ep.4 再会と対決

 クロナに導かれてノアールとリリーは扉の先へと足を踏み出した。二人が完全に扉の境界を越えると今度は音もなく閉まった。よく見ると扉が新品のような姿へと変貌していた。光が収まると二人は辺りを見渡した。彼らが立っている位置から正面にある壁いっぱいに広がる窓まで赤い絨毯が一直線に敷かれている。その窓の前には机と椅子があり、一人の男がその椅子に腰かけていた。さらにその机とリリーたちが立っている場所の中間地点にはソファと立派なローデスクが並べられていた。


「レオンハルト様、お連れしました」


クロナが先程とは打って変わって恭しく、椅子のほうに向かって礼をとる。


「やあ、よく来たね。ノアと……名無し姫」


レオンハルトは黒い詰襟の軍服に長靴という出で立ちだった。短く切られたハニーブロンドにヘーゼルナッツの瞳が麗しい。階級を表すバッヂがいくつもついている。相当身分の高い軍人であることは明白だった。


「こんな堅苦しい格好ですまない。先ほどまでセレモニーがあってね」


彼はそう言いながら詰襟のボタンをいくつか外した。


「取り敢えずそこのソファに腰をかけて。クロナはお茶をお二人に」


言われるがままノアールとリリーは扉からまっすぐ歩いてソファに隣り合わせで腰かけた。レオンハルトは彼らの向かい側に腰を下ろす。


「それにしても、ノア、久しぶりだね」


ヘーゼルナッツの瞳が細められて笑った。


「ああ」


ノアールはぶっきらぼうに答える。


「僕には何も言わずに出ていってしまった。兄弟同然だと思っていたのにね」


クロナが運んできた紅茶を優雅に飲みながら言う。ノアールはそんなレオンハルトの様子を苦々しく思いながら「あの時は気が急いていたんだ。すまない」と謝った。蚊帳の外のリリーには何の話かさっぱりわからない。


「すみません、姫。今のは『内輪』の問題でね。君には関係のない話だった」


レオンハルトに姫と呼ばれると「部屋」での生活を思い出すようでぞくりとリリーの背筋が震えた。そんな様子を知ってか知らずかレオンハルトは言葉を続ける。


「姫はよく魔術師協会のあの頑丈なセキュリティを突破して逃げ出したよね。挙げ句の果てに三十キロも裸足で駆け抜けるなんて」

「三十キロだと!?」


ノアールはぎょっとした顔をしてリリーの顔を見た。彼女は平然と「だって魔法を使ったら逆探知されますし」と言った。


「ご尤もな意見だ」


レオンハルトは、はははと爽やかに笑った。


「ノアには逃げ出した詳しい事情を話していないみたいだけど、姫はそのままでよろしいので?」

「よろしいも何も嫌になったから逃げ出した、これは紛れもない動機です。それにしても、よく『部屋』のことにご精通なさっていらっしゃいますね。私が逃亡してきた道のりまで存じ上げているようですし。あなたは一体何者なんです?ただの将官ではないようですね」


リリーのオッドアイが射るような視線になる。リリーと過ごした短い日々のなかで彼女がノアールの前でこのような目をしたことは一度もなかった。


「姫に睨まれると凄味がある」


レオンハルトは何でもないように笑い飛ばす。


「まあまあそんなに怒らないで、姫」

「姫とわざと呼んでいらっしゃることくらいお見通しです。先日、ノアールにリリーという名前を賜りました。これからはリリーとお呼びください」


レオンハルトは「へえ」と眉をあげてノアールを見た。彼はいたたまれず目を逸らした。


「ノアが名前を。それは失礼、リリー」


あまりにも二人の空気がピリピリしているので、ノアールが割って入った。


「そんなことよりもだ、レオンハルト。お前に頼みがあってきた」


「ああ、そのことね」と頼みごとを聞く前から彼は頷いて、机のほうへ歩いていき封筒と共に戻ってきた。


「はい、これ」


それをノアールに手渡したのち、レオンハルトは座ることなく詰襟のボタンを閉め出した。


「君たちの暫くの居場所を確保しといたよ。多分長くは持たない。持って、二ヶ月かな?でも、まあノアールが見つける宿より見つからない自信はあるよ」


レオンハルトはクロナに何か合図を出し、薄手のコートを持ってこさせた。


「今夜は冷えそうだ。二人とも身体には気をつけてね」


彼はノアールたちのすぐ側を通っていった。その際にリリーには聞こえないほどの声で言い残した。


「ノアはとんでもないものを囲ってしまったと自覚したほうがいい。彼女は諸刃の剣だよ」


ノアールの耳元でそう囁くとうっすら笑って扉の外へと消えていった。

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