第120話 カール・ユニグス

 思い返すと、三島由香里は安藤がどこに居ても必ず彼の元にやって来た。


 安藤が異世界に飛ばされても、安藤が結婚する事になっても……。

 必ず、三島由香里は安藤を取り戻しに現れた。

 

「―――由香里」

「また迎えに来たよ。優斗。さぁ、帰ろう」

 三島は安藤に手を伸ばす。


「アンドウ君に近づくな!」


 滑り込むようにして、安藤と三島の間にアイビーが割り込んだ。アイビーは目に涙を浮かべながら三島を睨む。

「それ以上、アンドウ君に近づいてみろ!殺してやる!」

「……」

「由香里!やめろ!」

 アイビーを攻撃しようとした三島に向かって、安藤が叫ぶ。

「由香里、これ以上はやめてくれ!頼む!」

「優斗……」

 安藤の叫びに三島は動きを止めた。


「アンドウ君……あいつを知ってるの?」

 背中越しにアイビーが尋ねる。安藤は「うん」と頷いた。

「どういう関係なの?」

「由香里は……」

「私は、優斗の幼馴染で恋人だよ」

 安藤の代わりに、三島がアイビーの質問に答える。

「……アンドウ君の恋人?」

 アイビーはギシリと奥歯を噛みしめ、首を激しく横に振った。

「嘘だ!」

「嘘じゃないよ。アイビー・フラワー」

「―――ッ!?」

 自分の名前を呼ばれ、アイビーは動揺する。

「なんで、私の名前を……?」


「カール・ユニグスという男に教えてもらったんだ。君の事―――そして、そこに倒れているハナビシ・フルールの事もね」


「カールさん!?」

 三島の言葉に、今度は安藤が驚く。

「由香里、カールさんに会ったのか!?」

「うん、会ったよ」

 三島は微笑む。


「優斗が此処に居るって私に教えてくれたのは、カール・ユニグスなんだ」


***


 時間は、少しだけ巻き戻る。


 とある国にある今は誰も使っていない小屋の中。そこで、カール・ユニグスは『大魔法使い』、三島由香里に頭を下げていた。


「『大魔法使い』。どうか、兄ちゃんを……アンドウ・ユウトを助けて欲しい!」


 自由になったカールが、安藤を助けるために協力を要請したのは、三島由香里だった。

 様々な手段を使い、三島の居場所を探し出したカールは『アンドウ・ユウトの事で話がしたい』というメッセージを彼女に送った。

 すると三島は、この場所に一人で来るようにと、カールに指示したのだ。

 小屋の周囲には、三島の結界魔法が展開しており、誰も中の様子を見る事も聞く事も出来ない。


「『大魔法使い』。あんたの事は、兄ちゃんから聞いた。あんた。兄ちゃんの幼馴染なんだってな!」

「……」

「兄ちゃんを助け出せるのはあんたしかいねぇ!頼む!どうか、兄ちゃんを救ってくれ!」

 カールはさらに深く、三島に頭を下げた。

「……カールさん。と言いましたね」

 三島は静かにカールに尋ねる。

「優斗は今どこに?」

「兄ちゃんは今、ケーブ国に居る。ケーブ国の大森林……吸血鬼が支配している森だ!」

「吸血鬼……長年封印されていたというあの?」

「そうだ!兄ちゃんは吸血鬼の所に居る!」

「―――吸血鬼」

 三島は口に手を添える。

 安藤がサキュバスのリームに連れて行かれて以降、三島は世界中を回り安藤が居そうな場所を片っ端から探った。

 少しでも安藤が居そうな場所があればそこに出向いたが、どこにも安藤は居なかった。


 ケーブ国の大森林。まさか、そんな所に居たとは………。


「優斗は病気や怪我などはしていましたか?」

「いや、少なくとも俺が最後に会った時は健康だったよ」

「そうですか」

 三島は「ほっ」と息を付く。 

「カールさん。貴方が知っている事を全て話してください」

「ああ、勿論だ!」


 カールは三島に自分が知っている全てを話した。


「なるほど、優斗は貴方を自由にするために吸血鬼と取引をした……と」

「俺はそう考えている」

 カールはグッと拳を握った。

「兄ちゃんは本当に良い奴だった!いつも自分の事よりも他人の事を優先していた。いつも弱い奴を助けていた。兄ちゃんは隠していたけど、俺がこうして自由になれたのは、きっと兄ちゃんが吸血鬼と取引したからに違いねぇ!」

「そうですね」


 他人を助けるためなら、迷わず自分を犠牲にする。

 安藤優斗はそういう人間であると、三島は良く知っている。


「カールさん。優斗が『自分を好きになる者を引き寄せる特殊能力』を持っていると言うのは、間違いないのですね?」

「ああ、間違いねぇ」

「そうですか―――」

「信じられないかい?だけど、本当だぜ」

「信じていないわけではありません。むしろ逆です」


 昔から安藤に言い寄ろうとする人間は多かった。

 その度に、三島は安藤に言い寄ろうとする人間達を排除してきた。

 しかし、排除しても排除しても安藤に近づこうとする人間は後を絶たない。安藤の魅力を考えれば、仕方がないと三島は思っていたのだが……そう言う事だったのか。

 

 安藤はこの世界に来る前から『特殊能力』で『自分を好きになる者』を引き寄せていたのだ。


「魔法とは別の、何かを引き寄せる力を持つ人間が居ると聞いた事はありますが……まさか優斗もその力を持っていたとは。気付きませんでした」

「『特殊能力』は魔法でも見抜けねぇからな。気付かないのも無理はない」

「貴方も『特殊能力』を持っているとの事ですが……」

「そうだ。俺も『特殊能力』を持っている。俺の特殊能力は『特殊能力を持っている者を引き寄せる能力』だ」


『金を引き寄せる特殊能力』を持つ者や『雨を引き寄せる特殊能力』を持つ者。

 カールはこれまで、様々な『特殊能力』を持つ者達を引き寄せている。


「俺の『特殊能力』はさらに珍しくてね。『特殊能力』を持つ人間が分かる上に、そいつがどんな『特殊能力』を持っているかまで分かるんだ」

「『特殊能力』は無くならないのですか?」

「無くならない」

 カールは残念そうに言う。

「『特殊能力』は死ぬまで消えない。生きている限りそいつの『特殊能力』は発動し続ける。本人の意思と関係なくな」

「死ぬまで……ですか」

 三島は何かを考える。


「最後に。私以外の誰かにこの事を話しましたか?」

「いや、話してない。兄ちゃんの事を話すのは『大魔法使い』。あんたが初めてだ」


 必ず安藤を助けると誓ったカール。

 しかし、カールだけでは絶対に安藤を助ける事は出来ない。安藤を助けるには吸血鬼と同等の力を持ち、かつ安藤を助けるのを絶対に断らない誰かに協力を求める必要があった。


 その条件に当てはまるのは、安藤を巡って殺し合ったという三人。

 菱谷忍寄、三島由香里、ホーリー・ニグセイヤだった。


 だが、三人全員に情報を伝えれば、安藤の元に向かった彼女達が鉢合わせてしまうかもしれない。

 そうなれば、彼女達はまた安藤を巡って殺し合うだろう。だから、安藤の事を伝えるのは三人の内の一人だけにしなくてはならなかった。


「俺があんたを選んだのは、あんたが兄ちゃんと一番付き合いが長いからだ」

 安藤と三島は幼馴染。菱谷よりもホーリーよりも付き合いは長い。

「一番付き合いの長いあんたが兄ちゃんを助けるのが、一番良いと思ったんだ。だから、あんたを選んだ」

「素晴らしい選択をしましたね。カールさん」

 三島はカールに右手を差し出した。

「情報提供、感謝します。優斗は必ず私が助けます」

「おおっ!」

 カールは差し出された三島の右手を掴み、握手を交わす。

「頼む!絶対兄ちゃんを助けてくれ!」

「はい。ところで、本当に私の他には誰にも優斗の事を話してないのですね?」

「ああ。あんた以外には誰にも―――『イア国の魔女』にも『協会の聖女』にも―――言ってない」

「そうですか。では……」

 三島は左手の人差し指をカールに向けた。光の弾丸が人差し指から放たれる。


 人差し指から放たれた光の弾丸は、カールの腹部を貫通した。


「がっ!」

 カールはその場に倒れる。腹から流れる血が床に広がっていく。

「な、なんで……」

「貴方には感謝しています。カールさん」

 三島は倒れているカールに言う。

「握手した時、念のため貴方の記憶を読み取ったのですが、貴方の話は嘘偽り無く、全て本当でした。貴方が教えてくださった情報で、私は優斗を助けに行けます。ありがとう」

「だっ……だったら、どうし……て」

「理由は二つ。一つ目は菱谷忍……いえ、『イア国の魔女』や『協会の聖女』に優斗が吸血鬼の元に居る事が伝わらないようにするためです」

「お、俺は……あんた以外に言うつもりは……」

「そうですね。しかし、貴方に言うつもりが無くとも、何らかのきっかけで情報が貴方から漏れる可能性はゼロではない。少しでも危険があるのなら、その芽は摘み取っておくに限ります」

「……ぐっ!」


「二つ目の理由は、貴方の『特殊能力』です」


「お、俺の『特殊能力』……?」

「貴方の『特殊能力』は『特殊能力を持っている者を引き寄せる能力』。優斗も貴方の『特殊能力』に引き寄せられたのでしょう。だとしたら、私が優斗を取り戻しても、

「―――ッ!」

「優斗がまた私の元から消える。それだけは、絶対に避けたいのです」

「ぐっ……ううう……ごぼっ……」

「貴方は言いましたね。『特殊能力は死ぬまで消えない』と。逆に言えば『特殊能力は死ねば消える』という事です。貴方が死ねば、優斗が貴方の『特殊能力』に引き寄せられる事は無くなる」

「が……ぐうう……」


『口封じ』と『安藤がカールの特殊能力に引き寄せられないようにする』ため。

 これが、三島がカールを殺す理由だ。


「カールさん。貴方は存在そのものが危険です。申し訳ないですが、此処で死んでもらいます」

「ぐぼっ……い、嫌だ……!」

 カールは腹から血を流しながら、床を這いずる。

「し、死にたくない。死にたくねぇ。だ、誰か。助け……」

「残念ですが、それは出来ません」

 三島は首を横に振る。

「ですが、優斗の居場所を伝えてくださった事は本当に感謝しています。せめてものお礼に死ぬまでの間、貴方が幸せだった頃の記憶を思い出させてあげます。幸福の中で眠りについてください」

 三島がカールの額にそっと触れると、カールの脳内に自分が幸福だった頃の記憶が流れだした。


 家族との思い出。

 商人として成功した体験。

 仲間と楽しく過ごした記憶。


 それらが脳内を駆け巡る。 

「ああ……ああ……皆……みんな……」

 カールは幸せな幻影に手を伸ばす。

 最後に、安藤との思い出がカールの脳内に再生された。

「兄……ちゃん」

 カールの手から力が抜け、血だまりに落ちる。ピチャッと血が跳ねた。


 そのまま眠るようにして、カール・ユニグスは息絶えた。


 前に、カールは安藤にこう言った。

「『特殊能力』を持っている人間は、事故や事件に巻き込まれて死ぬ確率が、普通の奴よりも圧倒的に高い」と。


 カールの言葉は正しい。『特殊能力』を持っている人間は、持たない人間に比べて死ぬ確率が高い。

『何かを引き寄せる』という事は、事故や事件も引き寄せるという事だからだ。


 それは、カールにも当てはまる。

 カールの『特殊能力』は彼の元に『死』を呼び寄せてしまった。


 他の『特殊能力』を持つ者達の死と唯一違っているのは、苦痛や恐怖ではなく、幸福の記憶の中で死ねた事。それだけがカールにとって、せめてもの救いだろうか。

「……」

 カールの死を確認すると、三島は小屋に火を付けた。小さな火はやがて大きな炎へと成長する。


 巨大な炎は小屋とカールの死体を燃やし尽くし、全てを灰に変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る