ赤な絨毯がどこまでもまっすぐ続く部屋の窓近くで、ハニーブロンドの髪が輝く見目麗しい男が難しい顔をして佇んでいる。その手元には報告書とおぼしき紙があった。


「クロナ」

「はい」

「ようやく魔術師協会の奴らの尻尾を掴んだみたいだね、僕たち」


レオンハルトは報告書に目を落とす。そこには人体実験の証拠写真や薬品名、薬品の入手ルート、神創世に関する古代魔法など様々なことが載っている。その中に「姫」と呼ばれる少女の過去写真も含まれていた。


「僕はね、姫が可哀想だと思うことはあっても助けたいとは思わなかったし今も思ってないんだよ」


クロナは傍に控えながら黙っている。


「けどね、兄弟同然のノアールを救えるのが姫しかいないのだとすれば、僕は姫を助けるしかない。そうじゃない?」


レオンハルトの感情が読めないヘーゼルナッツの瞳に見つめられても動じないクロナも相当なものだ。


「おっしゃる通りです」

「早速行こう。アダムという魔術師協会のドンが最後の仕上げに関わることは明確だ。アイツを抑えに行くしかない」


クロナはレオンハルトのフロックコートを彼に着せる。


「クロナは後で来て。林檎を忘れないでね」

「承知いたしました」


レオンハルトは喰えないと噂の笑みを浮かべながらその場を後にした。


 ノアールは再び意識が混沌の中にあることを感じていた。目を瞑ってじっとしていると母親の呼ぶ声が聞こえた。先ほど見た「事実」よりも声が幾分か年がいっているように聞こえる。気だるさを感じながらも目を開けるとそこには記憶の中よりも少し年のいった母親が目の前にいた。


「母さん……?」

「そうよ、ノアール。ようやく会えたわね!!母さん、この日のために頑張ってきたのよ!!」


母親は嬉しそうにノアールの首に抱きつく。ノアールが信じられないというように固まっていると母親の背中から一人の男が現れた。


「貴様……!!」

「おや、随分と僕は嫌われているらしい」


翠の瞳をしたあの男だった。


「まあまあ、一度落ち着きたまえ。僕の釈明を聞いて欲しいな」

「弁解の間違いじゃねえの」


ノアールは母親を抱きしめながら言うが、「彼の言うことは本当よ」と顔をあげた母親が言う。


「セリーヌはこの世界の全ての魔術師を救おうと試みていたのよ」

「これまで魔術師は虐げられ、現在では王家お抱えという名目で王宮という牢獄に閉じ込められている同胞が多数いる。このままでは魔術師は搾取される一方。そこで、僕は完全に人間を支配する神を創世することにした」

「神を創成……?お前は一体何を言ってるんだ」


ノアールは口の中が乾いていくのを感じた。


「神を創成するためにどうしたらいいのか、古い文献を探し回ってようやく見つけた禁忌の古代魔法。それが『移し身』だよ」

「移し身?」

「まず器を用意して、そこにその時代で力を持つ三人の魔術師が入り込む。それが終われば魔術師が最後の仕上げとして神と婚姻の儀式を挙げる手伝いをする。これが成功すれば晴れて器は神となり、世界で最も力を持つ存在となる」

「さっきから器だなんだと突拍子もないこと言ってるけど、魔術師が瓶に入り込んで神様これと結婚してください!って言ってOK出るわけねえだろ!ふざけんのも大概にしろよ」

「誰が器をものと言った?」

「は?」


じわじわと脳内に広がっていく可能性にノアールは言葉を詰まらせる。


「まさか……リリー」

「そのまさかさ」


セリーヌはにっこり笑う。ノアールは何か悪い夢でも見ているようだった。


「僕と君のお母さんとでね、それはそれは苦労して姫を……リリーだっけ?造ったんだよ。三大魔術師のうち二人は既に揃ってたからね。あとは君を迎えに行くだけだった。でも既に器に入り込んでしまった僕達は肉体がない。リリーに直接迎えに行ってもらうしかなかった。そこで彼女に一芝居売ってもらうことにした。『部屋』から脱出したというあのシナリオだよ」

「……」

「完璧だっただろ?君のお母さんが息子はきっと正義感が強いからと言って書いてくれたシナリオなんだ。見事に作戦は成功してね、寧ろ君からリリーの懐に飛び込んできた。途中でリリーは君に情を持ってしまって、器の中に入れることを拒もうとしてたよ。器に入って神と結婚してしまえば、自我はなくなり神として統合されるからね。妖精から君を救うためだったとはいえ、最終的に君をここまで連れてきたのだから所詮は器だったのさ」


セリーヌは何でもないことのように言う。


「さて、お喋りが過ぎたね。そろそろ行こうか」

「俺は神になんてならない。魔術師の尊厳がどうって話なんだろうが、魔術師は魔術師として結局自分で生きる道探すしかねえんだよ。神にばっか頼るなって話だ。ましてやリリーを苦しめることなんてしない」

「君がリリーと名付けている少女は人間ではないのだよ?そのこと、わかってる?」

「たとえ人の身体じゃなくても、感情も意思もある。立派な人間じゃないか。お前みたいなやつよりリリーの方がよっぽど人間だ!!」

「ふーん」


翠の瞳が細められ、次の瞬間にはノアールの腹に剣が突き刺さっていた。


「僕が優しくしてるうちに頷けばよかったものを」

「ノアール!!」


母親が叫び声をあげて、ノアールを抱きとめる。


「セリーヌ!!なんてことを!!」

「本当醜いんだよ、ノアールは。あの男を思い出させるようでさ!!」

「私の夫は関係ないでしょ!!もうあなたが殺したんだからこれ以上は奪わないで。それにここまで頑張ってきたのよ。ここでノアールが死んだらあなただって困るでしょう」


ノアールに得意の治癒魔法をかけながらブランシュが言う。セリーヌは舌打ちをして、ノアールの腹に刺さったままの剣を消滅させた。そして開いた傷穴をすぐに魔法で塞ぐ。


「これでいいでしょ。さっさといくよ」


セリーヌはすたすたと奥の方へ消えていく。ブランシュもノアールの腕を肩に乗せ、半ば引き摺るようにしてあとに続いた。


 意識を失って倒れていたらしいリリーは朝日で目を覚ました。周りには誰もいない。妖精がどこへ消えたのか。ノアールはどこへ行ったのか。寝起きの頭では何も考えられなかった。すぐ近くにある川で顔を洗おうと思い、水面を覗く。するとそこには左目が今までよりも深い紫、紫紺色になっており、右目は青藍色になっていた。これの意味することはたった一つ、三大魔術師がリリーの中に完全に入っているということだった。彼女の瞳の色は魔術師の瞳の色によって左右される。彼女の元々の瞳の色は琥珀色だが魔術師の前では無色と化す。リリーはもう一度周囲を見渡すが誰の姿も見つけられない。


「そんな……!!」


リリーは大声をあげて泣いた。珍しく感情的に。自分のせいでノアールは自我を失う運命にあるのだと。そんな彼女に後ろから近づく人物が一人。


「姫、お迎えに参りました」

「アダム様はもうご存知なのですね……」


リリーは涙を必死に仕舞い、騎士の前では気丈に振る舞おうと努力した。


「泣いてもノアールは返ってきません。既に器に取り込まれれば肉体は失われます。それならば、ブランシュ様やセリーヌ様、そしてアダム様の願いを叶えてさしあげ、私が神となるしかノアールの魂が救われる方法はありません」


騎士の差し出す手にリリーは手を載せた。すると、魔方陣が発動し、目を瞑った。少しばかりの浮遊感があり、草の匂いがなくなったところで目を開ければ懐かしい『部屋』に帰ってきていた。


「とうとうこの日が来たのですね」


部屋にある真っ白な花嫁衣装を憂鬱な気分で見つめながら、リリーを囲む侍女たちを見つめたのだった。


 リリーの準備が終わると、示し合わせたようにアダムが部屋へ入ってきた。


「ああ、姫。お会いしたかった。いつも美しいが今日は最も美しい」


彼はリリーの前に跪き、白いレースの手袋に覆われたリリーの左手をとってその甲にキスを一つ落とした。


「準備が整っております。参りましょう」


アダムに手を引かれてリリーは教会へ向けて歩きだした。花嫁には似つかわぬほどの暗い表情と共に。


アダムが近づくと重厚な扉は自動的に開いた。扉の先にはバージンロードが続いていた。客席には誰もいないがパイプオルガンによる演奏が響いていた。


「さあ」


アダムに促され、一歩一歩重たい足を踏み出すリリー。そんな二人の様子を後ろから見つめていた人物は扉が閉まる直前にバージンロードへと足を踏み入れた。素早く気配を察知したアダムが振り返り様に攻撃するがその人物は軽く避ける。


「危ないなあ。僕の美貌に傷がついたらどうする気だったのかお聞きしたいところだけど?」

「レオンハルト……」


そこにはレオンハルトがひらひらと手を振りながら立っていた。勿論、腹が読めない笑みを浮かべて。リリーはこれほどまでにレオンハルトが頼もしいと感じたことは一度となかった(レオンハルトと会ったのはたったの一度だけであり、これで二度目である)。


「リリーを返してくれないかな?」


レオンハルトは気だるそうに言う。


「ま、正直僕はリリーじゃなくてノアールを返して欲しいんだけどね。でもノアールは既にリリーの中にいるみたいだし、そうなるとリリーを返してっていう表現が正しいよねー。ね、クロナ?」

「レオンハルト様のおっしゃる通りです」


どこから現れたのかいつの間にかレオンハルトの隣にはクロナが立っていた。


「私情はさておき、とりあえず、アダムを筆頭としたブランシュ、セリーヌ、その他諸々の魔術師を反逆罪で逮捕する」


レオンハルトが丸められた逮捕状をアダムに広げて見せたあと、腰に提げた手錠を触った。


「実はお仕事で来てるんだよーこっちも。ほら、入っておいで」


彼の合図で一気に教会の入り口という入り口から武装した兵士がアダムとリリーを取り囲んだ。


「はい、チェックメイト。神妙にお縄につけってね」


あはは、古いよねこの言い方とレオンハルトは余裕の笑みだ。アダムはそんな彼の様子を嘲笑う。


「バカだなあ。もう儀式はほとんど終わりなんだよ!ただの人間ってのはお気楽で羨ましいくらいだよ」


そう言ってアダムはリリーの腕を引っ張った。どうやら転移魔法で強制的に祭壇まで飛ぶ算段らしい。レオンハルトはその行動を読んでいたかのようににやりと笑って一気に彼らとの間合いを詰めた。そして背中から取り出した林檎をリリーの手の中に握らせた。そして耳元で「これを齧れ」と囁く。その囁きを最後にアダムとリリーは祭壇前へと飛んでいった。王宮の兵士たちが後を追いかけようとしたがレオンハルトはそれを制した。


「まあ、見ときなよ」


レオンハルトは目を細めた。その視線の先にはリリーの手にしっかりと握られた真っ赤な林檎がある。アダムはすぐにリリーの手に林檎があることに気付き、血相を変えて林檎を破壊しようとした。しかし、リリーが魔法でそれを弾きその林檎に一思いに齧りついた。そして齧りついた瞬間、リリーは倒れ、地響きがしだして教会全体が揺れた。アダムの顔だけが青い。他のものたちは何が起こっているのかわからないようだった。レオンハルトはクロナにリリーを連れてくるように指示し、混乱している兵士は外にだして平生な者にアダムを捕らえさせた。

全員が揺れる教会を後にしたとき、アダムはクロナに横抱きにされ、ぐったりとしているリリーを見つめながら「ああ、エヴァが……」と譫言のように繰り返していた。


「アダムとエヴァ、よくできた話だと思わない?クロナ」

「ええ、レオンハルト様のおっしゃる通りです」


二人はこのような状況でも相変わらずの調子であった。

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