第80話 特殊能力

 よう、皆。元気にしてるかい?

 俺はあまり元気とは言えないが、まぁ、何とか生きてるぜ!


 実は俺、奴隷になっちまったんだ。

 前は、それなりに稼いでいた商人だったのによ。


 どうしてかって?

 それは俺が住んでいるのが、ケーブ国だからさ。

 もう分かっただろ?どうして俺が奴隷になったのか……。


 えっ?分からない?そうかい。じゃあ、説明しよう。

 あっ、もし、ピンと来た人間がいるなら、褒賞として1ストーンをプレゼントしよう。

 最も、そちらの世界じゃ使えないけどな。はっはっはぁ!


 えっ?早く言えって?

 分かったよ。それじゃあ、説明するぜ!


 あんた、吸血鬼って知ってるかい?

 最近、俺の住んでる国、ケーブ国で復活した魔物さ。


 何百年だか、何千年だか、封印されていたらしいんだけど、どっかの馬鹿が金目当てに封印を解いちまったんだ。


 えっ?いやいや、俺じゃないぜ!

 俺は確かに商人だが、法に触れる悪どい商売は一切してない。本当だぜ?

 この目を見てくれ!

………………いや、すまん。嘘付いた。本当はちょびっとだけ法に触れることもしました。ごめんなさい。


 だけど、吸血鬼の封印を解いたのは俺じゃねえぜ!

 それだけは古今東西、ありとあらゆる金に誓う!異世界の金を含めても良いぜ!


 えっ?神に誓わないのかって?

 はっはっはぁ!商人にとっては金こそが神さ!


 おっと、話が逸れたな。戻そう。

 封印から解かれた吸血鬼は、それからケーブ国にある大森林に住み着いた。

 そして、その大森林を『自分の国にする』って宣言したんだ。


 魔物が国家独立を宣言したんだぜ?凄いだろ?


 勿論、ケーブ国政府も黙っちゃいねえ。

 吸血鬼退治に国家直属の兵士やら、傭兵やら、名のある冒険者達を何万人も送ったらしい。だが、全員返り討ちに合ったんだってよ。


 どんだけ強いんだ。吸血鬼。


 で、結局ケーブ国はそれ以上『吸血鬼の国』に手出し出来なくなっちまったんだ。

 吸血鬼討伐に協力すると申し出ている国もあるらしいんだが、ケーブ国はその申し出を全て断っているらしい。

 あの『協会』の助けすら拒んでいるらしいぞ。


 何故かって?

 自国のプライドと、あとは外国に借りを作りたくないんだろうな。

「協力してやったんだから、輸出品を高く買え!」だの「輸入品を安くしろ!」だの「寄付をたくさん寄越せ!」だの言われたくないのさ。

 そんなこと言ってる場合じゃないんだけどな。


 そんなこんなで『吸血鬼の国』は事実的に放置状態になっている。

 ケーブ国に住んでいる人間は皆、祈っていたよ。『どうか何も起こりませんように』ってな。


 ところがどっこい。世の中そう甘くはねえ。


 元々、大森林には多くの魔物が住んでいたんだが、吸血鬼はその魔物達を服従させ、自分の部下にしちまったんだ。


 そして、部下にした魔物達に命じてケーブ国に住んでいる人間を攫って食料や奴隷にし始めた。


 大森林の魔物が人間を攫う事は前にもあったんだが、兵士や冒険者達の働きで、その数はかなり抑えられていた。

 だが、吸血鬼によって、腕のある兵士や冒険者達がやられちまってからは、魔物に攫われる人間の数は飛躍的に増加したんだ。


 奴らは人間だったら、手当たり次第に攫う。

 男だろうと女だろうと、老人だろうと子供だろうと関係なくな。


 そして、この俺もあっさり攫われちまったってわけさ。へっ!


 不幸中の幸いか、俺は食料ではなく奴隷として働くことになった。

 でも、奴隷の仕事はきつい。

 朝から晩まで働かされて、飯は少し。檻の中にはたくさんの人間が押し込められている。

 カワイイ姉ちゃんでも居れば良いんだが、男と女の檻は完全に分けられているんだ。畜生!

 全く、こんな環境じゃ、いずれ死んじまうよ。


 ケーブ国の連中も俺達が吸血鬼に攫われたことは分かっているだろうに、手を出せないでいる。当たり前だがな。

 ケープ国からの救出には、期待できねぇ。まさしく、生き地獄さ。


 だけどよ。全く希望がないってわけじゃねぇんだ。

 吸血鬼は気に入った人間は優遇するって話だ。しかも、気に入られれば気に入られる程、より優遇されるらしい。

 つまり、何とかして吸血鬼に気に入られれば、こんな奴隷生活からおさらば出来るってわけよ。


 ケーブ国からの救出が期待できない以上、これに賭けるしかねぇ。

 今は奴隷の身だが、俺はいずれ吸血鬼に気に入られて成り上がってやるぜ!へへっ!

 ただし、逃げ出そうとしたり、吸血鬼に反抗的な態度を取る者は容赦なく殺されるから、その点だけは注意しないとな。うん。


 死んだら元も子もない。

 反対に生きてりゃ、何とかなるもんだ。


 ん?なんだって?

 さっきから喋っているお前は、一体誰かって?

 おっと、失礼。まだ名乗っていなかったな。


 俺の名前はカール・ユニグス。


 元商人で、現奴隷の陽気な男さ!


***


 ところで、あんたは『特殊能力』って知ってるかい?


 知らない?そっちのあんたはどうだ?

 言葉だけは知ってるけど、詳細は知らない?


 なるほど、なるほど。よし、じゃあ、俺が『特殊能力』について説明してやろう。イエーイ。


 えっ?ウザイ?はっはっはぁ!

 気にすんな!これくらいでイラついていたら人生つまんないぜ?

 えっ?「黙れ、早く話を進めろ」だって?

 分かった。分かったよ。それじゃあ、説明するぞ!


『特殊能力』ってのは、簡単に言うと『引き寄せる』力だ。


 この力を持っている人間は生きているだけで、特定のものを引き寄せちまうんだ。


 物体だけじゃない。引き寄せるのは、生き物だったり、現象だったりする。


 例えば、『金』を引き寄せる『特殊能力』を持っている奴が居た。


 そいつの元には、何もしなくても『金』が勝手に集まるんだ。

 働かなくても多額の遺産が転がり込んだり、偶然大金を拾ったりして、とにかく金が集まる。

 寄付をして金を減らそうとしても、それが巡り巡って本人の元に返ってくる。何倍にもなってな。


 他にも『雨』を引き寄せる『特殊能力』を持ってる奴もいた。


 そいつが行く所、行く所、雨になっちまうんだ。

 滅多に雨が降らない場所でも、そいつが住んだとたん、一年の半分以上が、雨になっちまった。

 そして、そいつがその場所を引っ越すのとほぼ同時に、パタリとまた雨が降らなくなる。

 それからまた、そいつの引っ越し先で雨が降るようになっちまうのさ。


 人を引き寄せる『特殊能力』もある。

 その中に『自分と友人になる人間』を引き寄せる奴がいた。


 趣味や嗜好など、とにかく自分と気の合う人間が周りにどんどん集まるんだ。

 それも表面的な関係じゃなく、本当の友人と呼べる間柄になれる人間達が集まる。


 こんな風に『特殊能力』を持つ人間は『何かを引き寄せる』。


 これは生まれつきの能力で、自分では制御することは出来ないし、どんな『特殊能力』かを選ぶことも出来ない。


 そして、『特殊能力』を持っている人間を判別する方法はまだ見付かってない。


 ゴブリンなどの一部の魔物は、その人間にふさわしいクラスとかステータスを視ることが出来るが、『特殊能力』を持っている人間かどうかは、ゴブリンなどの魔物にも分からないんだ。


 そもそも『剣士』や『魔法使い』といったクラスと『特殊能力』は全く関係ないし、攻撃力や防御力なんかを数値として表すステータスと『特殊能力』も全く関係ない。

 魔法使いではない戦士や剣士でも『特殊能力』を持っていた奴はいるし、攻撃力が10だろうが1,0000だろうが『特殊能力』は持てる。


 魔法を使えば『特殊能力』を持っている人間かどうか、判別出来るんじゃないかって?

 いやいや、魔法を使っても『特殊能力』を持つ人間を見分けることはまだ出来ねぇんだこれが。

 そういう魔法もいずれは創られるかもしれないが、今の所ない。


 だから、自分が『特殊能力』を持っていることに気付かないまま死ぬ奴もいる。


 この世界に『特殊能力』を持っている人間がどれだけ居るかは全く分からない。

 俺個人は、『特殊能力』を持っている人間は、おそらく世界に極少数しか居ないだろうと思っている。


 えっ?『特殊能力』を持っている人間は極少数で、しかも判別する方法が確立されていないのに、どうしてお前はそんなに『特殊能力』について詳しいのかって?


 クックック。鋭いね。あんた。


 まあ、そのことについては後で話すよ。

 勘の良い奴は、もう気付いているかもしれないけどな。


 ところで、なんで俺がいきなり『特殊能力』の話をしたのかって言うとだな。

 実は俺の近くに『特殊能力』を持った新しい人間が現れたからなんだ。


 そいつは、つい最近、奴隷になった奴なんだが、これがまたとんでもない……。


「おい、お前の食い物を寄越せ!」


 怒号が響いたので見てみると、ガタイのいい奴が、やせ細った爺さんを睨んでいる。

 どうやら、飯を奪おうとしているらしい。

「な、なんだよ。これは俺の……」

「うるせえ!飯を寄越しやがれ!」

「や、やめてくれぇええ」


 やれやれだ。

 ああいう事がこの檻の中では引っ切り無しに起きている。

 配られる食い物の量が少ないから、強い奴が弱い奴から食い物を奪うんだ。


「おら、ジジイ!食い物寄越せ。オラ!」

「ひいいい。やめてくれ、殴らんでくれ!渡す。渡すから!」

「へっ、手間取らせやがって、最初から素直に渡せばいいんだよ!」

 ガタイのいい男は、爺さんから食い物を奪う。

「けっ!」

 俺は、鼻を鳴らした。


 人間ってのは、序列を付けたがる生き物だ。

 それは広い世界でも狭い世界でも同じこと。


 魔物に攫われた被害者同士だってのに、この狭い檻の中でも序列が生まれ、弱い者は虐げられる。


 実にくだらねぇ。

 弱い奴から奪う奴も、強い奴に奪われる弱い奴も、俺は大嫌いだ。

 弱肉強食?くそったれだ。そんな世界。


 言っておくが、『特殊能力』を持っているのは、飯を奪ったガタイのいい男でも、飯を奪われた爺さんでもねえぜ。

 そいつは……。


「やめろ!」


 ほら、おいでなすった!

 こいつだよ。こいつが『特殊能力』を持っている兄ちゃんだ。


 兄ちゃんは大声で叫んだ。

「その人に、食べ物を返せ!」

 兄ちゃんは、真っすぐガタイのいい男を見る。

「ああ?くそが、またてめえか!」

 ガタイのいい男は、大股で『特殊能力』持ちの兄ちゃんに詰め寄った。

「文句あるのか?ああっ!?」

 ガタイのいい男はさっき爺さんにやったみたいに、兄ちゃんを睨み、恫喝する。爺さんが「ひっ!」と怯えた。

 兄ちゃんとガタイのいい男の体格差は明らかだ。どう見たって兄ちゃんに勝ち目はない。

 だが、兄ちゃんは一歩も引かない。

「その人に食べ物を返せ!」

「うるせえ!」

 ガタイのいい男は兄ちゃんを殴り飛ばした。兄ちゃんの体が宙を飛んで、床に倒れる。

「おら、思い知ったか!」

 ガタイのいい男は自分の力を誇示するように叫ぶ。まるで猿だな。


「返せ……」


「―――ッ!?」

「その人に食べ物を返せ!」

 兄ちゃんはフラフラと立ち上がると、またしてもガタイのいい男を睨んだ。

「くそが!しつこいんだよ!」

 ガタイのいい男は、兄ちゃんを何発も殴る。

 だが、兄ちゃんはどんなにボコボコに殴られようとも引かない。

「返せ……その人に……ご飯を……返せ……」

「くっ……!」

 兄ちゃんの気迫にガタイのいい男は怯んだ。

 力では圧倒的に優位なガタイのいい男の方が、兄ちゃんに気圧されている。

「返せ……その人に食べ物を返せ!」

「―――ッ!!くそが!!」

 ガタイのいい男は、奪った食べ物を爺さんに投げ付けた。

「これで文句ないだろ!どけ!」

 ガタイのいい男は兄ちゃんを突き飛ばして、その場から去った。

 爺さんは慌てて、倒れた兄ちゃんへと駆け寄る。

「お、おい、あんた……だいじょ……」


「大丈夫ですか……?」


 兄ちゃんは開口一番、爺さんにそう言った。

「大丈夫かって……あんたの方が……」

「ああ、これぐらい何ともないですよ」

 切れた唇から流れる血を、兄ちゃんは手で拭った。

「それよりも貴方も殴られていましたよね。大丈夫ですか?」

 爺さんはコクンと頷く。

「ああ、お、俺は平気だ」

「そうですか。良かった」

 兄ちゃんは、爺さんに優しく微笑んだ。


「あ、ありがとう」

 爺さんは何度も頭を下げる。 

「本当にありがとう。助かったよ。あの……これ……お礼に俺の食い物半分やるよ……」

「いいえ、それは貴方が食べてください」

「だ、だけどよ……」

「明日もきつい仕事が待っています。しっかり食べて体力を蓄えてください。俺は平気ですから」

 そう言って、兄ちゃんはさらに笑みを深めた。

「な、なんて慈悲深いんだ。あんた……」

 爺さんの目から涙が零れる。

「ありがとう。ありがとうよ……」

 そして、爺さんは両手を合わせて兄ちゃんを拝んだ。


 皆、見たか?アレが『特殊能力』を持っている兄ちゃんだ。

 見ての通り、あの兄ちゃんは底抜けの『お人よし』だ。


 兄ちゃんは、自分に配られる食い物を子供や老人に分けたり、過酷な労働を自分から志願したりする。

 そして、さっきみたいに檻の中で喧嘩やイジメが起きる度に首を突っ込んでは殴られている。

 そんなもんだから、兄ちゃんは檻の中を牛耳っている奴らに目を付けられちまっているんだ。


 それでも兄ちゃんは人助けをやめようとしない。


 最初、俺はあの兄ちゃんの行動を檻の中で自分の仲間を増やすための処世術だと思っていた。

 てっきり、檻の中で新しい派閥でも作るもんだと。


 だけど違う。あの兄ちゃんは打算なく、本当に他人のために行動していたんだ。

 商人として沢山の人間を見てきた俺には分かる。


 今まで、俺はあの兄ちゃんと話したことは無い。兄ちゃんがどんな人間か見極める必要があったからだ。

 だけどあの通り、兄ちゃんは底抜けのお人よしだと分かった。


(よっしゃ!それじゃあ、いっちょ話し掛けますか!)


 俺はタイミングを見計らって、自分のベッドに座っている兄ちゃんに話し掛ける。

「よう、兄ちゃん。少し良いかい?」

「えっ?あっ、は、はい。どうぞ」

 話したことも無い俺がいきなり話し掛けてきて兄ちゃんは少し驚いたようだったが、俺が隣に座りやすいように、座っている位置を少し横にズレた。

俺は兄ちゃんの隣に座る。

「大丈夫だったかい?さっきの……」

「……ええ、大丈夫です」

 兄ちゃんの唇は切れ、顔には痣が出来ている。

 だというのに、兄ちゃんは笑みを崩さない。

「貴方こそ、大丈夫ですか?」

「ん?」

「いや、俺と話していると貴方も目を付けられるのでは?」

 俺は思わず「ぷっ」と噴出してしまった。


 自分がボコボコに殴られたのに人の事を心配するなんて、どんだけお人よしなんだ。


「はっはっはぁ!!大丈夫だよ。あいつら今は離れてるから。奴らが戻って来たらすぐに逃げるよ」

「はい、そうしてください」

 兄ちゃんは、頷く。

「それで……俺に何か?」

「実は兄ちゃんに訊きたいことがあってな」

「何でしょう?」

 俺は声を潜める。


「兄ちゃん『特殊能力』って知ってるか?」 


 キョトンとした表情で、兄ちゃんは首を傾げた。


「何ですか?『特殊能力』って?」


 なるほど、自覚のないパターンだな。こりゃ。

 自分が『特殊能力』を持っていると知っていて隠している可能性もあるが、それはないだろう。

 兄ちゃんの目は純粋で澄んでいる。

 これは嘘を付いている奴の目じゃねえ。騙し合いばっかの商人の世界で生き残ってきた俺が言うんだから間違いねぇ。


「よし、知らないならまず『特殊能力』について説明してやろう。『特殊能力』っていうのはな……」

 そこで俺は気付いた。

「おっと、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前はカール・ユニグス。よろしくな」

 俺が名乗ると、兄ちゃんは少し笑って自分の名前を言った。


「安藤優斗です。こちらこそ、よろしくお願いします」

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