第81話 ~を引き寄せる力
「アンドウ・ユウト。その名前……もしかして、兄ちゃん、異世界人かい?」
「はい、そうです」
カールは「ほう」と頷く。
「異世界人で『特殊能力』を持っている奴に初めて逢ったよ」
カールは安藤をじっと見つめる。
「あの……それで『特殊能力』というのは?」
「おっと、悪い」
カールは自分の頭を叩く。
「『特殊能力』ってのはな……『何かを引き寄せる力』だ」
「何かを引き寄せる力……」
「おうよ!」
カールは安藤に『特殊能力』について説明する。
そして、その『特殊能力』が安藤にもあることを告げた。
安藤は「信じられない」という表情で自分を指差す。
「そんな能力が……本当に俺に?」
「ああ、間違いない」
「でも、俺は『最弱剣士』って言われて……」
「はっはっはぁ!さっきも説明したけど『特殊能力』はクラスやステータスとは全く関係ない。魔法が使えるかどうかとも関係ない。『特殊能力』は『魔法』じゃないからな。誰でも、どんな奴でも、持って生まれてくる可能性があるんだ」
「そうでしたね……あっ!」
カールの話を聞いて、安藤は思い出した。
(そういえば、『オークション』の時、参加していた客達が言っていたな……『特殊能力』がどうとかって……)
それは、安藤がこの世界に飛ばされて直ぐの事だ。
能力を調べられ、『最弱剣士』の烙印を押された安藤は、奴隷としてオークションに出品された。
何の力もない『最弱剣士』など誰も興味を持たない。飼っているキメラのエサにと、入札した人間が一人いただけだ。
他に安藤を買おうとする客はおらず、落札が決まりそうになった時……。
オークションに参加していた菱谷が「5,000ゴールド」というとんでもない値段を提示した。
「5,000ゴールドだと!?」
「馬鹿な、どうして『最弱剣士』に5,000ゴールドなんて」
「ま、まさか、本当は『最弱剣士』じゃないんじゃ?」
「いや、でも、ステータスは確かに……」
客達の間に動揺が広がる。
何故、『魔女』は何の価値もない『最弱剣士』を大金で買おうとするのか?
ひょっとすると、あの人間には何かあるのか?
そんな考えが客達の間に広がった時、安藤は客同士のこんなやり取りを聞いた。
「もしかして、隠し能力があるんじゃ?」
「特殊能力か!!」
「それなら、分からなくもないが……」
「でも、どうして魔女はそのことを知ってるんだ?」
「魔女だぞ、魔女。特殊能力を見破る魔法を開発したのかもしれん」
「まさか、そんな魔法を!?」
菱谷が安藤を買おうとしたのは、単に安藤が欲しかっただけで、『特殊能力』など関係ない。
だが、他の客達はそう思わなかった。オークションは過熱し、皆が安藤を落札しようと争う。
結局、安藤は菱谷に50,000ゴールドという大金で買われ、菱谷の所有物になった。
オークションの時は『特殊能力』という言葉の意味すら分からなかった。
そしてその後、立て続けにショックな出来事が起きたことで、安藤は『特殊能力』という言葉自体をすっかり忘れていた。
「ん?どうかしたかい、兄ちゃん」
急に黙った安藤を不思議に思ったのか、カールは首を傾げる。
「い、いいえ。別に……」
安藤は慌てて手を振った。
「あの、カールさん」
「何だい?」
「『特殊能力』を持っている人間に価値はあるんですか?奴隷として高く売れるとか……」
「ああ、勿論さ!」
カールは大きく頷いた。
「さっき話した『金を引き寄せる特殊能力』を持っている奴なんかは、皆喉から手が出るほど欲しいだろうし、単純に珍しいってことで、手元に置きたい奴もいるだろう。『特殊能力』を持っている人間はとても少ないからな」
「……そうですか」
もし、あの時、菱谷ではなく別の人間に買われていたら……自分はどうなっていたのだろう?と、安藤は思った。
「それでな。兄ちゃんの持っている『特殊能力』なんだけどな……」
「……はい!」
いよいよ核心的な話だ。それまでの飄々とした雰囲気を消し、真剣な目をするカール。
安堵は背筋を伸ばし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
カールはゆっくりと口を開く。
「兄ちゃんの『特殊能力』。それは『自分を好きになる者を引き寄せる能力』だ」
***
「『自分を好きになる者を引き寄せる』……?それが俺の……」
「そうだ。それが兄ちゃんの『特殊能力』だ」
カールの言葉に安藤は困惑する。あまりピンとこない。
「信じられないかい?」
「……正直……」
「まぁ、そうだろうな」
安藤の反応は、カールも予想の範囲内だったようだ。
「だったら一つ、兄ちゃんの事を当ててやろう」
カールは安藤を指差す。
「兄ちゃん。モテるだろう?今まで、何度も告白されてるんじゃないか?」
「―――ッ!」
安藤の脳裏に三人の女性が思い浮かんだ。
「……はい、まぁ……」
「そうか、やはりな」
カールは頷く。
「兄ちゃんがモテるのは、兄ちゃんの『特殊能力』によるものだ。兄ちゃんは『自分の事を好きになる奴』を自分の周囲に引き寄せているのさ」
「……ッ」
驚く安藤。カールは続ける。
「兄ちゃんの『特殊能力』が引き寄せる奴は、兄ちゃんと少しでも一緒に過ごせば、必ず兄ちゃんの事を好きになる奴だ。兄ちゃんの何を好きになるのかまでは分からんけどな。だけど、おそらく兄ちゃんの優しい性格を好きになる奴が大半だろうよ」
「あの……それって!」
安藤は思わず尋ねる。
「それって、相手の意志を操って自分の事を好きにさせている。ってわけじゃ……」
「ああ、そうじゃない」
カールは手を大きく振る。
「魔法の中には、相手に自分を惚れさせるものもあるらしいが、兄ちゃんの『特殊能力』にそんな力はない。安心しな」
安藤の『特殊能力』は、あくまで『安藤に出会えば、必ず安藤に好意を抱く者』を集めるだけだ。と、カールは言う。
「でも、俺と話していないのに、俺と出会えば必ず俺の事を好きになるなんて、そんな事……」
「世の中には『一目惚れ』ってのもある。生まれつきか、もしくは環境によってか……なんにせよ、自分が好きになるタイプってのはもう決まっているのさ」
「……」
「兄ちゃんの『特殊能力』が引き寄せるのは、兄ちゃん……『アンドウ・ユウトという人間がタイプの奴』。と言い換えることが出来るかもしれんな」
「そうですか……」
相手の意志を捻じ曲げている訳ではないと知り、安藤はとりあえずほっとする。
ほっとはするが……。
(……確か、ホーリーさんは『運命の啓示』って魔法で、俺の事を知ったって言っていたな)
『運命の啓示』。
歴代の『聖女』が生まれながらに持っている魔法で、『聖女』は一定の年齢に達すると、この魔法が自動的に発動する。
この魔法が発動すると、『聖女』は、この世界で自分と最も相性の良い相手の情報や位置が分かるようになる。
『運命の啓示』の発動によってホーリーは安藤を知り、彼に逢いに来た。
しかし、カールの言葉が本当なら、『運命の啓示』が無くとも安藤の『特殊能力』によって、ホーリーは安藤に引き寄せられ、二人は出会っていただろう。
そして、三島と菱谷に出会ったのは、偶然ではなく、安藤が引き寄せたから。という事になる……。
(だけど、本当に俺にそんな力が?)
カールの話が嘘だとは思えない。わざわざこんな嘘を安藤に付く理由がないからだ。
だが、やはり自分にそんな力があるという実感がいまいち湧かない。
ホーリーはともかく、三島と菱谷に出会ったのは、偶然ではないのか?という思いも消えない。
「まだ、半信半疑って顔だな」
「―――ッ!」
心を読まれ、安藤は動揺する。
「すみません……」
「はっはっはぁ!気にすることは無い!初めて話す相手にこんなことを言われて直ぐに全部信じろって方が無理ってもんだ!」
カールは笑う。
「だが、それでいい。信頼出来ると思っていた身内や友人にさえ、裏切られるのは珍しい事じゃないからな。最初から最後まで何もかも信じるのは危険だ。疑い過ぎはいけないが、疑わなさ過ぎるのも問題だ。兄ちゃんはお人好しで直ぐに人の言う事を信じそうだから、何でも疑って掛かるくらいがちょうどいいと思うぞ!元商人からのアドバイスだ」
「……カールさん」
話を疑われているのに、不機嫌にならないカールに安藤は好感を抱く。
ひとしきり笑った後、カールは安藤に「それでな」と言った。
「あと二つ兄ちゃんに伝えなきゃいけないことがある。信じるか、信じないかは勿論、兄ちゃん次第だ」
「……はい」
安藤は首を縦に振る。
「よし、それじゃあまず一つ目」
カールは指を一本立てた。
「兄ちゃんの『特殊能力』はあくまで、『自分を好きになる者を引き寄せる能力』だ。そこに兄ちゃんの気持ちは含まれていない」
安藤の『特殊能力』は『安藤を好きになる者』を引き寄せる。
ただし、安藤が自分の『特殊能力』で引き寄せた者を好きになるかどうかは分からない。ということらしい。
カールは二本目の指を立てる。
「そして、二つ目。こいつが問題なんだが……」
カールは言い淀む。
「大丈夫です。言ってください」
「……分かった」
カールは口を開く。
「実は、『特殊能力』ってのは、一生消えることはないんだ」
「―――ッ!それって……」
安藤は目を大きくする。
「そうだ。兄ちゃんはこれから一生、『自分を好きになる者』を引き寄せ続ける」
「―――ッッッ!」
自分を好きになる者を一生引き寄せ続ける。その先に何が起きるのか……安藤はもう経験している。
それはあの『血の結婚式』の惨劇が、これからも繰り返される可能性がある事を示していた。
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