第129話 新しい関係

 

(由香里が……死んだ?)


 頭の中が真っ白になる。

 まるで誰かに心臓を鷲掴みにされているかのように胸が痛い。

「由香里が……なんで……何で……」

「吸血鬼に負けたんです」

 菱谷はクロバラを指差す。


「三島由香里はこの吸血鬼との戦いに負け、殺され血を吸われたんです」


「そんな……そんな……」

「信じられませんか?……おい!」

 菱谷はクロバラに命じる。


「『先輩に三島由香里とお前が戦った時の記憶を見せろ』」


 三島由香里の姿をしたクロバラは、安藤の額にゆっくり触れた。

 その瞬間、膨大な量の記憶が安藤の中に流れ込む。

「うっ……!かっ……!」

 クロバラが触れていたのはほんの数秒。しかし、安藤は三島とクロバラの戦いを全て知った。二人の戦いの結末も……。


―――由香里は……間違いなく……死んだ。


「あ……あああ……」

「そして、もう一つ。先輩にお伝えしなければいけないことがあります」

 菱谷は人差し指を一本立てると、追い打ちとなる言葉を口にした。


「カール・ユニグスという男も死んだみたいです」


「…………カール……さん?」

「そうです。カール・ユニグスです。確か先輩と一緒の檻に入れられていたんですよね?そのカール・ユニグスも死にました」

「……カール………さんも………?」

 安藤は、今にも消えそうな声で菱谷に訊く。

「……なん……で?」

「三島由香里に殺されたんです」

 菱谷は憔悴している安藤に説明する。


「カール・ユニグスもあの夢魔と同じ事を考えたみたいです。あの夢魔は先輩を私に助けさせようとしましたが、カール・ユニグスは三島由香里に先輩を助けるように頼んだらしいです」


「そ、そんな……」

 安藤は菱谷に掴み掛かった

「なんで……由香里が―――カールさんを殺すんだ?」

「理由はふたつあります。一つ目は口封じ」

「……口封じ?」

「そうです」

 菱谷は頷く。

「三島由香里は、カール・ユニグスが先輩の情報を私や『聖女』に漏らさないように口を塞いだんです。先輩に関する情報を独り占めにし、先輩を奪おうとしたんです。本当に腹が立ちますね」

「……………………………二つ目の理由は?」

「カール・ユニグスの『特殊能力』です」

 菱谷は続ける。

「カール・ユニグスは『特殊能力を持つ者を引き寄せる特殊能力』を持っていました。もし、カール・ユニグスを生かしておいた場合、たとえ先輩を取り戻したとしても、再び先輩はカール・ユニグスの『特殊能力』に引き寄せられ、自分の元から居なくなる可能性がある。それを危惧したみたいです」

「……………」

「『特殊能力』は死ねば消えるようですので、三島由香里はカール・ユニグスを殺す事で……って、あれ?先輩?」

 菱谷は安藤の目の前で手を振る。しかし、安藤は無反応だ。

「先輩?大丈夫ですか?」

 安藤はただ、何もない空間を見つめている。


 そして、そのまま後ろに倒れた。


「先輩!」

 固い床に倒れる直前、菱谷は安藤の体を抱きとめる。

 それから魔法を使い、安藤の体を隅々まで調べた。

「気を失っているだけか」

 菱谷は、ホッと息を付く。

 人はあまりにも強い精神的ショックを受けると、意識を失う事がある。

 リーム、カール、そして三島。

 三人の死を一度に聞かされ強烈なショックを受けた安藤は、意識を失った。

「先輩……」

 菱谷は、安藤をギュッと強く抱きしめる。

「おい」


 菱谷は『言霊の魔法』で、クロバラにある事を命じた。


***


「う……ううん」


 倒れてから約三十分後、安藤は目を覚ます。

「先輩、大丈夫ですか?」

「菱……谷……」

 ボーとする頭を、安藤は押さえる。

「俺……どうしたんだっけ?」

「先輩は倒れたんです」

「倒れた……俺が……?」

「はい」

「そう……なんだ……」

「覚えてませんか?」

「うん。何……も」

 安藤は菱谷に尋ねる。

「なんで……俺は倒れたの?」

「先輩は多分、疲れていたんだと思います。色々ありましたから」

「そう……か……疲れて……」

 安藤はゆっくり息を吐く。

「心配掛けたね。ごめん」

「大丈夫ですよ」

 菱谷は安藤の手を優しく握った。

「先輩」

「何?」

「魔法で調べたところ、先輩の体に異常はありませんでした。しかし、記憶に異常がないかは私の魔法では調べられません。先輩の記憶を確かめたいので、いくつか質問しても?」

「うん、良いよ」

「ありがとうございます」

 菱谷は質問を開始する。


「それでは最初の質問です。ご自分の名前を言えますか?」

「安藤優斗だよ」

「年齢は?」

「十六」

「誕生日は?」

「七月十日」

「私の名前は、分かりますか?」

「菱谷。菱谷忍寄」

「私の年齢は分かりますか?」

「十五……いや、菱谷は俺よりも一年早くこの世界に来たから……今は俺と同じ十六歳だよね?」

「はい、そうです」

 菱谷はニコリと笑う。

「この世界に来た時の事を覚えていますか?」

「覚えてるよ。俺と菱谷はトラックに引かれて此処の世界に来た」

「ありがとうございます。それでは、最後の質問です」

 菱谷は安藤にそっと耳を寄せた。

「私と先輩の関係を覚えていますか?」

「勿論だよ」

 安藤は穏やかに微笑む。


「俺と菱谷は……恋人同士だ」

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