第83話 七分の一

「九八七一番はどいつだ?」

「私です……」

「九八七二番は?」

「俺だ」


 魔物は、紙に書いてある番号と人間を照らし合わせていく。

「カールさん。俺は九八七七番です。呼ばれたので行ってきます」

「気を付けろよ。兄ちゃん」

 カールはこっそり、安藤に耳打ちした。

「あれは確か、吸血鬼直属の配下の魔物だ」

「吸血鬼の?」

「ああ」

 カールは頷く。


「あいつらが来たってことは、もしかしたら、これから兄ちゃん達が連れて行かれるのは、吸血鬼の所かもしれねぇ」


「―――ッ」

 封印から解き放たれ、国の一部を自分の領地にしてしまった魔物。

 攫われた人間達の中でも、その姿を実際に見た者はあまり居ない。


「気を付けてな兄ちゃん。何かあれば、まず自分の命を第一に考えろよ」

「はい」

「九八七七番!おら、九八七七番!どこだ?」

 魔物が声を荒げる。

「じゃあ、行ってきます」

「おう」

 カールから離れ、安藤は手を上げる。

「俺です。俺が九八七七番です」

「ちっ、遅いぞ!早く来い。ノロマな愚図が!」

 安藤と残りの六人は、逃走防止のため手足に拘束具を付けられた。

 七人は檻から出され、連れて行かれる。


 遠ざかって行く安藤に向かって、カールは小さな声で呟いた。

「死ぬなよ。兄ちゃん」


***


 安藤達は、檻から一キロ先にある塔まで歩かされた。


 塔の高さは、二十階建てのビルぐらいある。

「此処は?」

「吸血鬼が住む塔だよ」

 隣に居た男性が、小声で教えてくれた。

 安藤も小声で返す。

「此処に吸血鬼が居るんですか?」

「ああ、奴はこの塔の一番上の部屋に居るって話だぜ」

 カールの言っていた事は正しかった。


 どうやら、安藤達は吸血鬼の元に連れて行かれようとしているらしい。


「おら、そこ、何やっている!早く来い!」

 安藤達は塔の中に入った。

 まるで、巨大な魔物に飲み込まれたような感覚が全身に走る。

 魔力もなく、戦闘の経験もない安藤だが、この場所がとても危険であることだけは理解できた。

 おそらく、他の六人も安藤と同じ感覚を味わっているのだろう。全員が震えている。

「おら、此処から先は階段を使う。とっとと、上がりやがれ!」

 どうやら、エレベーターなどはないらしい。

 階段を上がり、安藤達は塔の頂上へとたどり着く。

「此処だ」

 魔物は最上階の奥にある部屋の手前で止まった。


「今からお前達を吸血鬼様に逢わせる」


「―――ッ!」

 吸血鬼。その言葉を聞いて全員に緊張が走る。

(という事は、此処が吸血鬼の部屋か……)


 安藤達を連れてきた魔物は、部屋の扉を二度ノックした。

「入れ」

「失礼します」

 魔物は部屋の扉を開け、一礼する。安藤達七人は魔物と一緒に部屋の中に入った。


 部屋の中に入ると、まず目に飛び込んできたのは『赤』だ。

 床、天井、壁……ほぼ全てが赤で統一されている。

 部屋の中はかなり広く、五百畳ぐらいある。


 そして、部屋の中には複数の、様々な形をした魔物が居た。


 一体、どの魔物が吸血鬼なのか?安藤には分からない。

「吸血鬼様。人間七名を持ってまいりました」

「うん、ご苦労」

 突如、無数のコウモリが部屋の中に現れた。

「きゃ!」

「うわ!」

 コウモリの群れは安藤達の上空を旋回した後、一か所に集まる。

 やがて無数のコウモリ達は融合し、一つの生命体に姿を変えた。


 吸血鬼。


 圧倒的な力を持つその魔物は、静かにこの場に現れた。

(あれが、吸血鬼……)

 姿を現した吸血鬼に、安藤は息を飲む。


 吸血鬼は、美しい少年の姿をしていた。


 歳はちょうど安藤と同じぐらいの十代に見える。

 髪と目は部屋の色と同じく、まるで血のように紅い。

 服は、昔の英国紳士に似た格好をしていた。


 何よりその美しさは、とてもこの世の者とは思えない。


「さて、此処に居る人間は僕を見るのは初めてだね」

 そう言うと、吸血鬼は綺麗な動作で礼をした。


「初めまして。僕が吸血鬼だ。皆、よろしくね」


「あ、あんたが本当に吸血鬼なのか?」

 中年男性が吸血鬼に質問する。

 彼の疑問は最もだ。吸血鬼の姿は、何百年、何千年と生きているとは思えない。

「ゴラ!吸血鬼様に向かってなんて口を聞きやがる!」

 吸血鬼に対する言葉遣いに怒った体格の大きな魔物が、中年男性を怒鳴った。

「ぶっ殺すぞ。コラ!」

「ひいいいい!」

 魔物は持っている巨大な棍棒で、中年男性を殴ろうとした。


「うるさい」


 吸血鬼がそう言った瞬間、魔物の頭がまるで風船のようにパンと割れた。

 頭を失った魔物の体は、血をまき散らし、その場に倒れる。


「きゃああああ!」

「うわああああ!」


 人間達の悲鳴が部屋中に響く。

 反対に、吸血鬼は冷淡な様子で部屋の中に居た魔物の一匹を指差した。

「ねぇ、君」

「は、はい!」

「早く、それを片付けて」

「はい!すぐに!」

 吸血鬼に命令された魔物は、頭が吹き飛ばされた魔物の死体を部屋の外へと連れ出し、何処かへ運んで行った。


「申し訳ない人間諸君。これから『ゲーム』をしてもらう君達に対して、大変失礼な事をしてしまった」


「ゲーム?」

「そう、ゲームだ」

 吸血鬼はパチンと指を鳴らす。すると一匹の魔物が穴の開いた箱を持って来た。


「この中には『当たり』と書いてある紙が六枚と、『はずれ』と書いてある紙が一枚、合計七枚の紙が入っている」

 七枚の紙。ちょうど、此処に居る人間と同じ数だ。

「君達にはこれから一人一枚、箱の中から紙を取り出して、『当たり』か『はずれ』かを確認してもらう。そして、その結果によって、君達のこれからの運命が決まる」

 吸血鬼はニヤリと嗤う。


「このゲームに勝った人間は、無傷で檻に戻すことを約束しよう。ただし、負けた人間は……僕のエサになってもらう」


「―――ッッ!」

 七人の間に動揺が広がる。

「待てよ!どうして、俺達がそんなことしないといけないんだ!」

「そうだ。そうだ!」

「ふざけるな!」

 七人の内三人が抗議の声を上げた。


「静かにして」


 吸血鬼は自分の唇に人差し指を当てた。

 全員がビクリと震える。

 生物の本能が最大級の警告を鳴らした。

「……ッ」

 抗議の声を上げていた三人は、まるで怯えた子犬のように黙る。

「なんで僕がこんな事をするのか、というとね……」

 三人が押し黙ると、吸血鬼は口を開いた。


「実験を兼ねた退屈しのぎ、といった所かな?」

 

「退屈……しのぎ?」

「うん」

 吸血鬼は楽しそうに頷く。

「最近、ただ人間の血を吸う事に飽きていてね。何かゲームをしながら、血を吸えないかと考えたんだ。そこで思いついたのが、このゲームだ」

「そ、そんな……」

 吸血鬼のあまりの言葉に皆、絶望する。

「だ、だったら、どうして俺達なんだ!俺達の他にも捕まっている人間は大勢……」

「さっき、捕まえた人間、全員分の番号が書かれた紙を箱に入れて、そこから必要な枚数を引いたんだ。その結果、選ばれたのが君達だった。ただ、それだけの事さ」

「そ、そんな……」


 つまり、此処に連れて来られたのは単に『運がなかった』者達。という事だ。


「さぁ、話が終わった所で早速やってもらおうか。じゃあまず、一番端に座っている君から」

 一番端に居たのは、気の弱そうな小柄な女性。吸血鬼配下の魔物がその女性に箱を渡す。

「うっ……ううっ……」

 恐怖からか、小柄な女性は箱に手を入れることが出来ない。

「あっ、一応言っておくけど、十秒以内に紙を引かなかったら殺すからね」

「ひっ!」

 吸血鬼の言葉を聞いた小柄な女性は、慌てて箱の中に手を入れ、紙を一枚取り出した。

 紙は折り畳まれている。小柄な女性は紙を開こうとしたが、吸血鬼が止めた。

「箱から出した紙はまだ開かないでね。全員で一斉に開けるから。紙を引いたら箱を隣の人間に渡して」

 小柄な女性は紙の入った箱を隣の男性に渡した。男性は小柄な女性と同じように箱の中に手を入れ、紙を一枚取り出す。


 それを繰り返し、全員の手に紙が渡った。

 まるで恐怖を紛らわせようとするように皆、独り言を呟く。


「お願い。『当たり』……来て……」

「……神様!どうか!」

「『はずれ』来るな。『はずれ』来るな……」

 七人の内、三人は手を合わせ祈る。

「紙は全部で七枚、その中で『当たり』は六枚、『はずれ』は一枚だけ」

「……助かるのは六人。犠牲になるのは一人ってことか」

「死ぬ確率は七分の一……高いと見るか、低いとみるか……」

 七人の内、三人は状況や確率を分析する。

「ふぅ~」

 安藤は心を落ち着けようと、深呼吸した。


「よし、じゃあ、僕が開けてって言ったら、紙を開いてね」

 皆の心臓がドクンと高鳴る。

「いくよ。はい『開けて』」


 吸血鬼がそう言うと、皆が一斉に紙を開いた。

「やった『当たり』だ!」

「俺も『当たり』だ。助かった!」

「『当たり』だ!良し!」

「『当たり』……ああ、神様。ありがとう」


『当たり』の紙を引いた者達は大声で喜ぶ。中には涙を流している者も居た。

 自分の手の中にある紙に、安藤は視線を落とす。


 安藤の引いた紙には、大きく『はずれ』と書かれていた。

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