第95話 ドラゴン退治②
「うおおおおおおおお!」
四人の中で真っ先に動くことが出来たのは、ハナビシだった。
「『肉体強化』……百倍!」
ハナビシは自分の肉体を百倍に強化すると、ブルー・ドラゴンに殴り掛かった。
「おら!」
「グガッ……」
ハナビシに殴られたブルー・ドラゴンはグラリとよろめく。
「グググウッグ!」
しかし、ブルー・ドラゴンは頭を振ると、ハナビシを睨みつけた。
ブルー・ドラゴンの体には傷一つない。
「マジかよ。百倍の力で思いっきり殴ったんだぞ?」
ハナビシの額から汗が流れる。
「グルルルル!グアアア!」
ブルー・ドラゴンは口を大きく開け、緑の液体を吐き出した。
「くっ!」
ハナビシはその液体を躱す。しかし、ハナビシの後ろにはミートが居た。
ブルー・ドラゴンが吐き出した緑の液体は、ミートに向かう。
「ぼ、防御魔法展開!」
魔法使いであるミートは、慌てて防御魔法を展開した。
しかし、ブルー・ドラゴンが吐き出した緑の液体は、ミートの防御魔法を溶かし、ミート本人に降り掛かった。
「ぎゃあああああ!」
緑の液体をもろに浴びたミートの肉はドロリと溶け、骨が露出する。
ブルー・ドラゴンが吐き出した緑の液体。その正体は『強力な酸』だった。
「ぐ……がっ……」
ブルー・ドラゴンの酸を全身に浴びたミートは、そのまま力尽きた。
「いやああああああ!」
ミートの近くに居たリタが悲鳴を上げる。そのリタに、ブルー・ドラゴンが襲い掛かった。
「……ぐげっ……」
リタは、ブルー・ドラゴンにあっさり捕まり捕食された。
「くそが……!」
ハナビシは、ブルー・ドラゴンに向かって走ると、蹴りを叩きこもうとする。しかし、それよりも先に、ブルー・ドラゴンの太い尾がハナビシに叩きつけられた。
「くううっ!」
凄まじい衝撃。ハナビシの体勢が崩れる。
ブルー・ドラゴンは再び口を大きく開け、緑の酸を吐いた。
「ヤバイ!」
体勢を崩したハナビシに、この攻撃は避けられない。
「―――ッ!」
すると、何かがハナビシの体に覆い被さった。
ハナビシはその場に倒れ、緑の酸の直撃を避ける事が出来た。
一体、誰がハナビシを庇ったのか?
アンドとリタは食われ、ミートはブルー・ドラゴンの吐いた緑の酸に溶かされた。
この場にハナビシを助けられるのは、一人しか居ない。
「おい、お前……」
ハナビシは、自分に覆い被さるアイビーを見た。
「ぐう……ううう……」
ハナビシに覆い被さるアイビーは苦痛の表情を浮かべ、足を抑えている。
アイビーの足は火で炙られたかのように、赤く爛れていた。
「お前……どうして……」
「グルルルル!」
唸り声を上げながら、ブルー・ドラゴンは一歩、ハナビシ達に近づく。
「―――ッ!チィィィ!」
ハナビシはアイビーを抱えると、強化した肉体を使って、その場から離脱した。
「ウウウウウウ」
小さくなっていくハナビシとアイビーを、ブルー・ドラゴンはじっと見ていた。
***
「ハァ……ハァ……」
ブルー・ドラゴンから距離を取ったハナビシは、抱えていたアイビーを下すと、自分の服の裾を破ってアイビーの傷口に巻いた。
「ぐっううう……」
アイビーは苦痛に顔を歪めながら、ハナビシに訊く。
「私を……殺さないのですか?」
「ああん?」
「今なら……私を殺せますよ?」
「ふざけんな」
ハナビシはアイビーを睨む。
「命を助けてくれた奴を殺す程、落ちぶれちゃいねぇよ」
ハナビシは「フン」と鼻を鳴らした。
「そっちこそ、どうして私を助けた?お前が庇わなかったら、私は死んでいた。そして、お前もそんな怪我をする事は無かった」
「心配してくれるんですか?」
アイビーが皮肉交じりな笑みを浮かべると、ハナビシはいつものように「チッ」と舌打ちをした。
「さぁ、どうして……痛っ……でしょうね」
アイビーは首を傾げる。
「貴方はアンドウ君を苦しめた。絶対に許せないと思っていたのに……気付けば、体が勝手に動いていました」
「ハッ、憎い相手を庇って自分が大怪我を負ったんじゃ、世話ねぇな!」
「そうかもしれませんね。でも……」
アイビーは「フッ」と笑う。
「アンドウ君なら……例え憎い相手でも死にそうな人が近くに居たら、命を懸けて守ると思うから」
アイビーの言葉にハナビシは「ハッ」となる。
「………………………………………そうかもな」
そう言うと、ハナビシは立ち上がった。
「お前、回復魔法が使えるんだろう?その怪我、とっとと治せよ」
「何を……するつもりですか?」
「決まってるだろ?リベンジだよ!」
ハナビシは、自分の手のひらと拳を合わせた。パシッという音が響く。
「奴は、いずれお前の血の匂いを辿って此処まで来るだろう。そしたら、返り討ちにしてやるよ!」
ハナビシはニヤリと笑う。
「ダメです!」
アイビーは痛む足に顔を歪めながら、ハナビシの服を掴む。
「戦っては……ダメです」
「なんだ?心配してくれるのか?」
先程の意趣返しとばかりに、ハナビシはニヤリと口元を歪める。
しかし、アイビーは真剣な目で首を横に振った。
「貴方一人では……あのドラゴンに勝てない」
「何だと?」
「さっき、貴方は……あのドラゴンを倒せなかった」
「……確かに『百倍の肉体強化』じゃ倒せなかった。だけど、私は最高で二百倍まで肉体を強化出来る。それならきっと……」
「その状態は、長く持たないでしょう?」
アイビーの言葉に、ハナビシは驚く。
「―――ッ……お前、なんでその事を……」
「分かるよ。『肉体強化魔法』に何の制限も無いなら、貴方は最初から全力で戦っていたはずだから」
ハナビシは『肉体強化魔法』で、自分の肉体を二倍~二百倍まで強化する事が出来る。
しかし、先程ブルー・ドラゴンと戦った際、ハナビシは最初『二百倍の肉体強化』ではなく、半分の『百倍の肉体強化』で戦った。
「昨日、戦った時も……貴方は自分の肉体を百倍までしか強化しなかったよね」
あの時、ハナビシは本気でアイビーを殺そうとしていた。殺す相手に、わざわざ手加減する理由は無い。
「多分だけど、貴方は二百倍まで肉体強化すると、体に凄く……負担が掛かるんじゃない?今も……やせ我慢してるんでしょ?」
「……ああ、そうだよ」
ハナビシは頷く。
「『肉体強化魔法』は、肉体を強化すればする程、体にダメージが返ってくる。百倍ぐらいの肉体強化なら、少し疲れるぐらいだが、百五十倍を超えたあたりから、筋肉への負担が桁違いになる。『二百倍の肉体強化』ともなると、全身の筋肉や骨にかなりのダメージが来ちまうんだ。さらに、長時間『二百倍の肉体強化』をしたままだと、心臓や脳にもダメージが行って、最悪の場合死ぬ」
「やはり、そうだったんだね……」
アイビーは頷く。
ハナビシは巧妙に隠そうとしていたが、よく注意して見ると、ハナビシの足や腕は小刻みに震えている。
そんな状態で、よく自分を運べたものだとアイビーは感心する。
「どれぐらいの時間……二百倍肉体を強化出来る?」
「……二十秒ぐらいだな。どんなに頑張っても三十秒が限界だ。それ以上は私の体が持たない」
「じゃあ、やっぱり貴方だけを戦わせるわけにはいかない。二百倍に体を強化しても……その攻撃があのドラゴンに効くか、分からないもの」
もし、二百倍に強化した攻撃が効かなかった場合、ハナビシは即座にブルー・ドラゴンに殺される。まさに犬死だ。
「だったら、どうするんだ?このまま奴に降参するか?まぁ、奴は降参の意味なんて分からないだろうから、二人ともあっさり食われるだろうけどな」
肩をすくめるハナビシに、アイビーは言う。
「私に……作戦がある」
「作戦?」
「うん」
アイビーは、強く頷く。
「かなりの博打。成功するかどうか分からない上に、作戦を成功させるには……私達二人が協力する必要がある」
アイビーはハナビシに尋ねる。
「どうする?私と協力する?それとも……自分一人だけ逃げる?」
***
「クンクン、クンクン」
ブルー・ドラゴンは鼻を動かしながら、血の匂いを辿る。
ドラゴンの嗅覚は種類によって異なるが、ブルー・ドラゴンの嗅覚は犬の数十倍もあるとされている。
ブルー・ドラゴンの追跡から逃れるのは、ほぼ不可能だ。
吸血鬼が復活する前まで、彼はこの大森林の『主』だった。
敵はおらず、周囲は餌ばかりのまさに天国だったが、吸血鬼が復活してからと言うもの、格段に餌が取れなくなった。
今までバラバラだった種族達が吸血鬼に服従した結果、大きなコミュニティーが出来上がってしまい、狩りがしにくくなったのだ。
だから、食べられる時になるべく多く食い溜めをしておく必要がある。
前に食った大量のエルフと、今回の人間達を合わせれば、しばらく食べなくとも大丈夫だ。
「クンクン、クンクン」
ブルー・ドラゴンは獲物の匂いを追い続ける。
「クンクン、クンクン……グルルルル!」
近い。獲物はすぐそこに居る。
―――見付けた。
「ひっ!」
目が合うと、獲物はビクリと震えた。
獲物は足を引きずっている。どうやら、足に怪我をしているようだ。
自分を殴ったあの人間は……居ない。
おそらく、あの小さな獲物を置いて逃げたのだろう。自然界では、自分の仲間が食われている間に遠くに逃げるのは常識だ。何もおかしい事ではない。
ブルー・ドラゴンは凄まじい速さで、小さな獲物に向かって走り出した。
「ひいいっ!」
小さな獲物は怯えた様子で動かない。この大きさなら、楽に一飲みに出来る。
ブルー・ドラゴンは獲物のすぐ傍まで迫ると、腕を大きく上げ、獲物に攻撃した。
すると、小さな獲物が叫んだ。
「『流水魔法』発動!」
次の瞬間、小さな人間はブルー・ドラゴンの前足を掴み、その巨体を投げ飛ばした。
投げられたブルー・ドラゴンの体は宙を舞い、背中から勢いよく地面に叩きつけられる。
「グアハッ!」
地面に叩きつけられたブルー・ドラゴンの息が一瞬止まった。
「今だ!」
小さな獲物が叫ぶ。すると、木から何かが降ってきた。
それは、先程ブルー・ドラゴンを殴った人間だった。
***
『お前が囮になる……だと?』
『うん』
『馬鹿な事を言うなよ!』
ハナビシは声を荒げる。
『その足、まだ回復魔法を掛けてないだろ?そんな足じゃ、無理……』
『この足は……まだ治さないよ』
『はぁ?』
眉根を寄せるハナビシにアイビーは説明する。
『作戦は、こう。貴方の言う通りあのドラゴンは、いずれ私の血の匂いを辿って此処までやって来る。私を食べるために』
足の痛みに顔を歪めながら、アイビーは作戦を説明する。
『あのドラゴンが私を食べようと向かって来たら……私は流水魔法を使って、ドラゴンを投げ飛ばす。そして、隠れていた貴方が、あのドラゴンを倒す』
『―――ッ!』
『貴方は木の上に登って待っていて。私が上手く貴方が居る木の下にドラゴンを投げるから。そしたら貴方は……』
『木の上から落下して、ドラゴンを攻撃する……か?』
ハナビシがそう言うと、アイビーはコクンと頷く。
『もし、二百倍に強化した肉体の攻撃が効かないとしても、そこに落下のエネルギーを足せば何とかなるかもしれない』
『それに、お前があのドラゴンを投げ飛ばす事に成功しているのであれば、奴は仰向けに倒れているはずだ。そうなれば……』
『腹を攻撃出来る』
腹部は、多くの生き物にとって弱点だ。
強力な鎧を身に纏っている生き物でも、腹部は他の部位に比べ、柔らかい場合が多い。
ブルー・ドラゴンの鱗は確かに硬くて丈夫だが、腹部は他の生き物と同様に柔らかい可能性が高い。
二百倍に強化した肉体+落下のエネルギー+腹部への攻撃。
これだけの条件が揃えば、確かにブルー・ドラゴンを倒せるかもしれない。
『だけどよ。もし、あのドラゴンが口から酸を出したらどうするんだ?あいつの酸は防御魔法すら溶かす。お前もドロドロに溶かされるぞ』
『いいえ。あのドラゴンが私に酸で攻撃する事は無いと思う』
『どうして、分かる?』
『きっと、あのドラゴンはエネルギーを節約しようとするから』
『エネルギーを節約?』
首を傾げるハナビシに、アイビーは説明する。
『魔物が毒や炎などを体内で作るには……沢山のエネルギーが必要になる。だけど、魔物は出来るだけ、そのエネルギーを節約しようとするの。過酷な環境を生きるためにね。素早く動く獲物や、攻撃力の高い獲物を捕まえようとする場合ならともかく、足に怪我を負った非力な獲物なら……楽に捕まえられると思ってエネルギーを節約しようとするはず』
だから、あのドラゴンは私に酸で攻撃する事はしないと思う。と、アイビーは言う。
『なるほどな。足の怪我を治さないって言ったのは、そういう理由か』
『ええ。それに私の血の匂いで、木の上に居る貴方の匂いを消す事も出来る』
ハナビシは、少し何かを考えるような素振りを見せ、口を開く。
『一つ聞くけどよ。その足で本当にあのドラゴンを投げ飛ばせるのか?』
『出来ると思う。でも、確証はない』
『もし、失敗したら?』
『私は食べられるだけ。そうなったら、貴方は私が食べられている間に逃げれば良い』
アイビーの顔には決意が漲っている。
吸血鬼に怯えていた時の彼女とは、まるで別人だ。
『はっ!中々に狂ってるな。お前』
ハナビシはニヤリと笑う。
『いいぜ、お前の作戦に乗ってやるよ。博打は大好きだからな!』
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