第96話 ドラゴン退治③
「うおおおおおお!」
木から飛び降りたハナビシは、大声で叫んだ。
「『肉体強化』……二百倍!」
最高の『肉体強化』に落下のエネルギーを加えたハナビシの拳が、丸見えになっているブルー・ドラゴンの腹部に叩きこまれた。
振り下ろされたハナビシの拳は、ブルー・ドラゴンの腹部を貫通し、内臓を潰した。
「グギャアアア!」
ブルー・ドラゴンは悲痛な叫びを上げる。
「おらあああ!くたばりやがれ!」
ハナビシはさらに、拳をブルー・ドラゴンの腹部に押し込もうとする。
しかし、ブルー・ドラゴンは、前足でハナビシの体を殴った。
「ぐああ!」
ハナビシの体が、まるで紙切れのように吹っ飛ばされる。
飛ばされたハナビシは、アイビーの隣に転がった。
「ぐっ……」
「大丈夫?」
「あまり……ぐっ……大丈夫じゃねえな」
ハナビシは顔を歪めながら、上半身だけ起こす。
「奴は、どうなった?死んだか?」
「……ううん」
アイビーは首を横に振る。
「……まだみたい」
腹部に空いた穴からドバドバと血を流しながら、ブルー・ドラゴンは立ち上がった。
「グオオオオオ!」
立ち上がったブルー・ドラゴンは。怒りの咆哮を上げる。
そして、ゆっくりアイビーとハナビシの元へ歩き出した。
「……化物め!」
「まだ動ける?」
「いや、無理だな」
ハナビシは、自分の脇腹を抑えた。
「奴に吹っ飛ばされた時、肋骨にヒビが入ったようだ。『肉体強化魔法』の反動も来て動けねぇ。お前は?」
「私も『流水魔法』であのドラゴンを投げ飛ばした時に、足の骨に何本かヒビが入ったみたい。足が全く動かない』
アイビーは自分の足に触れる。
「魔力も『流水魔法』に全部使っちゃったから、もう残ってない。他の魔法はしばらく発動出来ないね」
「チッ、万事休すかよ……」
ハナビシは、大きなため息を付く。
「あーあ。最後に、アンドウに会いたかったな」
「……そうだね。死ぬ前に会いたかった」
アイビーは静かに口元を緩めた。
「でも、アンドウ君がこの場に居なくて良かったよ」
「ああ……そうだな」
ハナビシもアイビーと同じく、口元を緩めた。
安藤がこの場に居れば、どんな事をしてでも二人を逃がそうとするだろう。
それこそ、自分の命を犠牲にしてまで。
そんな事にならずに本当に良かったと、二人は心の底から思う。
「グルルルル!」
恐ろしい形相でやって来るブルー・ドラゴン。
だが、そんなブルー・ドラゴンを見ても、アイビーもハナビシもあまり恐怖は感じなかった。
「それにしても、貴方と一緒に死にたくなかったな」
「それはこっちのセリフだ」
アイビーとハナビシは互いに見つめ合い……ニヤリと笑った。
「グルルルル!」
二人まであと数メートルの距離まで近づいたブルー・ドラゴンは、大きく口を開けた。
「「……」」
死を覚悟したアイビーとハナビシは、ゆっくりと目を閉じる。
「グボオッ!」
ブルー・ドラゴンは、口から液体を吐き出した。
ただし、それは緑色をした酸ではなく、真っ赤な血だった。
巨大な物体が地面に倒れる音がした。
アイビーとハナビシは、目を開ける。
そこには、口と腹から大量の血を流して倒れているブルー・ドラゴンの姿があった。
「……」
アイビーは、倒れているブルー・ドラゴンの首に手を添える。
「どうだ?」
「……死んでる」
「間違いないか?」
「うん」
「そうか……」
アイビーとハナビシは大の字に倒れた。そして……。
パン!
二人は笑顔で、互いの手を叩いた。
***
アイビーは魔法で作られた発煙筒を上げた。ブルー・ドラゴンを倒したという合図だ。
あとは、救援を待つばかりなのだが……。
「暇だな……」
「そうだね……」
自力で動けない二人は何も出来ず、地面に倒れているしかない。
「傷はどうだ?」
「死ぬほど痛いし、魔力切れでクラクラする。正直、意識があるのが奇跡」
「私もだ。喋る度に肋骨と筋肉が死ぬほど痛い」
それでも、二人は話すのをやめない。切れそうな意識を繋ぎ止めるためだ。
「今、他の魔物に襲われたら一発で死ぬな」
「そうだね。そうならないことを祈ろう」
二人は、雲一つない青空を見る。
「アンドウ君……今頃、どうしてるかな?」
「まだ寝てるんじゃないか?アンドウは今日、休みのはずだ」
「そうなの?よく知ってるね」
「情報源がいくつかあるからな」
「その情報源、後で教えて」
「良いぜ。ところでよ……」
「何?」
「お前、途中から私に敬語使わなくなったよな」
「あっ……そう言えばそうだね。気付かなかった」
アイビーはハナビシに顔を向ける。
「嫌?」
「……別に、良い」
「そう……」
しばしの沈黙の後、ハナビシは口を開く。
「なぁ、アンドウの事なんだけどよ……」
ハナビシは、アイビーに真剣な目を向ける。
「……話し合わないか?」
『二人も話し合ってよ。何日でもさ。時間はあるんだから』
安藤優斗によく似た名前の少女。
ついさっき、その少女がアイビーとハナビシに言った言葉だ。
「私は、アンドウを自分だけのものにしたいって思っていた。例え、アンドウに好きな奴が居ても無理やり奪ってやろうって考えてた。だけどよ……」
ハナビシはアイビーに言う。
「お前とは、もう殺し合いたくねぇ」
「―――ッ!」
ハナビシの言葉に、アイビーは目を大きくする。
「話し合わねぇか?暴力じゃなくて、話し合ってどうするか決めようぜ。アンドウの事をよ」
「……うん」
アイビーは頷く。
「私も同じ事を考えていた」
それから、アイビーとハナビシは安藤優斗の事を話し合った。
二人が発見され、救助されたのはそれから二時間ほどしての事だった。
救助され、治療されている間も二人は安藤の事を話し合い続けた、
そして二人は、ある結論を出す。
***
五日後。
今日は、男女混合で森の開拓作業をさせられている。
そこには、安藤優斗の姿もあった。
安藤が切った木材を運んでいると、一匹の魔物が近づいてきた。
「九八七七番。作業場の変更だ。来い」
「えっ?」
安藤は突然、作業場の移動を命じられた。
(これは……まさか……)
安藤の胸に、嫌な予感が渦巻く。
安藤が連れて来られたのは、まだ手を付けられていない場所だった。
周囲には、誰も居ない。
「おい、連れて来たぞ」
魔物が叫ぶ。すると、木の影から誰か出て来た。
「ご苦労さん」
木の影から出て来たのは金髪で背の高い女性。ハナビシ・フルール。
安藤を連れて来た魔物が彼女に言う。
「早く、早くアレを渡せ!」
「ほら。受け取りな」
ハナビシはポケットから『黒龍』の肉片を取り出し、それを魔物に渡した。
魔物は、ゴクリと唾を飲み込むと、その黒い塊を懐にしまう。
「二時間だけだ。良いな?」
「分かっているよ」
魔物は安藤とハナビシを置いて、どこかへ行った。
「ハナビシさん……」
「よう、アンドウ!」
ハナビシは嬉しそうに片手を上げると、一瞬で安藤との距離を詰めた。そして、自分の腕を安藤の右腕に絡ませる。
ハナビシの大きな胸が、安藤の右腕に当たった。
「ちょっと、ハナビシさん!離してくださ……」
「何してるの?」
冷たい声が聞こえた。安藤とハナビシは声がした方を見る。
「アイビー……さん……」
そこには、二人をじっと見つめる小柄な女性、アイビー・フラワーが居た。
まずい!と安藤は思った。
このままでは、二人がまた殺し合ってしまう!
アイビーは顔を伏せ、こちらにやって来る。
「ア、アイビーさん。待って!」
安藤は止まるようにアイビーに言うが、アイビーは歩みを止めない。
アイビーは安藤とハナビシのすぐ近くまでやって来た。
(もう、ダメだ!)
安藤は、目を閉じる。
すると、左腕に柔らかいものが当たる感触がした。
「えっ?」
安藤は、ゆっくりと目を開ける。
安藤の目に飛び込んできたのは、ハナビシが抱き付いている右腕とは反対の左腕に抱き付いているアイビーの姿だった。
「もう、ずるいよ。ハナビシさん!先にアンドウ君に抱き付いてるなんて!私が来るまで待つ約束だったでしょ?」
「悪い。我慢できなかったんだ。許してくれ」
ハナビシはアイビーに頭を下げる。
「だけどよ。ほら、反対側の腕を空けておいてやっただろ?」
「う~む。ま、いいよ。許してあげる!私もアンドウ君の姿を見て、抱き付くのを我慢できる自信ないしね!」
「ありがとうな。友よ!」
一週間ほど前、安藤を巡って殺し合いをしたアイビーとハナビシは……。
安藤を挟んで、ニコニコと笑い合っていた。
「……えっ??えっ??????……えっ?????????」
「アンドウ!」
「アンドウ君!」
困惑する安藤に、アイビーとハナビシは言った。
「これからはアイビーと二人でお前をシェアすることにした。よろしくな!」
「これからは私とハナビシさん、二人がアンドウ君の恋人になるからね!」
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