第67話 ブラッディ・ウエディング⑭

「俺が……誰かを選ぶ?」 


「うん、優斗には生涯、一緒に居たいと思う相手を私達三人の中から選んで欲しいんだ」

 三島は【魔法契約書】を安藤に見せる。


「この【魔法契約書】にサインをした人間は、書かれている契約を絶対に守らなければならない。『優斗が選んだ人間だけが、優斗と一緒に居られる』という内容の契約を私達三人で結ぶ。そうすれば、これ以上、私達は争わずに済む」


「……本当?」

「本当だよ。もっとも……」

 三島は菱谷とホーリーに視線を向ける。


「あの二人が同意すれば……の話だけど」


「……」

「……」

 ホーリーと菱谷は、他の二人を警戒しつつ、自分が持っている【魔法契約書】に『解析』の魔法を掛けた。

『解析』の魔法は、魔法で作り出したものを調べることが出来る。

「どうやら、これは本物の【魔法契約書】のようですね」

「……」

 菱谷とホーリーは、しばしの間沈黙する。

 最初に口を開いたのは、ホーリーだった。


「分かりました。私達が争わずに済む方法があるのなら、そうしましょう。私達が争わなければ、ユウト様を悲しませずに済みますから。ただし……」

 ホーリーは人差し指を立てる。


「契約するのは、詳しい契約の内容を聞いてからです」


「分かった」

 三島は頷く。

「さて、君はどうする?菱谷さん?」

「……」

【魔法契約書】による契約を結ぶためには、菱谷の同意も必要だ。もし、菱谷が拒絶すれば、契約を結ぶことは出来ない。

 菱谷は、ゆっくりと口を開く。


「私も、契約の内容次第で、契約するかどうか決める」


 菱谷は、先程までと同一人物には思えない程、落ち着いている。

 今の菱谷は、どうすれば安藤を手に入れられるかに、脳の全てを働かせていた。

 安藤を手に入れるのに、『怒り』が必要なら怒る。

 だが、安藤を手に入れるために『怒り』が邪魔になるのなら、あっさりと捨てる。

 それが、菱谷だ。


「二人とも、契約の内容次第で、契約を結ぶということだね。分かった」


 三島はパチンと指を鳴らす。

 すると菱谷、三島、ホーリーが持っている【魔法契約書】の空白部分に文字が浮かび上がった。


「契約内容は、これでどうかな?」


――――――――――――――――――――――――――――


【契約者】

 菱谷忍寄、三島由香里、ホーリー・ニグセイヤ。


【契約内容】

 安藤優斗は菱谷忍寄、三島由香里、ホーリー・ニグセイヤの三人の中から『最も愛しており、最も共に居たいと思う相手』を一人だけ選ぶ。


 菱谷忍寄、三島由香里、ホーリー・ニグセイヤの三人は、魔法を使って、安藤優斗の選択を誘導、または妨害してはならない。


 安藤優斗が選択している最中、菱谷忍寄、三島由香里、ホーリー・ニグセイヤは他の二人を攻撃してはならない。


 以下の①、②、③に該当した人物には【ペナルティ】が降り掛る。


①魔法を使い、安藤優斗の選択を誘導、または妨害した者。


②安藤優斗が選択している最中、他の二人を攻撃した者。


③安藤優斗に選ばれなかった者。


 また、安藤優斗に選ばれた者がその後、直接的、または間接的に安藤優斗に選ばれなかった他の二人に対して、危害を加えた場合、安藤優斗に選ばれた者にも【ペナルティ】が降り掛かる。


【ペナルティ】

①安藤優斗に関する全ての記憶を失う。失った記憶を元に戻すことは出来ない。


②生涯に渡り安藤優斗を認識出来なくなり、安藤優斗についての情報を記憶することが出来なくなる。


――――――――――――――――――――――――――――


「……ッ!」

 契約の内容を聞いて、安藤は目を大きくした。

「由香里……これって……」

「なるほど。『記憶操作の魔法』を使用する貴方らしい内容ですね」

 契約内容を見て、ホーリーはそう呟く。


「ユウト様に選ばれなかった二人に、どのようにしてユウト様を諦めさせるのかと思いましたが……これなら、選ばれなかった二人は


「そういうこと。私達が争わず、死なない形で決着を付けるとするなら、この内容が一番良いと思ったんだ」

 三島は首を傾げる。

「それで、どうする?契約する?それともしない?」

 三島の問いにホーリーは答える。


「良いでしょう。契約します」


 ホーリーは契約に同意した。

「『大魔法使い』である貴方は、記憶を操る魔法が使えます。どうやら『魔女』も記憶に関する魔法を多少使えるようですね。しかし、この契約内容なら『記憶を操る魔法』も意味を成しません」


【魔法契約書】には『失った記憶を元に戻すことは出来ない』とある。三島の『記憶を操る魔法』でも、【魔法契約書】の効果で失った記憶を取り戻すことは出来ない。


 菱谷の『記憶を保存する魔法』であらかじめ『安藤優斗に関する記憶を保存』しておいたとしても、【魔法契約書】には、『安藤優斗についての情報を記憶することは出来なくなる』とある。

 そのため、記憶を失った後、『保存しておいた安藤優斗の記憶』を自分に移しても、その記憶は直ぐに消えてしまう。


「これなら


 ホーリーの言葉に、三島は苦笑する。

「もう優斗に選ばれた気でいるみたいだね」

「貴方もそうでしょう?『大魔法使い』。貴方は自分が確実にユウト様に選ばれるという自信があるから【魔法契約書】による契約を提案したのですよね?」

「勿論そうだよ。自分が選ばれる自信が無いなら、こんな提案はしない」

 三島は唇の端を吊り上げる。


「【魔法契約書】によって交わした契約を破棄するには、契約した者全員の同意が必要になる。でも、『私』は、契約を破棄するつもりは全くない。いくら『君たち二人』でも、優斗の記憶を全て失い、優斗の事を認識出来ず、優斗の事を記憶出来なければ、優斗を諦めるしかないからね」

 言い終わると三島は、菱谷を見た。

「『聖女』は契約に同意したよ。『魔女』はどうする?契約する?しない?」


「……良いだろう。契約してやる」


 菱谷はゆっくりと首を縦に振る。

 そして、ニヤリと嗤った。

、お前らを殺せないのは残念だが、『お前ら二人が先輩の記憶を失う』のを見るのは、とても楽しみだ」

 菱谷もまた、もう既に安藤に選ばれたつもりでいた。


 三人とも、自分が安藤優斗に最も愛されていると思っており、安藤優斗に選ばれるのは、自分だと確信している。


 ならば、【魔法契約書】による契約を断るはずがない。

 自分が確実に勝つと分かっているギャンブルに乗らない人間は居ないのだから。


「決まりだね」

 三島は声を大きく張り上げる。

「それじゃあ、二人とも【魔法契約書】に自分の名前をサインして。それで契約の準備が整う」 

 菱谷、三島、ホーリーは、魔法でペンを出現させ、それぞれが持っている【魔法契約書】に自分の名前をサインした。


 その瞬間、三枚の【魔法契約書】全てが、輝きだした。


「これで契約の準備は整った。あとは優斗が『最も愛しており、最も共に居たいと思う相手』の名前を言えば、【魔法契約書】の効果が発動する」


 菱谷、三島、ホーリーの視線が安藤に集中する。

 安藤は思わず一歩後ろに下がった。


「も……もし、俺が誰かの名前を言えば……あとの二人は……」

「二度と優斗のことを思い出せなくなる。そして、二度と優斗を認識出来なくなる。万が一、何かの偶然で、選ばれなかった二人が、優斗の情報を得たとしても、直ぐにその記憶は消える」

「―――ッ!」

「ごめんね、優斗。こんな選択をさせて。だけど、こうしないと私達三人は殺し合いをするしかなくなる。殺し合わずに、一人だけが優斗と結ばれるためには、これ以外に方法が無いんだ」

「……」


 これで少なくとも、菱谷、三島、ホーリーの三人が安藤を巡って争うことは無くなる。

 殺し合いが回避されたのは、とても喜ばしいことだ。

 だが、その代わり、安藤は必ず誰か一人を選ばなくてはならなくなってしまった。

 必ず誰かを……。


「先輩!」

 菱谷が安藤に向かって叫んだ。

「さぁ、先輩。私の名前を言ってください。そうすれば、私達を邪魔する者は居なくなります!」

 菱谷は、満面の笑みを安藤に向ける。

「また一緒に暮らしましょう。また何度も何度も愛し合いましょう。私達二人で……いいえ、先輩と私の子供達とで、ずっと、ずっと生きていきましょう!」

 そして、菱谷忍寄は安藤優斗に手を差し出す。

「愛してます。先輩!」


 菱谷の安藤への呼び掛けは『魔法による誘導』でも、『魔法による選択の妨害』でもなく、単なる『自分のアピール』だ。

 そのため、【ペナルティ】は発動しない。


「優斗」

 次に、三島が安藤に呼び掛ける。

「私達、この世界に来る前は、ずっと一緒に居たよね。この世界に来てからは離れてしまったこともあったけど、また一緒になれた」

 三島は、満面の笑みを安藤に向ける。

「今度は、絶対に離さない。もう二度と優斗と離れないって誓う。絶対に優斗を幸せにすると誓う」

 そして、三島由香里は安藤優斗に手を差し出す。

「愛しているよ。優斗」


「ユウト様」

 最後に、ホーリーが安藤に呼び掛ける。

「私は、貴方の妻になれてとても幸せです。結婚式はこのようなことになってしまいましたが、また改めて執り行いましょう」

 ホーリーは、満面の笑みを安藤に向ける。

「ユウト様。私はもう二度とユウト様に劣等感を抱かせたりしません。私と一緒にどうすれば多くの人々を救えるかを考えましょう。私と共にたくさんの人達を助けましょう」

 そして、ホーリー・ニグセイヤは、安藤優斗に手を差し出す。

「愛しています。ユウト様」


 三人の美しい女性は、安藤優斗に手を差し出した。


 皆、幸せそうに安藤を見ていた。安藤と一緒に過ごせる未来を思い描き、心躍らせている。

 彼女たちは皆、『必ず自分が選ばれる』と確信している。

 自分こそが安藤に選ばれる。そう信じて疑っていない。


「お、俺は……俺は……」


 俺は……誰を選べば良いんだ?

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