第125話 魂の乗っ取り

「どうやら、ここまでみたいだね」


 片膝を付いた三島を見下ろし、クロバラは嗤う。

「くっ……」

 三島は攻撃魔法を発動し、クロバラの上半身を吹き飛ばした。

 しかし、クロバラの上半身は瞬く間に再生する。


 今度はクロバラが三島に『拘束魔法』を発動した。

 約七十二時間前にもクロバラは三島に『拘束魔法』を使ったが、その時は三島の防御魔法により、クロバラの『拘束魔法』は防がれた。

 しかし、今の三島はあっさりとクロバラの『拘束魔法』に掛り、動きを完全に封じられる。

「もう防御魔法を発動する魔力も残っていないみたいだね。拘束する必要はないかもしれないけど……念のためだ」

 クロバラは動けなくなった三島にゆっくりと近づく。

「怖がる事はないよ。ミシマユカリ」

 クロバラは優しさすら感じさせる口調で三島に言う。


「三日前にも言ったけど、僕は『血を吸った相手そのもの』になる事が出来る。君の血を吸う事で僕は『ミシマユカリ』になる事が出来るんだ。君が死んでも僕が『君』として生きていくからね」


 クロバラは口を大きく開ける。長く鋭い牙が見えた。

 その長く鋭い牙を、クロバラは三島の首筋に突き刺す。


「がっ……!」

 強烈な痛みが三島を襲った。

 ジュル……ジュルルルル。

 三島の体からどんどん血が無くなっていく。

 美しい肌が見る見るうちに紫色に変色していく。


 やがて、クロバラは三島の血を全て吸い尽くした。体の血を全て失って生きていられる生き物は居ない。

 それは、三島も例外ではない。


 体中の血を全て吸い尽くされた三島由香里の肉体は、そのまま絶命した。


***


「ご馳走様」 

 血を全て失った三島の死体を、クロバラは地面に投げ捨てた。すると、クロバラの体が紅い髪の少年から別の人間の姿に変わり始める。

 紅い髪は黒くなり、性別は男性から女性の姿に変化した。


 クロバラが変身した人間。

 それは、今まさに血を吸い尽くした『三島由香里』だった。


 これまでもクロバラは、安藤の記憶を元に三島の姿になる事は出来た。だが、それはあくまで『安藤優斗の記憶を元にした三島由香里』であり、本物とは言えない。

 しかし、今クロバラがなっているのは、『三島由香里の記憶』と『三島由香里の身体的特徴を完璧に再現した』三島由香里だ。

 

 三島由香里と同じ記憶を持ち、三島由香里と同じ体を持つ存在。

 それはつまり、『三島由香里』そのものと言える。


 新しい『三島由香里』となったクロバラは、三島由香里の死体に言う。

「これで『君』の優斗への愛は『私』のものになった。これからは私が『三島由香里』として優斗との愛を深め……ッ!」

 三島の姿になったクロバラは自分の頭を抑える。

「この記憶は……!」


 ザザッ……。


 その時、クロバラの頭の中にノイズのような雑音が響いた。


 ザザッ。

 ザザッ。

 ザザッ。


 ノイズはどんどん広がっていく。

『やぁ、こんにちは』

 クロバラの頭の中に声が響く。


 それは、死んだはずの三島由香里の声だった。


「三島……由香里」

 血を全て吸い尽くされた三島由香里の死体は、変わらず地面に倒れている。

 だというのに、クロバラの頭の中で三島の声がする。

「君は……自分の意識を……」

『うん、そうだよ』

 頭の中の三島が肯定した。


『君に血を吸われた時、私は自分の記憶と意識を君の頭の中に叩き込んだ。私の意識は今、君の頭の中に居る』


 自分の意識と記憶。それを人は『魂』と呼ぶ。

 三島は自らの『魂』をクロバラの体に移したのだ。  


 三島の姿でクロバラは言う。

「君は……とんでもない魔法を創り出したね』

 本来、魔法は魔法を発動した者が死ねば消滅する。発動中の魔法だとしても、その魔法を発動した者が死ねば解除される。

 しかし、三島は肉体が死んだ後も発動し続ける魔法を創り出した。


 三島の創り出した魔法の名は『ソウル・テイクオーバー』。

 意識と記憶の結晶である『魂』。自分の『魂』で相手の『魂』を上書きし、乗っ取る魔法。


 この魔法は、殺される事により自動的に発動する。

 魔法が発動すると、自分を殺した相手の頭の中に自分の『魂』が移る。そして、相手の意識を乗っ取り、その肉体を自分のものに出来るのだ。


 三島は『記憶操作の魔法』で他人に自分の記憶を上書きし、『他人を自分』にする事が出来る。

『ソウル・テイクオーバー』は、その記憶操作魔法を複雑に改良したものだ。

 かつて三島は『聖女』ホーリー・ニグセイヤと戦った時に、『聖女』が死ぬ事によって発動する魔法、『魔法蛇』を見た。『ソウル・テイクオーバー』は『聖女』の『魔法蛇』から発想を得た魔法だ。


 死んだ人間が生き返る事は出来ない。それはこの世界でも同じだ。

 唯一の例外は『聖女』のみ。その他の人間は死ねばそこで終わりだ。


 しかし、三島が創り出した『ソウル・テイクオーバー』なら死んだ後も。  


「君は、私との戦いに負けた場合を想定してこの魔法を創ったのか……」

『大昔の『聖女』も君を殺せなかったみたいだからね。私が勝てる確率は低いと考えていたよ』 


 約千年前、ホーリー・ニグセイヤの祖先である聖女、『ホーリー・サリア』は吸血鬼クロバラと戦い、封印する事に成功した。

 

 一見すると、それは『聖女』の勝利であるように見える。

 だが、見方を変えれば『聖女』はクロバラをとも言える。


『聖女』は光魔法を得意とする。対するクロバラは闇属性の魔物。

 光魔法に弱い闇属性のクロバラにとって『聖女』は天敵だ。それにも拘らず、『聖女』はクロバラを殺す事が出来なかった。

 何故、ホーリー・サリアはクロバラを殺せなかったのか? 


『それは君が不死だからだ』


 クロバラの頭の中で三島が言う。

『君は驚異的な再生能力を持っている。でも、君は再生するために魔法を使っていない。君の再生能力は君自身の『特性』。君には『死』という概念が存在しない。そうだろう?』

 たとえ、燃やされようと、凍らされようと雷に打たれようと、重力に押し潰されようと……。


 クロバラは死なない。

 

 ホーリー・サリアもクロバラが死なない事に気が付いた。命に限りがある者と、命に限りが無い者が戦い続ければ、最終的に命に限りが無い者が勝つのは明白。


 だから、ホーリー・サリアはクロバラを殺すのを諦め、封印したのだ。


『魔法で君を殺せるのなら、それが一番ではあった。または再び君を封印出来れば良かった。だけど、戦ってみると君はやはり死なない『不死』だった。そして、私は『聖女』が使ったとされる『封印魔法』を使えない。やはり君を倒すには君の体を乗っ取るしかないと判断した』

「魔力が切れたように見えたけど……最後の魔法を発動する分の魔力は残していたというわけか……」

『そうだよ』

 三島の声が大きくクロバラの頭の中で響く。


『さて。それじゃあ、君の記憶と意識を乗っ取らせてもらおうかな』

「果たして、そう上手くいくかな?」


 三島の姿でクロバラは嗤う。

「私の中には血を吸った多くの生き物の記憶がある。その全てを果たして乗っ取り切れるかな?『ソウル・テイクオーバー』はそれほど長く続かないだろ?」

 三島の記憶を得たクロバラは、既に三島の開発した『ソウル・テイクオーバー』の弱点を知っている。

「『ソウル・テイクオーバー』は自分の魂を魔力で包んだものだ。肉体を失った今、君の魂を包む魔力はどんどん失われている。魔力が無くなれば君の魂は私を乗っ取る事が出来ず、私の体から離れ、どこかに行ってしまうだろう」

『ご忠告ありがとう。でも、大丈夫だよ。私の記憶を持っているから分かるでしょ?』

「……」クロバラは黙る。

『君は血を吸う事で色々な人間……いや、人間だけじゃなく別の魔物にすらなる事が出来る。そして、血を吸った相手の記憶を取り込む事が出来る。でも、だとしたら君はどうやって『自己』を認識しているのだろう?』


 数多の生き物の記憶を取り込む事が出来れば、様々な知識を得る事が出来る。吸血鬼は多くの生き物の記憶を得る事で学習し、成長してきた。

 しかし、それはアイデンティティが崩壊する危険も孕んでいる。

 沢山の記憶を取り込む事で『自分は一体誰か?』『どの記憶の自分が本当の自分なのか?』分からなくなる可能性があるからだ。


『だけど、君にそんな様子はない。血を吸った相手に変身すれば、その相手の口調や性格にはなるみたいだけど、君はどんな姿になっても、自分を吸血鬼だと自己認識している。それは何故か?』

「……」

『君の頭の中には、『意識の核』と呼べるものが存在している。どんなに他者の記憶を得ても、『自分は吸血鬼』だと常に自己認識するための核だ。決して他者の記憶に侵されない核があるからこそ、君は己を『吸血鬼』だと自己認識する事が出来る』

 三島は、きっぱりと告げる。


『君を乗っ取るのに君が奪った記憶全てを掌握する必要はない。君を乗っ取るには『意識の核』に自分の記憶と意識を上書きすれば良い』


『自分は吸血鬼クロバラである』と自己認識するための核。

 もし、その核に三島が自分の記憶と意識―――『魂』―――を上書きすれば……。


『吸血鬼クロバラ』の魂は消える。


 そして新たな吸血鬼、『三島由香里』が誕生する。


「君は、私の核を見付けるために私の中に入った……」

『私は触れた相手の記憶を操作出来るけど、外からじゃ君の核は見付けられないと思った。だから、ワザワザ殺されてまで直接君の中に入ったんだ……おっと』

 頭の中の三島が弾んだ声で言った。


『見付けたよ。君の『意識の核』を』


「ぐがっ!」 

 クロバラの頭に激痛が走った。

 三島がクロバラを乗っ取り始めたのだ。


 クロバラが三島由香里に上書きされていく。

 自分が『吸血鬼クロバラ』であるという認識が書き換わっていく。


「私は……クロバラ……吸血鬼……私は……私は……血を……血を吸う……優斗と……血を……私はクロバラ……血の……血を………血……血を…血が……優斗……血が……私は?わた……私………僕……俺……わし……我………誰?………私……わた……おれおれおれぼくわたわれぼくぼくわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわたわた………私は……」


 そして、彼女は静かに自分の名前を口にする。


「私は三島由香里……優斗の幼馴染で恋人」


 その言葉は、三島由香里が吸血鬼クロバラの肉体を乗っ取った事を意味している。


 吸血鬼、三島由香里が誕生した瞬間だった。

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