第69話 ブラッディ・ウエディング⑯

「リーム!」


 安藤は叫ぶ。


「俺は、貴方を選ぶ!俺が愛しているのは……貴方だ!」


「―――ッッ!?」

 菱谷、三島、ホーリーの三人は、一斉に目を大きく見開く。


 安藤が叫んだ『リーム』という名前。

 三人の中の誰も、その名前に心当たりがない。


 次の瞬間、三人が持っていた『魔法契約書』が炎に包まれた。

 契約は、菱谷、三島、ホーリーの三人の中から誰かを選ぶことを前提としている。

 しかし、安藤は三人以外の女性を選んだ。

 その場合、【魔法契約書】に書かれている契約内容とペナルティそのものが無効となり、消滅する。


【魔法契約書】は跡形もなく燃え尽き、灰になった。


 そして、【魔法契約書】が燃え尽きるのと、ほぼ同時に安藤の背後に突然、一人の少女が現れた。

 少女は、背後から安藤を抱きしめる。


 少女は、胸元が開いた黒い服を着ており、頭にはヤギのような角が二本生えている。

 背中には、まるで蝙蝠のような黒く大きな羽が生えていた。


 少女は、人間ではなかった。

 少女は、魔物だった。


 魔物の名前は『夢魔』。


 それは夢の中に現れ、人を誘惑し、精気を吸い取る魔物。


 夢魔には、男性型と女性型の二種類がおり、男性型の夢魔をインキュバスという。

 それに対して、女性型の夢魔はこう呼ばれている。


『サキュバス』。


(何故、此処に……?)

 ホーリーは、そのサキュバスを知っている。


 目の前に現れたサキュバスは、ホーリーが従者であるミケルドに命じて捕えた個体だった。


***


 ホーリーがサキュバスを捕まえた目的は、『サキュバスのキャンドル』というサキュバスの血肉を材料とするキャンドルを作るためだ。


『サキュバスのキャンドル』

 古くから伝わる魔法道具で、女性が意中の相手を誘惑する時に使う。

 サキュバスの血肉で作られたキャンドルに自分と意中の相手の肉体の一部を入れ、魔力を注ぎ、火を点ける。すると、キャンドルから漂う香りを嗅いだ意中の相手は、自分を激しく求めるようになる。


 ホーリーは、サキュバスの血肉によって作られた『サキュバスのキャンドル』を安藤に二度、使用した。


『サキュバスのキャンドル』は一度使うと効果が無くなる。

 ホーリーは多くの『サキュバスのキャンドル』を作るため、サキュバスを特殊な檻の中に入れ、協会本部の地下に閉じ込めていた。


 そのサキュバスが、どうしてこの場に現れたのか?


 サキュバスは、安藤を後ろから抱きしめながら、耳元にそっと口を寄せた。

 

「ありがとうアンドウ。私を呼んでくれて。私を助けてくれて」


 サキュバスは安藤の手をそっと握る。

「ううん、俺が貴方を助けるのは当然だよ。『リーム』」

 安藤はサキュバスの手を、優しく握り返した。


 知能の高い魔物は、人間と同じく、個々を識別する『名前』を持っている。


『リーム』。それが、このサキュバスの名前だ。


『サキュバスのキャンドル』を作ることだけが目的だったホーリーは、捕えたサキュバスの名前を知らなかった。

 だが、ホーリーも知らなかったサキュバスの名前を、何故か安藤は、知っている。


(いつ、ユウト様はこのサキュバスと接触した?)


 安藤は穏やかな目でサキュバス……『リーム』を見ている。

「俺は、今まで貴方の事を忘れていた。でも、思い出せた。さっき


 菱谷、三島、ホーリーの誰を選ぶべきか悩み、頭を手で押さえた時、安藤は自分の『手のひら』を見た。


「俺が自分の手のひらを見たら、思い出せるように、貴方が魔法を掛けてくれていたおかげだよ」

 安藤は、ニコリとサキュバスに微笑んだ。


「貴方の魔法のおかげで俺は、さっき『夢の中で』貴方に出会ったことを思い出せたんだ」

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