クリスマス特別編
第138話 前編
やって来る。
やって来る。
ザンダがソリに乗ってやって来る。
良い子にはプレゼントを。
悪い子は地獄へ連れていく。
やって来る。
やって来る。
ザンダが子供の所にやって来る。
***
とある国のとある場所にグリズマという村がある。険しい山々に囲まれたその村は短い春と夏を除いて、一年のほとんどを雪に覆われている。
そんな村に一人の少女がやって来た。
身長は百五十後半。長い黒髪に綺麗な目をしている。
少女はある目的のために、グリズマ村を訪れた。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
村に着いた少女は老人に声を掛ける。声を掛けられた老人は驚いた様子で彼女を見た。
グリズマ村に来るには険しい山を越えなければならないため、村の外から人が来ることは滅多に無い。こんな年端も行かない少女ともなれば、なおさらだ。
「お嬢さん、旅人かい?そんな軽装でよく山を越えられたな」
「いえ、私は旅人ではありません。手紙をもらってこの村に来ました」
「手紙?」
「匿名の手紙が来たんです。魔物からこの村を助けて欲しいと」
老人はさらに目を見開く。
「あんた一体……」
「申し遅れました」
少女は襟を正す。
「私の名はアイサ・ブラック。『協会』の人間です」
「『協会』の人間だって?」
「あんな若い子が?」
「魔法使いなのかな?」
外からやって来た『協会』の人間を村人達は遠巻きに見る。
すると、四十代ぐらいの男性が慌てた様子で走って来た。
「お待たせして申し訳ありません。村長のワイル・ノエールです」
「アイサ・ブラックです。よろしくお願いします」
村長のワイルとアイサは軽い握手を交わす。。
「こんな場所で立ち話もなんですので、まずは我が家へご案内します。話はそこで」
「はい」
ワイルの案内でアイサは村を歩く。村にはたくさんの大人が居た。
しかし、不思議な事に子供が一人も外に出ていない。
「ここです。狭い家ですが、どうぞ」
ワイルの家は質素な普通の家だった。煙突からは煙がもくもくと上がっている。
ドアを開けると、中には二人の子供が居た。
「紹介します。この家で私と一緒に暮らしているマルコとニーナです」
黒髪で短い髪をした少年がマルコ、長い金髪の少女がニーナだ。
年齢はどちらも十代前半といった所だろう。
「初めまして、マルコさん、ニーナさん。アイサ・ブラックです」
「よ、よろしくお願いします」
マルコ少年は深く頭を下げる。その顔はほんのりと赤い。
「よろしく」
マルコと違い、ニーナは無表情で挨拶には感情が込もっていない。
「こら、ニーナ。ちゃんと挨拶しなさい!」
「お気になさらず。それよりも……」
アイサの表情が変わる。花のような笑顔から真剣な表情に。
「村に出るという魔物について、詳しいお話を伺ってもよろしいですか?」
「——ッ。はい」
ワイルは静かに語り始めた。
その魔物が村に出るようになったのは十年前。魔物は毎年必ず十二月二十五日に現れ、子供を一人、もしくは複数人攫って行くのだという。
「なるほど、それで子供が外に居なかったのですね」
「はい、この時期は外で遊ばないよう、子供達には言い聞かせています」
「攫われた子供達の行方は?」
「不明です。誰一人として見付かっていません」
「今まで冒険者に魔物討伐の依頼をした事はありますか?」
「何度か依頼をした事はあるのですが……誰にも引き受けてもらえませんでした」
険しい山を越えなければ来れない貧しい村。
苦労の割にはリターンが少ないため、誰も依頼を受けようとしないのだろう。
「子供達は避難させないのですか?」
「この周辺に村の子供達全員を預けられる場所はありません。避難させるとしたら山を越えるしかありませんが、天候が変わりやすい山を移動するのは大人でも危険です。ましてや子供達では体力が……」
地形の関係でグリズマ村の天候が荒れるのは稀だ。しかし、周囲を囲む山は違う。猛吹雪や雪崩がいつ起きるか分からない。
山の天候の方が魔物よりも危険だ。子供達を逃がそうとして、子供達を死なせてしまっては意味が無い。
「村を襲うという魔物はどのような魔物なのですか?」
「そ、それは……」
ワイルは口籠ったあと、魔物の名前を言う。
「ザンダです」
アイサはほんの少し目を見開いた。
「ザンダというと……あのザンダですか?」
「ええ、あのザンダです」
この世界にはとある魔物の伝承がある。
十二月二十五日。
その魔物は赤い服に身を包み、ドラゴンが引くソリに乗って空からやって来る。
ソリには沢山のプレゼントが積まれており、世界中の子供に配って回るのだという。
ただし、プレゼントをもらえるのは良い子だけだ。悪い子は袋に入れられ、地獄に連れて行かれる。
良い子にはプレゼントを配り、悪い子は地獄に連れて行く。
それが『ザンダ』という魔物だ。
グリズマ村は、そのザンダに襲われているとワイルは言う。
しかし、それはおかしい。
「ザンダは存在しない魔物です」アイサは断言する。
そう、ザンダは実在しない架空の魔物だ。
『良い子にしてたらザンダがプレゼントをくれる。でも悪い子にしてたら地獄に連れていかれるよ?』
ザンダは子供が良い子に育ち、悪い子にならないための教育に使われる架空の魔物。
存在しない魔物が村を襲うはずが無い。
「本当なんです!本当にこの村はザンダに襲われてるんです!信じてください」
ワイルは必死な形相で叫ぶ。嘘を付いているようには見えない。
「これ以上、子供達が犠牲になるのは嫌です。どうか……どうか私達をお救い下さい」
ワイルは椅子から立ち上がり、両手を合わせる。
「……分かりました」
アイサは頷く。
「十二月二十五日まであと二日。それまでこの村に滞在します。もし、ザンダが来たら対処しましょう」
「おおっ!どうかお願いします。この村をお救い下さい」
「はい、お任せ下さい」
アイサはワイルの手を優しく握った。
「ところで、魔物とは関係なく、もう一つ訊きたい事があります」
「何でしょう?」
「この村に————ますか?」
「いいえ……」
ワイルは首を横に振る。
アイサは残念そうに「そうですか」と呟いた。
***
「村に滞在される間はこの家に泊まると良いです。用があれば何でも言って下さいね」
「ありがとうございます」
「そろそろ夕飯の時間だな。マルコ、食事を頼む」
「分かりました。村長」
マルコは台所に向かう。
「食事は三人で交代して作っています。今日はマルコが作る番なんですよ」
「そうなんですね」
料理をするマルコを、アイサはチラリと見る。
「先程、マルコさんとニーナさんを紹介する時、『この家で私と一緒に暮らしている』と言っていましたが……マルコさんとニーナさんは村長の子ではないのですか?」
「はい、違います。マルコもニーナも施設育ちです。五年程前、私が二人を引き取りました」
ワイルは穏やかな笑顔になる。
「私には妻が居たんですが、事故で亡くしました。子供が居ない私にとって、二人は宝物なんです」
ワイルはニーナの頭を優しく撫でる。ニーナは相変わらず無表情だ。
「ところで、今までに攫われた子供達というのはどんな子だったのでしょうか?何か共通する特徴などありましたか?」
「それは……」
「嫌な奴らだった」
ワイルの代わりに口を開いたのは、それまで黙っていたニーナだ。
「物を盗んだり、いたずらで他人の家に火を点けようとしたり、暴力を振るったりする嫌な奴らだった。施設育ちだからって、何度も何度もマルコに絡む奴もいた」
ニーナは暗く冷たい声で言う。
「あんな奴ら、死んで当然だよ」
「ニーナ!」
ワイルが叫ぶ。
「そんな事を言っては駄目だと何度も言っているだろう!たとえ、どんな悪い子だとしても、死んでも良い人間なんて居ないんだ」
「居るよ」
ニーナは間髪入れず言う。
「マルコを傷付ける人間は、皆死ねば良い」
ニーナの目には深く暗い闇が広がっていた。
「あの……ごはん出来ましたけど……」
張りつめた空気の中、台所からマルコがやって来た。
「……?何かあったの?」
「いや、なんでもないよ。マルコ」
ワイルはニコリと笑う。
「さぁ、皆で食事にしよう」
「美味しい」
マルコの料理を一口食べたアイサは、感心したように言った。
「とても美味しいですね。マルコさんは料理の才能がありますよ」
「そ、そうですか?」
マルコは嬉しそうに笑う。
「俺、将来は料理人になりたいんです」
「良い夢ですね。マルコさんならきっとなれますよ」
「そ、そうですか?へへっ」
顔を赤くするマルコ。ニーナはどこか不機嫌そうに黙々と料理を口に運ぶ。
料理を全て食べ終わると、ワイルは席を立った。
「さて、これから私は仕事で出掛けます。アイサさん、どうぞごゆっくり」
「今からですか?大変ですね」
「これも村長の仕事ですから」
ワイルは厚いコートを身に纏い、家を出る。
「じゃあ、俺は食器を洗いますね」
「私も手伝います」
「大丈夫です。座っていて下さい」
後片付けを手伝おうとしたアイサをマルコは止める。
「お客様に手伝わせるわけにはいきません。ゆっくりしていて下さい」
そう言うと、マルコは一人で食器を洗い始めた。
ワイルは出かけ、マルコは皿洗い。あとにはアイサとニーナが残される。
「ではニーナさん。少しお話しませんか?」
アイサはニーナの部屋に移動する。部屋の中にはベッドと洋服棚があるくらいで、他には何も無い。
ベッドの上に座るニーナにアイサは言う。
「ごめんなさいニーナさん。騒がしくて」
「別に良い」
淡々とニーナは答える。
「ニーナさん、ひとつ訊いても良いですか?」
「何?」
「貴方はマルコさんが好きなんですか?」
一瞬、ほんの一瞬だけニーナは動揺したように見えた。
「うん、好きだよ。大好き」
「やはりそうなんですね。私もベッドに座っても?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ニーナの隣にアイサは座る。しばしの沈黙の後、ニーナは話始めた。
「マルコはね、いつも私を助けてくれたの」
ニーナもマルコも小さい時、親に捨てられた。そのため、二人とも親の顔は知らない。
親に捨てられた二人は施設に預けられる事になったのだが、その施設は最悪だった。
職員による虐待が常習化しており、子供達は暴力を受けていた。子供達は溜まった不満を紛らわせるため、自分達よりもさらに弱い子をいじめた。
そんな環境では皆自分の身を守る事で精一杯。とても他人を助ける余裕などない。
だが、マルコだけは違った。マルコは暴力を受けるニーナを何度も庇った。
たとえ、それで自分が殴られる事になったとしても。
「地獄みたいな場所でマルコだけが私の希望だった。マルコだけが私の光だった」
ニーナは恍惚の表情で自分の頬を触る。
「私はマルコを愛してる。私はマルコしか要らない」
「マルコさんを傷付ける人間は皆死ねば良い?」
「そう!」
ニーナは初めて真っすぐアイサを見た。
「マルコを傷付ける人間を私は許さない。誰であろうと……」
「……そうですか」
「ねぇ、お姉さん」
「お姉さんですか、そう言われるのは初めてですね。何でしょう?」
「マルコは私のものだよ」
ニーナはアイサの腕を強く掴む。爪が食い込むほどに。
「だから……マルコを取ったら駄目だよ?」
ニーナの爪がさらに深く食い込む。しかし、アイサが気にする様子はない。
「私とマルコさんは今日初めて会ったばかりですが?」
「お姉さんを初めて見た時、マルコ顔を赤くしてた。お姉さんに見惚れていたんだよ。きっと。料理を褒められた時も凄く嬉しそうだった」
「それで私がマルコさんを取るかもしれないと不安になったのですか?」
「うん、お姉さん凄く美人だから私じゃ勝てない」
「ニーナさんも美人ですよ」
アイサは「ふふっ」と笑うと、きっぱりとした口調でニーナに言った。
「安心して下さい。私はニーナさんからマルコさんを取ったりしません」
「本当?」
「本当です。私には他に好きな人が居ますから」
「……」
ニーナはじっとアイサの目を見る。
それから、アイサの腕からゆっくり手を離した。
「嘘は付いてないね。本当に他に好きな人が居るんだね」
「はい、世界で一番愛しい人が居ます」
「腕、痛くしてごめんなさい」
「気にしないで下さい」
アイサは笑みを深める。
「好きな人を誰にも渡したくないという気持ちは、私にもよく分かりますから」
***
アイサが村に来て二日後。
ついにその日が来た。
「今日は十二月二十五日です。皆さん、今日は決して家から出ないで下さい。特に子供達は絶対に外に出さないで下さい」
アイサは村人達に指示を出す。指示に逆らう人間は誰も居ない。村人全員が家の中に閉じ籠る。
「村長も家の中に」
「いえ、私には村長としての責任があります。貴方の傍に居ます!」
ワイルの意思は固い。説得しても意見は変えないだろう。
「分かりました。その代わり危ないと思ったら直ぐに逃げて下さい」
「はい!」
雪が降る中、アイサとワイルは待ち続ける。
そして、夜中の八時。それは現れた。
「き、来ました!」
ワイルが空を指差した。
それは凄いスピードでこちらに向かってやって来る。
最初に見えたのは角が生えた二頭のドラゴンだ。その二頭のドラゴンは巨大な手綱で繋がれている。
手綱を握っているのは、巨大なソリの上に乗っている赤い服を着た人型の魔物だ。
村の真上に来た時、ソリは空中で停止した。そして、停止したソリから人型の魔物が飛び降りる。
ドンという音を立て、赤い服を着た人型の魔物は地面に着地した。降り積もった雪が周囲に舞う。
その魔物は——まさしくザンダだった。
「本当に存在したんですね。村長の話を信じていなかったわけではありませんが、実際にこの目で見ると、やはり驚きを隠せません」
アイサはザンダを見上げる。その大きさは十メートルを越えていた。
『アッアアアアアアア!』
ザンダはこの世の物とは思えない叫び声を上げる。
『悪い子はああああ地獄へえええ連れて行くうううう!』
「ザンダさん」
アイサはザンダに話し掛けた。
「私はこの村の人から貴方を退治するよう頼まれた者です。私は貴方を退治しなくてはなりません」
『……』
「ですが、私は殺生を好みません。どうかこのまま帰って頂けないでしょうか?そして、二度とこの村を襲わないで欲しいのです」
『……アッ……アアッ……』
「いかがでしょうか?」
『……アッ……アアアアアアアアア!』
ザンダは拳を握る。そして、それをアイサ目掛けて振り下ろした。
「ア、アイサさん!」
ワイルが叫び声を上げる。しかし、ザンダの拳はアイサに届いていない。ドーム状の防御魔法がアイサをガードしていた。
「交渉決裂ですね。ならば容赦はしません」
アイサは攻撃魔法を発動する。
「『ホワイト・ファイア』」
アイサの手から球体の白い炎が放たれた。白い炎はザンダに直撃し、肩と腕を吹き飛ばす。
すると、何かがアイサの頬に当たった。
——水?……なるほど。
『グギャアアアアアアア!』
ザンダは凄まじい跳躍力でジャンプすると、空中に浮かんでいるソリに乗った。手綱を引くとドラゴンが動き出し、ソリはどこかへ飛んでいく。
やがてザンダは豆粒ほどの大きさになり、見えなくなった。
「す、凄い!」
アイサの元にワイルが駆け寄る。
「あのザンダを追い払った!凄いですよ!」
歓喜の声を上げるワイル。しかし、アイサの顔に喜びはない。
「どうしたんですか?」
「村長。大変心苦しいのですが……」
「退治出来なかったのを悔やまれているのですか?追い払っただけでも十分……」
「いいえ、そうではありません」
アイサは顔を横に振る。
「あれは魔物ではありません」
「えっ?魔物じゃない?」
ワイルは目を大きくした。
「どこからどう見てもザンダでしたが……」
「確かに、あれはザンダの姿をしていました。しかし、あれは魔物ではありません。何故なら生きていないからです」
「生きて……いない?」
アイサは頷く。
「あれは人の手によって作られた人形です」
「人形⁉あれがですか?」
「はい、あれは魔法によって作られた人形です」
「ど、どうして分かるのですか?」
「ザンダの腕を吹き飛ばした時、体の一部が水に変わって私の頬に当たりました。おそらく、あのザンダは『雪』を材料にして作られています」
魔法で大量の雪を集め、それで巨大なザンダの形を作る。さらに魔法で色を塗り、声を出す魔法も掛けて動かせば、まるで本物のザンダに見えるというわけだ。
「ソリとソリを引いていたドラゴンも本物ではないでしょう。ザンダと同じく、雪で作られた偽物に違いありません」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
何かに気付いたように、ワイルは叫ぶ。
「あのザンダが魔法によって作られたものだとしたら、それを操っている人間が居るって事ですか?」
「はい、そうです。そしておそらく、犯人はこの村に居ます」
「そ、そんな……」
ワイルは頭を抱え、その場に座り込む。
その頃、ワイルの家ではマルコがニーナを励ましていた。
「大丈夫だからなニーナ。もしザンダが来たとしても、絶対に俺が守ってやるから」
「うん、ありがとうマルコ」
マルコはいつもニーナを助けてくれる。施設でいじめられていた時も、近所の子供に『親無し』と言われた時も。
争いとか暴力を怖がる性格なのに、いつも勇気を振り絞ってニーナを守ってくれた。
そんなマルコをニーナは愛している。
——要らない。
要らない。マルコが居れば何も要らない。
マルコを傷付ける村の子供も、マルコを傷付けようとする大人も。
何も要らない。
——私はマルコが要れば……それで良い。
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