第64話 ブラッディ・ウエディング⑪
『助けて……』
暗闇の中、少女が助けを求める。
『お願い……私を助けて……お願い!』
少女は涙を流しながら、『彼』に助けを求める。
そして、少女は『彼』にある取引を持ち掛けた。
『貴方が―――したら、此処であった事は忘れてしまう。だから、貴方の手に印を付けておく』
少女は、『彼』の手のひらを指でなぞった。
『貴方が自分の手のひらを見たら、此処での事を思い出せるようにしておいた。お願い。きっと、私の事を思い出して。そして―――』
少女は、『彼』の手をギュッと握る。
『必ず、私を呼んで』
少女は、真剣な目で『彼』を見る。
『彼』は、少女に尋ねた。
『貴方の名前は?』
『私の名前は―――』
少女は、目に涙を浮かべながら、『彼』に自分の名前を告げた。
***
「でしたら、自力でユウト様を取り戻すしかありませんね」
ホーリーが手を振ると、何もない空間から一本の杖が現れた。
杖は、ホーリーの背丈の半分ぐらいの長さがあり、先端には蒼い宝石がはめ込まれている。
ホーリーは、その杖を菱谷に向けた。
それを見て、菱谷はニヤリと嗤う。
「先輩、見てください。あの女は、私と一緒に先輩も殺すつもりですよ?」
菱谷は周囲に防御魔法を展開している。中途半端な威力の魔法では、菱谷に傷一つ与えられない。
だからといって、菱谷の防御魔法を突破するほどの威力で攻撃すれば、菱谷に背後から抱きしめられている安藤も、巻き添えを喰ってしまう。
そうなれば、安藤は確実に死ぬだろう。
「先輩。あの女は先輩を愛してなんかいないんです。でなければ、先輩を巻き添えにしてまで、私を殺そうとするはずがありません」
菱谷は、ホーリーから三島に視線を移す。
「そして、あそこに居る女も先輩を愛していなかったのです。本当に先輩を愛しているなら、先輩が殺されるのを黙って見ているはずがありません。なのに、あそこに居る女は、先輩が殺されようとしているのに、止めようともしません」
菱谷は、「あはっ」と笑う。
「やはり、先輩を本当に愛しているのは、私だけなんです」
菱谷は、幸せそうな声で安藤に囁く。
「大丈夫ですよ、先輩。先輩は必ず私が守ります。どんな攻撃が来たとしても、必ず先輩は守り抜きます!」
菱谷は安藤を強く抱きしめる。
「安心してください。ユウト様」
すると、ホーリーがニコリと、安藤に微笑んだ。
「ユウト様、私は決して貴方を傷付けません。私を信じてください」
ホーリーの笑みは、慈愛に満ち溢れている。
その様子を見ていた三島は、一瞬、顔をしかめはしたが、ホーリーを止めようとはしなかった。
安藤の魔法に関する知識は、三島に教えてもらった事と、本で読んだ極々一部しかない。
だが、ホーリーの笑顔を見て、安藤は確信した。
ホーリーは嘘を付いていない。
そして、三島もホーリーが嘘を言っていないと理解している。
杖を菱谷に向け、ホーリーは叫んだ。
「『ピューリフィケーション 』」
その瞬間、安藤と菱谷の足元に魔法陣が出現した。
出現と同時に魔法陣は強烈な光を放つ。安藤は反射的に目を閉じた。
「……?」
しかし、何も感じない。安藤は、恐る恐る目を開ける。
『痛み』や『熱さ』どころか、強烈に光っている魔法陣を見ても眩しさすら感じない。
魔法陣が放つ光に、安藤は、安心感すら抱いた。
ホーリーの言葉通り、この魔法陣は安藤を傷付けるものではない。
「があっああ!」
突然、安藤の耳に叫び声が聞こえた。
叫び声を上げているのは―――菱谷だった。
菱谷は、足元の魔法陣から発せられる光を浴びて、ひどく苦しんでいる。
「ぐっ……くっ、ぐあああ!」
菱谷は、目を閉じ、自分の胸を抑えた。
魔法陣の光は、安藤を傷付けない。
だが、菱谷には大きなダメージを与えている。
菱谷はホーリーを睨む。
「お、お前……!」
「もう一度、言います。ユウト様から離れてください」
ホーリーは淡々と菱谷に告げる。
「これ以上、そこに居ればどうなるか、貴方には分かっているはずです。貴方が助かるには、ユウト様から離れて、別の場所に移動するしかない」
「クッ……ううっ……!!」
「もっとも、そこに居たいのなら、そうして頂いて構いません。こちらとしては、その方が良いですから」
「う……がっ……」
菱谷は、苦しみ続ける。今にも倒れそうだ。
「せ、先輩……『私と一緒に……』」
菱谷は、安藤に『言霊の魔法』を使おうとする。
その瞬間、魔法陣の光は、さらに激しさを増した。
「―――ッ!!がっ!」
菱谷は、途中まで言おうとしていた言葉を詰まらせた。
「『言霊の魔法』は、その名の通り、言葉にして初めて効力を発揮します。つまり、言葉を口に出せなければ、『言霊の魔法』は効果を発揮しない」
「―――ッッ!」
菱谷は言葉を口に出そうとしても、苦しさのあまり言葉に出来ない。
これでは『言霊の魔法』で、安藤を操ることは出来ない。
「ぐっ……がっ……」
「さぁ、どうしますか?イア国の『魔女』。ユウト様から離れますか?それとも、そのまま……」
魔法陣の光が、一層強さを増そうとした直前。
菱谷は、魔法を使ってその場から移動し、安藤から離れた。
安藤から離れた菱谷は、魔法陣から距離を取る。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」
「それで正解です。ユウト様の傍に居ることに固執していれば、貴方は灰になっていました」
「なるほどね……」
少し離れた位置で、その光景を見ていた三島がホーリーに話し掛ける。
「今のは、『浄化魔法』だね?」
「はい、そうです」
ホーリーは頷く。
「『浄化魔法』は『回復魔法』と同じく、人間などの『生き物』の体を癒す効果があります。『生きた人間』であるユウト様には、全く害はありません」
ただし、とホーリーは続ける。
「『浄化魔法』は、『闇属性の魔物』や『物に取り憑いた魂』には大きなダメージを与えます。今のように……」
「はぁ、はぁ……くっ!」
菱谷はまだ、肩で息をしている。
「『魔女』が周囲に張り巡らせている『防御魔法』は『攻撃魔法』を防ぐことに特化しているものです。しかし、『浄化魔法』は『攻撃魔法』ではなく、『回復魔法』に分類されるため、今、『魔女』が発動している『防御魔法』では防ぐことが出来ません」
もし、『回復魔法』を防ぎたいのなら、『回復魔法を防ぐ、防御魔法』を展開する必要がある。
最も、体を癒す『回復魔法』を防ぎたいと思うことなど、まずないだろうが。
「やはり、私達の目の前に居る『菱谷忍寄』は『本物』ではないというわけだ」
「貴方も、お気づきでしたか」
「まぁね。此処に居る『菱谷忍寄』は……」
三島は一拍置き、口を開く。
「『人形』だ」
***
菱谷はいつ、式場の中に侵入したのか?
彼女が姿を見せた時、三島とホーリーはその事を考えた。
式場に張られていた結界は、どんな魔法を使ったとしても、外部から破ることは出来ないため、結界が張られている最中は、中に侵入することは出来ない。
そのため、式場に侵入するためには『結界』が張られる前か、『結界』が解除された後に、侵入するしかない。
「イア国の『魔女』。貴方は、私が『大魔法使いの記憶を持ったミケルド』に殺されたことも、私が生き返り、『魔法蛇』を使ったことも、私が『神罰の剣』で『大魔法使いの記憶を持ったミケルド』を永眠させたことも知っていました」
菱谷は、ホーリーにこう言った。
『生き返るし、相手の魔法を封じる蛇を召喚するし、相手を即死させる魔法を使うし、本当に厄介だ。『聖女』というよりも、化物だな』
式場に張られていた結界により、魔法で外から中の様子を覗くことが出来なかった以上、最初から式場の中に居て、ホーリーと三島が戦う場面を見ていないと、この言葉は出てこない。
つまり、菱谷は式場に張られていた結界が解除された後に、中に侵入したのではなく、結界が張られる前から、式場の中に居たということになる。
「『魔女』。貴方はおそらく、参加者の誰かに変装して、式場の中に潜りこんでいたのでしょう」
菱谷に向かって話すホーリーの姿は、まるで、犯人を追い詰める探偵のようだった。
安藤と三島は、殺人事件に巻き込まれた関係者のように、ホーリーの話を黙って聞く。
「しかし、ただ変装しただけでは『トゥルードラゴン』に探知されてしまいます。『大魔法使い』は、自分の記憶をミケルドに上書きするという方法で、式場に侵入しましたが、貴方は『大魔法使い』とは違う方法で、『トゥルードラゴン』の探知を掻い潜った」
「……」
「私は、計二回、『探知魔法』で式場に居る『生きた人間の数』を調べました。しかし、どちらも『魔女』、貴方の存在は探知できませんでした。それは、どうしてでしょう?」
菱谷は、答えない。ただ黙ってホーリーを睨んでいる。
その恐ろしい眼光を浴びても、ホーリーは構うことなく、先を続けた。
「答えは、単純です。今、此処に居る貴方が『生きた人間』ではないからです」
ホーリーが『探知魔法』の対象としたのは、『式場に居る生きた人間』だ。
『死んでいる人間』、そして、『人間ではない存在』を探知することは出来ない。
そして、トゥルードラゴンが探知することが出来るのは、『嘘を付いている生き物』または『強い殺意を放つ生き物』、『爆弾や銃などの武器を持っている生き物』だけ。
トゥルードラゴンも『生き物ではないもの』を探知することは出来ない。
「『魔女』、貴方は人形に自分の魂を憑依させていますね?」
人形に自分の魂を憑依させ、自らが人形となり動く魔法。
それを今、菱谷は使っている。
此処に居るのは、『菱谷忍寄の姿をした人形』だ。
「いや、驚いた。まさか、そこまで精巧な人形を作るなんてね」
静観していた三島が口を開く。
「人形が本人と同等の魔法を使うためには、限りなく本人と体の構造を同じにする必要がある。『言霊の魔法』まで使えるとなると、もうほとんど、本人と変わらないな」
人形に自分の魂を憑依させる魔法は、古くから知られている。
だが、それを使う魔法使いは、ほとんどいない。
何故なら、魂を移しても、その人形が動かない事がほとんどだからだ。
ただ単に、人の形をしているだけの人形に魂を移しても、人形は動かない。
内臓など、人体の構造を正しく再現している人形でなければ、魂を移しても、その人形は動かないのだ。
さらに、本人と同じ魔法を人形が使うためには、その人形の構造は魂を移した人間とほぼ同じにしなければならない。
人形は魂を乗り移らせなくとも、『物を操作する魔法』を使えば動かすことが出来る。
なので、わざわざ、精巧な人形を用意してまで、人形に魂を憑依させる魔法使いは、ほとんどいないのだ。
しかし、もし、自分とほぼ同じ構造をした人形さえ用意し、その人形に魂を憑依することが出来れば、その人形は『生きている者を対象とする魔法』の効果を受けない『自分』となる。
「菱谷が……人形……」
安藤は思い出す。確か、菱谷はこう言っていた。
『嬉しい。生身ではないとはいえ、やっとこうして先輩と触れ合えます』
『生身ではないとはいえ』とは、こういう意味だったのか。
菱谷の住んでいる豪邸にも沢山の人形が働いていた。が、あれは良く見ると人形だと分かった。
菱谷の豪邸で働いていた人形は、あくまで菱谷の『物を操作する魔法』によって動いていたに過ぎない。
だが、此処に居る『人形の菱谷』は、本物と全く区別することが出来ない。
それは見た目だけに、とどまらなかった。
何度も何度も、菱谷に触られたり、キスをされた安藤は、不本意ながら、菱谷の唇や肌の感触を覚えてしまった。
『菱谷の姿をした人形』は、肌や唇の感触に至るまでも、本物と全く同じだった。
ホーリーは三島に尋ねる。
「『大魔法使い』。貴方はどうして、彼女が『人形』だと?」
「君の頭を撃ち抜き、協会の信者四人を殺した後、私も―――正確に言えば『私の記憶を上書きしたミケルド』も―――『式場に居る生きた人間』を対象に『探知魔法』を発動した。あの時は、私と優斗の二人しか探知出来なかったけど、最初から彼女が式場に居たのなら、それは彼女が『生きている人間ではない』ということになる」
『生きていない』にも拘わらず、『自分の意志を持っている』。
「これは、もう『人形に自分の魂を憑依させている』としか考えられない」
三島もホーリーと同じような道筋で、此処に居る菱谷が『人形』だと看破していた。
「ところでさ、私も君に訊きたいことがあるのだけど」
「何でしょう?」
三島は、人差し指を立てる。
「殺した四人の協会信者の中に一人だけ挙動がおかしな人間が居た。確か、名前は『カールビアン』だったかな?」
カールビアンは、参列者達を護衛し、全員無事に外に逃がすようにリーダーであるシルビアに命令されていた。
それが、突然、その任務を放棄して『三島の記憶を上書きされたミケルド』に襲い掛かった。
カールビアンは、返り討ちに合い、あっさりと命を落とした。
「あれは、どう考えても普通ではなかった。仲間を殺されたからパニックにでもなったのかな?とも考えた。だけど、今考えると、あれはどう見ても『操られていた』」
三島は続ける。
「おそらく、彼は、参列者達を外に逃がしている最中、不審な行動を取っている人物を見かけたんだろう。彼は、その人物に『何をしているんだ。早く逃げろ!』とでも言った。だが、話し掛けられたことで、その人物は彼のことを邪魔だと思った。そして『言霊の魔法』を使って、私―――『私の記憶を上書きしたミケルド』―――を攻撃するように命令された。自分の意志に反してね」
三島は人差し指を向ける。その先には菱谷が居た。
「その不審な行動をしていた人物こそ、参列者の姿に化けた『菱谷忍寄の人形』だったんだろうね」
「……」
菱谷は肯定も否定もしないが、その目は三島が言ったことが当たっていることを物語っていた。
「それで、君に訊きたいんだけどね。『私の記憶を上書きしたミケルド』は、『言霊の魔法』で操られた人間を殺した訳だけど……それって、操った人間も『協会の信者を殺した』ことになるの?」
ホーリーは三島が言いたいことを直ぐに理解した。
用は、三島はホーリーにこう言っているのだ。
『菱谷忍寄の人形』に、協会の信者を殺した人間のみ殺すことの出来る『『神罰の剣』は効くのか?と。
「さぁ、どうでしょう?」
ホーリーは首を傾げる。
「『神罰の剣』は協会の信者を直接、手に掛けた人間には発動しますが、『間接的に協会の信者を手に掛けた者』も対象になるのかは分かりません」
「それは、『本当』?」
「『本当』ですよ」
ホーリーはニコリと微笑む。
「もっとも、『神罰の剣』が『魂が憑依した人形』に対して使用されたという話は聞いたことがありませんし、私も使用したことがありませんので、たとえ『協会の信者を手に掛けた』と判断されたとしても、『魂が憑依した人形』相手に『神罰の剣』が効果を発揮するのかは、分かりません」
「ふうん」
三島は、半信半疑といった様子でホーリーを見る。
「お前!よくも!」
すると、それまで口を閉ざしていた菱谷が大声で叫んだ。
「よくも、よくも、よくも、よくも、よくも、よくも、よくも、よくも、よくも、よくも!」
菱谷は、憎しみに顔を歪める。
「私から先輩を引き離したな!」
「何を言っているんだい?」
三島はクスリと、嘲笑した。
「優斗から離れたのは君自身だろ?君は自分の意志で優斗から離れたんだ。違う?」
「―――ッ!」
「本当に優斗を愛しているのなら、たとえ、自分がどうなろうと最後まで愛する人を抱きしめ続けるものじゃないのかい?」
「何だと?」
菱谷は、鋭い目で今度は三島を睨んだ。
「私なら、自分がどうなろうと決して優斗を離さない。それが私の『愛』だ」
三島は菱谷に冷たく言い放つ。
「君、本当に優斗を愛しているのかい?」
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