第139話 中編
「あのザンダは雪で出来ていて、人間が操ってる?」
「はい、間違いありません」
家に戻ったアイサとワイルは、マルコとニーナにもザンダの真相を伝えた。
マルコはワイルと同じように目を見開いて驚いている。反対にニーナは無表情で、驚いた様子はない。
「い、一体誰がそんな事を……」
「アイサさんは村人の誰かではないかと言うんだ」
「む、村人の?」
マルコはかなりのショックを受ける。
「なんで、そんな……」
「動機についてはまだ分かりません。ただ、犯人は子供——それも素行があまり良くない子供に対して強い恨みを持っているように思います」
「だ、だけど、あんなに大きな物を作って動かせるなんて……相当な腕の魔法使いじゃなければ無理じゃないですか?」
「確かにその通りです。村長、この村に魔法を使える人間は居ますか?」
「は、はい……何人か居ます。大工のノクエル。村の外れに住んでいるヒーラおばあちゃん。物資を村に届けてくれるヒネル。狩人のカスタン。そして……ニーナもです」
「……なるほど、今言った魔法使いの中に、突出した才能を持つ魔法使いは居ますか?」
「い、いえおりません。皆、少し物を動かせるとか、そういう魔法しか使えません」
「そうですか……」
アイサは考える。
「でしたら、どこかに『魔力の貯蔵庫』がある可能性がありますね」
「貯蔵庫?」
「巨大な物を動かすには膨大な魔力が必要になります。通常、魔力が少ない人間が巨大な物を無理して動かそうとすれば、あっという間に魔力が尽きて死に至ります。しかし、魔力が少ない人間でもリスクなく巨大な物を動かす方法はいくつかあります。その中の一つが『物に魔力を溜める』という方法です」
魔力を溜める事の出来る特殊な物を用意しておき、そこに少しずつ魔力を溜めておく。塵も積もれば山となるという言葉があるが、少しずつでも長い期間溜めておけば、それは膨大な魔力になる。
その膨大な魔力を使えば、一時的にではあるが強力な魔法を使う事も可能になるのだ。
「おそらく、ザンダを操っていた犯人はこの村のどこかに貯蔵庫を作り、そこに魔力を溜めているはずです。その貯蔵庫にあの巨大なザンダを作って動かせるだけの魔力を少しずつ溜めていたのでしょう」
「じゃあ、ザンダが年に一度しか現れないのって……」
「犯人は一年間溜め続けていた魔力でザンダを作り、操っているのでしょう。一日で全て魔力を使い果たしてしまうため、年に一度しか現れないのです」
アイサは宣言する。
「明日、『魔力の貯蔵庫』がどこにあるかを特定し、発見次第破壊します。そこには犯人の痕跡も残っているでしょうから、特定も容易に出来るはずです。これでこの村にザンダが現れる事は二度と無くなるでしょう」
***
深夜、皆が寝静まったのを見計らって、私は家を抜け出した。
——なんて事だ!
まさか、『魔力の貯蔵庫』の事を見抜かれるとは!あの女を舐めていた。
明日になればあの女は『魔力の貯蔵庫』を見付けてしまうだろう。このままでは私の犯行がバレてしまう。
証拠を消すには今しかない。
村外れにある森の中、そこに石を並べた『魔力の貯蔵庫』がある。
石の大きさ、それに配置。少しでも間違えれば『魔力の貯蔵庫』としての効果は発揮しない。何度も試行錯誤した末にやっと完成した物だ。正直、壊したくはないが、このままでは私の犯行がバレる。背に腹は代えられない。
私は『魔力の貯蔵庫』を壊そうと近づく。その時だ。
「やはり、貴方だったのですね」
背後から声がした。振り向くとそこに三人の人間が立っている。
何故?どうして此処に?皆、寝ていたはずだ。
「申し訳ありませんが、寝たふりをしていました」
アイサ・ブラックが口を開く。
「明日、『魔力の貯蔵庫』を見付けると言えば、貴方は必ず今夜動くと思っていました。貴方が家から出た後、二人を起こして一緒に尾行したのです」
「——ッ!」
罠だったのか!私はまんまと踊らされていた!
「ど、どうして……」
アイサ・ブラックの横に居たマルコが絶望の表情で私を見る。
私の大切な宝物が、私を化け物のように見る。
——嫌だ。見ないで。そんな目で私を見ないで!
私は思わず自分の顔を隠した。
「顔を隠しても、もう遅いですよ」
アイサ・ブラックは私の名を呼ぶ。
「ワイル村長」
マルコとニーナ。私の宝物。
その大切な宝物の前で、私は自分の犯行を暴かれた。
***
「な、なんでだ?」
ワイルは全身を震わせながら、アイサに尋ねる。
「どうして、私が犯人だと分かった?私が犯人だと分かっていたから、罠を張ったんだろう?」
「はい、そうです」
アイサはワイルの疑問に答える。
「貴方が怪しいと感じたのは、あのザンダが雪で出来ていると分かった時です。あのザンダはかなり精密な動きをしていました。あれほど精巧な動きをさせるとなると、自動ではなく、目視で動かしていると思ったのです。つまり、犯人はザンダが見える位置に居た事になります」
「——ッ!」
「あの時、村人の方々は皆家の中に居ました。家の中から窓越しに見るだけでは、あんなに精巧な動きは出来ません。あの場でザンダを一番近くで見ていたのは、私と貴方だけです。ワイル村長」
「……くっ!」
「それに、貴方は私がこの村に居る魔法使いの事を訊いた時、自分が魔法使いである事を隠しましたよね?貴方が魔法使いである事は一目で分かっていました。マルコさんとニーナさんには自分が魔法使いである事を隠していたようですが、隠したいのなら普段から魔力を隠す訓練をしておいた方が良いですよ?」
ワイルはよろよろと後ろに下がると、その場に座り込んだ。
「動機については魔法の力で喋らせても良かったのですが、マルコさんとニーナさんの前でそんな事はしたくありませんでした。ご自身で事件の真相を語って欲しくて、決定的な証拠を押さえたのです。言い逃れ出来ない状況を作れば、犯行を認めて下さると思いましたので」
「……ッ!」
「どうしてだよ。村長!」
「……マルコ」
「どうして、こんな事を!村長、いつも優しかったじゃないか!施設で酷い目に遭ってた俺とニーナを救い出してくれて、安心して食べて眠れる場所をくれたじゃないか!」
「……」
「俺、将来は料理人になりたかった。一流の料理人になって美味しい料理を村長に食わせてやるのが夢だったんだ!なのに……なのにどうして」
「そうか、お前はそんな事を考えてくれていたんだね」
ワイルは静かに立ち上がった。
「前にも言ったけど、俺には愛する妻が居たんだ。美しくて優しい、俺にはもったいない妻がね」
それからワイルは語り始める。
「俺達に子供は出来なかった。それでも妻と過ごす時間は大切なものだった。妻さえ居れば、俺は何も要らなかったんだ。だけど、幸せはあっさり崩された!」
その日は十二月二十五日。雪が強く降る日だった。ワイルは仕事に出掛け、妻は一人で家に居た。
ワイルが仕事をしていると、「お前の家が火事になっているらしい」と同僚に教えられた。慌てて帰ると、家が燃えている。
家の中に居たワイルの妻は逃げ遅れ、焼死した。
調査の結果、火事の原因は放火だと判明する。
「俺の家に火を点けたのは十歳のガキだった。面白半分に火を点けたんだとよ」
犯人の少年は逮捕された。その後、ワイルは故郷を離れ、辛い現実から逃げるように各地をさ迷う。
そして、十五年前、この村にやって来た。
ワイルは村のために必死に働いた。人々のために働けば、天国に居るであろう妻に会えると考えたからだ。結果、ワイルは若いながらも村人から信頼され、村長にまでなった。
ワイルはこの村で、幸せに寿命を迎えるはずだった。
だが五年後、事件が起きる。村で放火騒ぎがあったのだ。
「犯人は妻を殺した奴と同じ十歳のガキだった。俺の家を焼き、妻を殺した犯人と同じな!」
「……ニーナさんが言っていましたね。攫われた子供の中には他人の家に放火するような奴がいたと、その子ですか?」
「そうさ!」
ワイルは叫ぶ。
「そいつを捕まえたのは俺だ!そいつは笑顔で他人の家に火を点けようとしていた!理由を問い詰めたら『退屈だったから』なんてぬかしやがった!厳しく処罰するべきと言ったが、村人たちは『大きな被害は出なかったし、まだ子供だから』という理由で大した罰を与えなかったんだ!」
「それで彼を?」
「そうさ!悪い子供に罰を与えてやったのさ!ザンダの伝説通りにな!家がガキに燃やされたのも、この村で放火しようとしていたガキを捕まえたのもザンダが現れると言われる十二月二十五日だった!でも、ザンダは現れなかった。悪い子を罰しなかった。だから俺がザンダになったんだ!悪い子を地獄に送ってやったのさ!」
「あははははっ」とワイルは笑う。
「攫った子供達は殺したのですね」
「ああ、全員殺したよ。森の中に埋めたり、魔物に食わせたりした」
「どうして、関係ない他の子まで殺したんですか?」
「うずくんだよ!どうしようもなく!」
ワイルは頭を激しく掻き毟る。
「十二月二十五日になると、どうしても悪い子供を殺したくなるんだ。どうしても、どうしても殺したくなるんだ!うずいて、乾いて仕方がないんだよ!」
ワイルは大きく手を上げる。すると、周辺の雪が彼の元に集まり始めた。
雪はどんどん大きくなっていく。
「マルコとニーナを引き取ったのは、子供と一緒に暮らせば衝動が抑えられるようになると思ったからだ。でも、無理だったよ……うずきはどうしても抑えられない」
そして、巨大なザンダが現れた。
「ニーナ!」
咄嗟にマルコがニーナを自分の後ろに庇う。
「二人とも、少し離れていてください」
「逃がさない!」
血走った目でワイルは叫ぶ。
「私の犯行を知っているのはお前達だけだ!お前達さえ、居なくなれば……!」
「マルコさんとニーナさんも殺すつもりですか?」
「ああ、そうさ。仕方ないがな!」
「村……長」
ワイルの言葉にマルコは大きなショックを受ける。
「二人を宝物と言っていましたが、あれは嘘ですか?」
「嘘じゃない、本当に私は二人を宝物のように思っていた!本当に自分の子供のように思っていたよ!だけど、こうなっては仕方がない!大切な宝物でも捨てなければいけない時がある!」
それに、とワイルは続ける。
「マルコは犯罪者だしな!」
「——ッ!」マルコが息を呑んだ。
「マルコは施設に入る前、人様の食べ物を盗んで生活していた!マルコは悪い子だ。そうだ。マルコは悪い子、悪い子は地獄へ、地獄へ送らなくっちゃな!」
ワイルはニーナに視線を移す。
「ニーナも悪い子だ。ニーナはいつもマルコの事ばかりだ。嫉妬深いニーナはいつか悪い子になるに違いない!」
「……」
ニーナは無言でワイルを見る。
「そして、アイサさん。あんたも悪い子だ。私の邪魔をしたあんたが一番悪い子だ!」
ワイルは自分の顔を両手で覆う。
「悪い子、皆、みんな悪い子だ。私は悪くない。悪い子は地獄へ、悪い子は地獄へ、悪い子は地獄へ連れて行く!それがザンダの仕事だあああああ!」
ザンダの巨大な腕が三人に向かって振り下ろされる。
「『オールガード』」
アイサが防御魔法を発動させた。アイサとマルコ、ニーナの三人を防御魔法が包む。
その防御魔法を殴ったザンダの拳が砕けた。
「くうううっ!」
「もうお忘れですか?貴方の魔法では私は倒せません」
「くそっ!なんでだ?どうしてだ?なんで効かないんだ?」
「確かに、普通の魔法使いならこのザンダには勝てないかもしれません。ですが、残念ながら私は普通ではないのです」
アイサがパチンと指を鳴らす。
すると、周囲の雪がアイサの周りに集まり始めた。
集まった雪はあっという間に巨大なザンダの姿となる。
「なっ⁉ば、馬鹿な⁉……」
ワイルは一年以上溜めた魔力でようやくザンダを作れた。
しかし、アイサはいとも簡単にワイルが作ったのと同じザンダを作って見せる。
「まだです」
「えっ?」
「まだ作れますよ?」
雪はさらに集まる。すると一体、二体と巨大なザンダが増えていく。
最終的に二十体まで作ったところで、アイサはザンダを作るのをやめた。
「もっと作れますが、ここまでにしておきましょう」
「あっ……あああ!」
ワイルは体を震わせる。寒さからではない、恐怖で体が震える。
この女と自分では、持っている魔力の桁が違う。
「あ、あんた!あんたは一体なんなんだ!何者なんだ⁉」
「申し訳ありません」
アイサは頭を下げる。
「貴方が犯罪を偽っていたように、私も自分の名前を偽っていました。『アイサ・ブラック』というのは偽名です」
「偽名?」
「はい、私の本当の名前は——」
少女は微笑む。
「ホーリー・ニグセイヤと言います」
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