第119話 殺意


 突然、目の前に落ちてきた少女をアイビーは信じられないという表情で見る。


(嘘、あり得ない!何、この魔力!)


 少女から発せられる魔力は尋常ではない。

 アイビーとハナビシの魔力を足しても、遠く及ばない桁違いの魔力。

 その魔力は……おそらく吸血鬼にも匹敵する。


(ケーブ国の兵?それとも冒険者?吸血鬼に捕まった人達を助けに?でも、こんな魔力を持つ人間なんて……)

 少女が何者なのか、アイビーには判断出来ない。

「あ、あの!」

 アイビーは少女に声を掛けた。少女の視線がアイビーに向く。

「ひっ!」

 その目を見たアイビーは、恐怖で後ずさりした。


 少女の目には……強い殺意が宿っている。


(何で?どうしてこんな―――いえ、今は理由なんてどうでも良い!)

 アイビーは、自分が今取らなければいけない最善の行動を考える。


 戦う?

 ダメ。絶対に勝てない!


 アンドウ君を連れて逃げる?

 ダメ。きっと逃げられない!


 話し合う?

 ダメ。この殺意……話し合いに応じるわけがない!


 いくら考えても殺される未来しか見えない!


 少女が僅かに動く。

 殺される。とアイビーは思った。


「アイビー!」

 その時、ハナビシが鋭く叫んだ。

「ハナビシさん!」

「アイビー、アンドウを連れて逃げろ!」

 ハナビシもアイビーと同じく、少女の力と殺意を感じ取った。

 その上で、ハナビシは迷わず『少女と戦う』という選択をした。


 自分が戦っている間に、安藤とアイビーを逃がすために。


「うおおおおおお!」 

 ハナビシは少女に向かって走る。

「『肉体強化』……二百倍!」

 ハナビシは限界まで己の肉体を強化し、フルパワーで少女を殴った。

 普通の人間がこの力で殴られれば、即死は免れない。

 しかし―――。


「ぐあああああ!」

 ダメージを負ったのは少女ではなく、ハナビシの方だった。

 ハナビシの拳は潰れ、そこから血が噴き出す。


 攻撃を受けた少女は無傷。平然とその場に立っている。


 少女の体は、薄い防御魔法で覆われていた。

 その防御魔法はハナビシ最大の攻撃を防ぐだけでなく、逆に深いダメージをハナビシに与える。

 それ程までに強力な防御魔法だった。

 

「く、くそおおおお!」

 ハナビシは無事な方の拳で、再び少女を殴ろうとする。

「ダメ!ハナビシさん!」

 アイビーが叫んだ。しかし、ハナビシは止まらない。

 すると、少女がポツリと呟いた。


「『デス・トルネード』」


 少女が呟くと、巨大な竜巻が発生した。

 竜巻はハナビシの体を飲み込み、空中に舞い上げる。

「ぐおああああ!」

 まるで紙のように空中を舞うハナビシ。その体から突然、血が噴き出す。

 竜巻の中には何万という小さな刃も一緒に舞っていた。その刃がハナビシの体を切り裂いたのだ。

「ぐああああああ!」

 刃はハナビシの全身をズタズタに切り刻んでいく。

「ハナビシさん!」

 アイビーは手を伸ばすがどうする事も出来ない。


 まるで雨のように、ハナビシの血がそこら中に飛び散る。 


 数秒後、竜巻が消えた。

 空中を舞っていたハナビシの体が地面に叩きつけられる。


 顔、腕、胸、腹、背中、足……。

 ハナビシの体は、至る所が深く切り刻まれていた。

 まるで赤いペンキでも掛けられたかのように、ハナビシの全身は血で真っ赤に染まっている。 


「ハナビシさん!」

 アイビーは急いでハナビシに駆け寄った。

「ぐっ……がっ……」

 ハナビシは辛うじて生きている。

 しかし、このままでは出血多量で確実に死ぬ。

「ヒール!」

 アイビーは瀕死のハナビシに回復魔法を掛けた。

 だが、アイビーは回復魔法が得意ではない。彼女の回復魔法では、とてもハナビシの傷を治しきる事は不可能だ。

「ハナビシさん!しっかりして、ハナビシさん!」

「……逃……げろ」

 ハナビシは息も絶え絶えに声を振り絞る。

「逃げろ……逃げるん……だ。はや……く」

「―――ッ!」


 アイビーにとって、最も大切なのは安藤優斗だ。

 少し前のアイビーだったら、迷わずハナビシを見捨てて安藤と逃げていただろう。


 しかし、今のアイビーにはそれが出来ない。

 何故か?答えは簡単だ。


 アイビーにとって、ハナビシは生まれて初めて出来た友達だからだ。


「早く……逃げ……ろ……アン……ドウと……一緒……に……」

「ダメだよ……ハナビシさん。決めたでしょ。私達二人でアンドウ君の恋人になるって!」

 アイビーは涙を流しながらハナビシに回復魔法を掛け続ける。

「私達のどちらかだけじゃダメなんだ!二人でアンドウ君の傍に居ないといけないんだ!」

「アイ……ビー」

「だから、死じゃダメ!一緒に……二人でアンドウ君と幸せになろう。ね?」

「………」

「ハナビシさん?」

「………」

「嫌!目を開けて!ハナビシさん!ハナビシさん!」

 アイビーの絶叫が周囲に響く。


 安藤は動かないハナビシと、彼女の名前を必死に呼ぶアイビーを呆然と見ていた。

 これと似たような光景を、安藤は前にも見ている。


 


 安藤は、目の前に居る少女の名前を口にした。


「―――由香里」


 安藤に名前を呼ばれた三島由香里は、嬉しそうにニコリと微笑む。


「また迎えに来たよ。優斗」

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