第82話 仲間

(俺のせいで、また誰かが傷付く?俺のせいで……) 


 頭を抱える安藤を見て、カールは何かを察したようだった。

「その様子だと、もう既に何か問題が起きたのかい?」

「……はい」

 安藤は重い口を開く。


「俺を巡って……三人の女性が殺し合いました」


「そうか……」

 カールは追及することなく、呟いた。

「カールさん。俺の『特殊能力』がこれからも消えないんだとしたら……」

「そうだな。そんな事がまた起きるかもしれない」

「―――ッ!」

 カールの言葉は安藤を更なる絶望に追い込んだ。

 この世界に来てから、自分のせいで人が死ぬ所を何度も見た。

 また、自分のせいで誰かが死ぬというのか?

(嫌だ。これ以上、俺のせいで誰かが死ぬなんて嫌だ!)

 安藤は、顔を覆う。

(俺の『特殊能力』は一生消えない……だったら……)


 俺が死ねば。


「しっかりしろ。兄ちゃん!」

 カールは安藤の肩を掴み、揺すった。


「言っておくがな。俺は兄ちゃんに苦しんで欲しくて、こんな話をしたんじゃないんだぜ?」


 安藤は顔を上げ、カールを見る。

「兄ちゃん。さっき俺、色んな『特殊能力』を持っている奴らの話をしたよな?」

「……はい」

「そいつら、今どうしていると思う?」

「……さぁ、分かりません」


「死んだよ。全員な」


「―――ッッ!……死んだ?」

 カールの思わぬ言葉に、安藤は目を見開いた。

 カールは「ああ」と深く頷く。


「『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは殺された」


 金は、とても大切なものだ。人の悩みの多くは金で解決出来る。

 だが、金は時として人を狂わせもする。

『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は自分の夫に殺された。

 動機は妻の遺産を受け取り、浮気相手と再婚するため。あまりにも身勝手な犯行だった。


「『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは溺死した」


 雨は植物や動物にとって、なくてはならないものだ。雨は多くの恵を与える。

 だが、雨は命を奪いもする。

『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は、ある時、自身の『特殊能力』で引き寄せた大雨が原因で起きた洪水に飲まれ、溺死した。


「『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴。そいつは友人同士の争いを止めようとして死んだ」


 友人は大切な存在だ。『友人は一生の宝物』と言う人間も居る。

 だが、自分の友人同士が必ずしも友人になれるわけではない。

『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていた人間は、目の前で起きた友人同士の争いを止めようとして突き飛ばされた。

 そして、落ちていた大きな石に頭をぶつけて死んだ。


「『特殊能力』を持っている人間は、事故や事件に巻き込まれて死ぬ確率が、普通の奴よりも圧倒的に高い。『何かを引き寄せる』という事は、事故や事件も引き寄せるという事だからな」

 カールは「ふう」と息を吐く。その表情は何処か暗い。

 その様子を見て、安藤はもしや……と思った。


「……カールさん。間違っていたらすみません。カールさんが話された『特殊能力』を持っている人達って、全員『』?」


「……どうして、そう思う?」

「なんとなくです。どことなく、その人達の事を実際に知っているような感じがしたので……」

「そうかい……」

 カールは少しだけ唇の端を上げた。


「ああ、そうだ。あいつらは俺の知人だったよ」


 やはりそうだったのか。と安藤は思う。

「『金を引き寄せる特殊能力』を持っていた奴の名前は、ネマ。『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていたのはレア。『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていたのはレンド。皆、良い奴ばっかりだったよ」

 昔の事を懐かしむかのように、カールは遠くを見つめる。


 カールが話していた者達は全員、カールの知り合いだった。

 つまり、それは……。

「カールさん、言ってましたよね。『特殊能力』を持っている人間は滅多にいないって」

「ああ、言ったぜ」

「でも、カールさんは三人も……いえ、俺を含めれば四人の『特殊能力』を持っている人間と出会っています。これは偶然じゃないですよね?」

「……」

「それに、カールさんはこうも言っていました。魔法を使っても『特殊能力』を持つ人間を見分けることはまだ出来ないって。『特殊能力』を持っている人間を判別する方法はまだ確立されていないのに、どうしてカールさんはそんなに『特殊能力』に詳しいんですか?」

「兄ちゃん……鋭いね」

 カールはクックックと笑う。

「兄ちゃんのその口ぶり。たぶん、もう見当は付いてるんだろ?」

「……はい」

 安藤は真っすぐカールを見る。


「カールさん。貴方は『特殊能力を持っている人達を引き寄せる特殊能力』を持っているんじゃないんですか?」


「……ああ、そうだ。兄ちゃんの言う通りさ……」

 数秒の沈黙の後、カールは口を開く。


「俺の『特殊能力』は……『特殊能力を持っている人間を引き寄せる能力』だ」


***


「俺は子供の頃から『特殊能力』を持つ人間を引き寄せた」


 カールは自分の過去を語る。

「『特殊能力』を持った奴が近所に引っ越して来るなんてざらだったし、学校では、『特殊能力』を持っている奴と同じクラスになるのも珍しくなかった。商売を初めてからは『特殊能力』を持っている人間とも取引をした。兄ちゃんはさっき、俺が四人の『特殊能力』を持っている人間と出会っている。って言ったけど、本当は話した奴ら以外にも沢山『特殊能力』を持っている人間と出会っているのさ」


 懐かしむように話すカールの表情は、何処か柔らかかった。

「しかも、俺の『特殊能力』は普通のものとは違っていた。普通の『特殊能力』は何かを引き寄せる事しか出来ないが、俺の『特殊能力』は引き寄せた相手の『特殊能力』の詳細が分かるという機能まで、おまけで付いてきた」

「だから、俺の『特殊能力』が何なのか分かったんですね?」

「ああ、そうさ」

 カールはニッと笑う。

 

「『特殊能力』を持つ奴の中には、自分が『特殊能力』を持っていると自覚している奴と、自覚していない奴がいる。俺は前者で、兄ちゃんは後者だ」

「はい」

「さっき言った三人も自分が『特殊能力』を持っていると自覚していなかった。そもそも普通の一般人は『特殊能力』と言う言葉自体、知らない奴も大勢いる」

 カールは頭を掻く。

「俺は今まで、『特殊能力』を持っているが、その事を自覚していない奴と出会っても、そいつに『特殊能力』があることを教えなかった。教えたら、そいつを悩ませてしまうと思ったんだ。今の兄ちゃん見たいにな……」

 安藤は尋ねる。

「でも、それならどうして俺に『特殊能力』の事を教えてくれたんですか?」


「……最近、考えちまうんだ。『特殊能力』を持っているが、その事を自覚していない奴に何も教えないのは、本当に正しいのか?ってな」


 カールは心情を吐露する。

「もし、俺がそいつに『特殊能力』の事を教えていれば、そいつは悩むだろう。だけど、自分が『特殊能力』を持っていることを知れば、そいつはある程度、危険を回避出来るんじゃないか?そう思ったんだ」


『金を引き寄せる特殊能力』を持っていたネマに『特殊能力』の事を教えていれば、もっと周囲を警戒していたかもしれない。


『雨を引き寄せる特殊能力』を持っていたレアに『特殊能力』の事を教えていれば、もっと洪水に注意していたかもしれない。


『自分と友人になる人間を引き寄せる特殊能力』を持っていたレンドに『特殊能力』の事を教えていれば、友人との争いに巻き込まれなかったかもしれない。


「結局、俺は怖かったんだ。『特殊能力』を持っている事をそいつに教えて、そいつの人生を変えてしまうのが。その責任を負う事が怖かったんだ」

「……カールさん」

「だけど、これからは『特殊能力』を持っているけど、その事を自覚していない奴に逢ったら、そいつに『特殊能力』の事を教えてやると決めたんだ。そいつが自己防衛出来るようにな」

 カールは笑う。


「でもよ。その時、ふと思ったんだ。『特殊能力』を持つ人間の中にも当然、良い奴もいれば悪い奴もいる。自分が『特殊能力』を持っていると知れば、『特殊能力』を悪用しようとする奴も出てくるかもしれない。だから、教えてやるのは『お人好しな奴』だけにすることにした」


 カールは安藤の目を見る。

「兄ちゃんがこの牢屋に入れられた時から、俺は兄ちゃんを見ていた。兄ちゃんは稀に見る『お人好し』だ。だから『特殊能力』について教えてやろうと思ったんだ」

「……そうだったんですね」

 安藤はカールに頭を下げる。


「『特殊能力』の事、教えてくださってありがとうございました」


「へへっ、良いってことよ」

 カールは、照れくさそうに頬を掻く。

「辛い事もあっただろう。苦しい事もあっただろう。それは、これからも続くかもしれない。だがな、決して自分から死のうとするなよ。甘くてお人好しな兄ちゃんが死んだら、俺は悲しいぜ」

 何かあれば、いつでも相談に乗るからよ。とカールは言ってくれた。

「はい。重ね重ねありがとうございます」

 安藤はもう一度頭を下げる。

「だけど、あまり俺と親しくすると、この檻の中を仕切っている奴らにカールさんも目を付けられてしまいますよ?」

「はっはっはぁ!そうだな。じゃあ目を付けられない範囲で相談に乗るようにするぜ!」

「そうしてください」

「はっはっはぁ!」


 カールは笑う。それにつられて安藤も笑った。

 暗く、絶望しかないと思っていた奴隷生活の中で、初めて仲間が出来た瞬間だった。


「そう言えば、兄ちゃんはどうして此処に?やっぱり、俺と同じで魔物に攫われたのか?」

「俺は……」

 カールの質問に安藤が答えようとした時……。


「おら、人間ども!静かにしやがれ!」


 突然、二体の魔物が檻の中に入ってきた。

 魔物は三メートルを軽く超えており、頭に角を生やしている。


「今から呼ぶ人間は俺達と来い!」

 魔物は紙を取り出す。そこには複数の番号が書かれていた。

 この檻に入れられ、奴隷として働かされている人間には全員、番号が付けられている。

 そして、何か用がある時は名前ではなく、付けられた番号で呼ばれる。

 まるで囚人のように。


 安藤に付けられた番号は……九八七七番。


 魔物は紙に書かれた番号を読み上げた。

「九八七一番、九八七二番、九八七三番、九八七五番、九八七七番、九八七九番、九八八一番。今呼ばれた人間は俺達と来るんだ!」

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