第131話 大賢者
「う、う~ん……」
目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
上半身を起こした安藤は、自分がベッドに寝ていた事を知る。
「此処は……くっ」
軽いめまいを覚え、安藤は頭を押さえた。
「安藤優斗の起床を確認しました」
淡々とした声が耳に入る。横を向くと、あの女性が居た。
菱谷を倒し、安藤を攫ったアイという女性が。
「うわあああああ!」
叫び声を上げ、安藤はベッドから飛び出す。
「落ち着いてください安藤優斗。貴方を傷付けるつもりはありません」
そう言うと、アイは自分の耳に手を当てた。
「マスター、安藤優斗が目覚めました……はい、了解しました。そう伝えます」
耳から手を離し、アイは安藤を見る。
「安藤優斗。まもなくマスターがこちらに参ります。それまで、お待ちください」
「マスター?」
「私の主です。私はマスターの指示で貴方を此処へ連れて来ました」
その言葉に、安藤は強い怒りを覚える。
「……じゃあ、菱谷を傷付けたのもその人の指示ですか?」
「はい。貴方を連れて来ようとすれば、菱谷忍寄は必ず邪魔をする。ですので、まず菱谷忍寄を排除してから貴方を連れて来るよう命令されていました」
「——ッ!」
安藤はアイに掴み掛かる。だが、アイは安藤の腕を軽く捻り動きを封じた。
「ぐっ……!」
「大人しくしてください。先程も言いましたが、貴方を傷付けるつもりはありません。ですが、暴れるのなら無力化するために少々手荒な事をしなくてはなりません」
アイは感情のない口調で宣言する。このままだと安藤は腕を折られるだろう。
——だけど、それがどうした!
大切な恋人を傷付けられ、大人しくしていられるわけがない。安藤は鋭い目でアイを睨む。
「仕方ありません。一時的に行動不能になってもらいます。折った腕は後で回復しますのでご安心を」
アイは力を込めた。安藤の腕がミシリと音を立てる。
「待て、アイ」
その時、アイとは違う別の女性の声が聞こえた。アイはピタリと動きを止める。
「離してやれ」
「ですが、マスター」
「いいから離すんだ」
「——了解しました」
アイは安藤の腕から手を離す。痛みから解放された安藤が顔を上げると、そこには白衣を着た女性が立っていた。
「すまないね安藤優斗。アイに悪気は無いんだ、許してやってくれ。アイ、君は部屋の隅で待機」
「はい、マスター」
白衣を着た女性の指示に従い、アイは部屋の隅に移動した。
「ようこそ、安藤優斗。よく来てくれた」
白衣を着た女性は椅子に座り、足を組む。安藤は警戒を込めた目で彼女を見つめた。
「ははっ、そう緊張しないでくれ。君に危害を加えるつもりは無いよ。と言っても信じてはもらえないだろうけどね」
白衣の女性はニコリと笑う。アイと比べると随分表情豊かだ。
「さて、突然こんな所に連れて来られて、さぞ混乱しているだろう。こちらから色々と説明しても良いのだが、まずは君が知りたい事に答えようと思う」
何が知りたい?白衣の女性は安藤に尋ねた。安藤は少し考え、口を開く。
「……此処はどこですか?」
「良い質問だね」
白衣を着た女性は愉快そうに笑う。
「此処は『ソウケ国』だよ」
ソウケ国。その名前は安藤も聞いた事がある。
「此処は『ソウケ国』にある政府中枢施設だ。他国の人間は勿論の事、国民にすらこの場所は知られていない」
「……どうしてそんな場所に俺を?」
「君に協力してもらいたい事がある。それでご足労願った」
安藤は拳を握る。無理やり連れて来ておいて、何が協力だ。
「何の用かは知りませんが、協力するつもりなんてありません」
安藤はきっぱりと断る。
人を誘拐し、恋人を傷付けた連中に協力する事なんて何もない。
「ふむ。まぁ、予想通りの返答だね」
白衣を着た女性は椅子から立ち上がる。
「ところで、ぜひ君に見てもらいたいものがあるんだ。目覚めたばかりで悪いけど、付いて来てもらえるかな?」
「……嫌だと言ったら?」
「その時はアイに担いでもらう事になるね」
白衣を着た女性は、アイを指差す。
「どうする?自分の足で付いてくるかい?それともアイに担いでもらうかい?」
安藤は歯を食いしばった。
「……自分で歩きます」
「うん、じゃあ行こうか」
白衣を着た女性が部屋を出ると、安藤とアイはその後に続いた。
***
白衣を着た女性の案内で、安藤は長い廊下を進む。その後ろからアイが付いて来る。
道中、白衣を着た女性は安藤に訊いた。
「安藤優斗、君はソウケ国の『大賢者』を知っているかい?」
「……はい、名前だけは」
ソウケ国の『大賢者』。
『イア国の魔女』、『ラシュバ国の大魔法使い』、『協会の聖女』と肩を並べる魔法使いとして有名な存在だ。
さらに『大賢者』はその名の通り、常人とは比べ物にならない頭脳を有している。
少し前まで、ソウケ国は経済的にかなり困窮している国だった。犯罪が横行し、国民は常に飢えている。それが当たり前だった。
それが今や経済は急成長し、犯罪数は激減。あと数年もすれば、世界一の経済大国になるのではないかと予測されている。
ソウケ国がここまで成長できたのは、『大賢者』のおかげだ。
どこからともなく現れた『大賢者』はその卓越した頭脳を使い、新たな法律やインフラを整備。ソウケ国を見事に立て直した。
そんな『大賢者』は国民から絶大な支持を受けている。ソウケ国には大統領が居るが、『大賢者』の人気は大統領を遥かにしのぐ。
だが、『大賢者』の正体を知っている者は少ない。年齢、性別、容姿……その全てが謎に包まれている。
「その『大賢者』がどうしたんですか?」
安藤が尋ねると、女性は答えた。
「今から君に見てもらうのは『大賢者』の秘密だ」
「『大賢者』の……秘密?」
「見れば分かるさ」
白衣を着た女性はとあるドアの前で立ち止まった。ドアの傍にある黒い枠に彼女は顔を近付ける。すると、ピッという音と共にドアが開いた。
ドアの先には狭く、何もない部屋がある。
「さぁ、入り給え」
白衣を着た女性は中に入るように促す。安藤が警戒しながら中に入ると、白衣を着た女性とアイも一緒に中に入った。
白衣を着た女性が部屋にある丸いボタンを押すと、ドアが閉まり、部屋が下へと降り始める。
「これって……まさか……」
驚く安藤を見て、白衣を着た女性は楽しそうに笑う。
「エレベーターに乗るのは久しぶりじゃないかい?」
安藤達が今乗っているもの。それは紛れもなくエレベーターだった。
エレベーター。そんな言葉はこの世界には無い。その言葉があるのは安藤が居た世界だけだ。
「どうして、エレベーターが?」
「私が『大賢者』に命じて作らせた。どうだい?前に居た世界のエレベーターと全く同じだろう?」
前の世界。白衣を着た女性は確かにそう言った。
「貴方は、一体……」
「着いたよ」
エレベーターが止まり、ドアが開く。そこには、驚くべき光景が広がっていた。
「なんだ……これ……」
安藤は思わず息を飲む。
広大な空間に、人の身長を超える黒い箱が無数に並べられていた。
黒い箱からはゴオオオと大きな音が鳴り、緑色のランプが点灯している。
「も、もしかして……」
安藤はその名前を口にする。
「……コンピューター?」
「そうだよ。だけど唯のコンピューターじゃない」
白衣を着た女性は巨大な黒い箱——筐体を愛おしそうに撫でた。
「此処にあるのは普通のコンピューターとは比べ物にならない演算処理能力を持ったスーパーコンピューターだ。しかも、君が前に居た世界に存在していたどのスパコンよりも遥かに高次元の性能を持っている」
白衣を着た女性は、またしても前の世界と口にした。
間違いない。彼女は安藤が別の世界から来た事を知っている。
「安藤優斗。君に見せたかったのはこれだよ。このスパコンを君に見せたかったんだ。この——『大賢者』をね」
『大賢者』。無数に並ぶ黒い筐体を彼女はそう呼んだ
「——ッ!『大賢者』って……それじゃあ、まさか!」
「そう、ソウケ国の『大賢者』の正体。それはこのスパコンだよ。正確に言えば『大賢者』に入っている人工知能だ」
人工知能——『アイ』だよ。
「アイ⁉」
安藤は入り口に待機しているアイに目を向けた。
「そう、そこに居るのは人間じゃない。唯のアンドロイド端末だ。彼女を動かしているのは此処に居る本体の『アイ』だよ」
アンドロイド。
またも聞いた事のある単語が出てきた。安藤は白衣を着た女性に問う。
「貴方は一体、何者なんですか?」
「私も君と同じだよ。私もこの世界の人間じゃない」
巨大な黒い筐体に触れながら、白衣を着た女性はニヤリと笑う。
「私の名前は『
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