第61話 ブラッディ・ウエディング⑧
「本物のミケルドが出来ないこと……か。一体何かな?」
「あの日、私はミケルドと昔話をした後、『大魔法使い』の様子について尋ねました。ミケルドは『特に怪しい動きはない』と報告した後、こう言ったのです」
『大魔法使い』は、優斗様にそれ程、執着していなかったのですね。
「ああっ……そういうことか」
三島は理解した。何故ホーリーがミケルドを本物でないと見抜いたのかを。
「発音……か」
「そうです」
ホーリーは頷く。
「私達の世界の人間は、ユウト様や貴方など、別の世界から来られた人達の名前を上手く発音することが出来ません。ですが、あの時ミケルドは『優斗様』と発音しました。今までは『ユウト様』としか発音出来ていなかったのに」
ミケルドは安藤のことをホーリーと同じく『ユウト様』と呼んでいた。
しかし、あの日に限りミケルドは安藤を『優斗様』と正しい発音で呼んだのだ。
「そっか……またやってしまったな」
三島は、自嘲気味に嗤う。
前にも三島は、自分と同じ世界から来た人間の名前を正しく発音し、それが原因で相手に正体を見破られたことがある。
「『記憶の移植』は初めてだったからね。『ミケルドの記憶』が表に出ていた時でも『私』の記憶が若干、影響してしまったようだ」
本来なら、別の世界から来た人間の名前を正しく発音出来ないミケルドが、三島の記憶に若干影響されたことで正しく『優斗』と発音出来てしまったのだ。
そのことで、ホーリーはミケルドが違う存在になっていることを確信した。
「あの時、ミケルドは頭痛がすると言っていました。あの頭痛は『他人の記憶を植え付けたことによる拒絶反応』ですね」
「たぶん、そうだろうね」
他人の臓器を移植した場合、自分の免疫が移植した臓器を『異物』として攻撃することがある。
それを『拒絶反応』と言う。
「どうも体は臓器だけではなく、自分の記憶ではない『他人の記憶』も異物として認識するらしい。『私』の場合、拒絶反応は時々起きる頭痛だけで済んだけど、人によってはもっと激しい拒絶反応が起きるかもしれない。最悪、命を落とすかもね」
自分も命を落とす可能性があったにも拘らず、三島は淡々とした口調で語る。
「ところでさ……もしかして、と思っていることがあるんだけど。聞いても良いかな?」
三島は唇の端を上げる。
「君はミケルドを囮にして、私をおびき寄せたんじゃない?」
***
「……どういうことですか?」
「ちょっと考えてみたんだ」
『魔法蛇』に拘束されたまま、ミケルドの姿をした三島は話す。
「君は私が『記憶を操る魔法』が使えることを知っていた。だとしたら、君はまず『自分の記憶が操作される事』を一番に警戒し、二番目に『自分の身近な人間の記憶が操作される事』を警戒するはずなんだ」
自分の記憶が操作されれば、簡単に相手に操られてしまうだろうし、どんなに全幅の信頼を置いている相手だとしても、記憶を操作されてしまえば、その相手は、あっという間に自分の『敵』になってしまう。
ホーリーの場合、一番危険なのはホーリー自身。
そして二番目に狙われる可能性が高いのが、幼い時より傍に居て、信頼を置いているミケルドだ。
「君は、私が君を油断させるために優斗と別れたフリをしていたことに気付いていた。その上で、君は私が次に取る行動を考えた」
普通に考えれば、狙われる可能性が最も高いのは私だ。
だが、『聖女』である私を直接襲うことはリスクが高いと『大魔法使い』は考えるだろう。
それならば、『大魔法使い』はきっと、私に最も近しい従者であるミケルドの記憶を操作しようとしてくるはずだ。
「君は、次にこう考える」
もし、ミケルドの記憶を操ったとして、『大魔法使い』はどんな方法で私を殺そうとするだろうか?
ミケルドを操り、私を殺そうとしても、『聖女』である私とミケルドでは力の差があり過ぎる。
ミケルドに私を殺させることは出来ない。
私を殺そうとするのなら、『大魔法使い』本人が直接動くしかない。
「それから、君は思い至った」
きっと『大魔法使い』はミケルドの記憶を奪い、その記憶を自分に移植した上でミケルドに姿を変える『完璧な変装』をして、私を殺そうとするだろう。
「……」
「ミケルドが正しく『優斗』の名前を発音出来たから『本物のミケルド』ではないと思った。そう君は言ったね。確かに、ミケルドが偽物だと確信したのは、それだろう。でも、実はそれよりも前に、ミケルドが偽物にすり替わっている可能性に思い至っていたのではないかな?その可能性が最初から頭にあったからこそ、君は直ぐにミケルドが偽物だと気付いたんだ」
「……」
「そして、私が結婚式の最中に殺そうとしてくることも予測した君はわざと私に殺された。私を拘束しているこの魔法を発動させるためにね」
三島を拘束している巨大な『魔法蛇』はチョロチョロと舌を出し入れしている。
「今思えば、私は信じられない程、すんなりミケルドの記憶を奪う事が出来た。ミケルドには何の護衛もつけられていなかったし、ミケルド自身も自分が襲われることを予想していない様子だった。初めは、『聖女』は私が『記憶を操作出来る魔法』を使えることを知らないのだと思った。だから、私がミケルドを襲うということに考えが及ばなかったのだと」
だけど、そうじゃなかったとしたら?
「君は、私が『記憶を操作できる魔法』が使えることをあえて、ミケルドには知らせず、ミケルドが襲われる可能性が高いことに気付いていながら、それを彼女本人に伝えなかった」
全ては、ミケルドを餌に私をおびき寄せて罠に嵌め、殺すために。
「……」
「『ミケルドの記憶』によると、君は間違いなく人々を救済する『聖女』だ。神の教えを人々に広め、救済する『聖女』。実際、君に救われた人間は大勢いる。だけど、君は同時に、何が何でも自分の気持ちを押し通す『苛烈さ』と他者を押しのけても自分の欲しいものを手に入れようとする大きな『欲望』も持っている」
慈愛や優しさだけでは『聖女』は務まらない。
『苛烈さ』や『欲望』も『聖女』には必要なのだ。
そして時には、自分が欲しい物のために大切な物を捨てることも『聖女』には必要となる。
「恐れ入ったよ。邪魔者を殺すために、長年自分に仕えていた人間を犠牲にするなんてね。まぁ、気持ちは分かるよ」
三島は同意するように頷く。
「私だって、優斗を手に入れるためなら誰だって捨てられるだろうからね」
安藤優斗を手に入れるためなら、誰だって捨てられる。たとえ、親だろうと誰だろうと。
当然だ。安藤優斗に勝る人間など、どの世界にも居ないのだから。
***
「さて、君が『優斗を手に入れるために長年仕えていた従者を犠牲に出来る』人間と分かれば色々なことが見えてくる。例えば……君を蘇らせた魔法の秘密とかね」
三島の言葉にホーリーは僅かに反応を示した。その反応を見ながら、三島は話を続ける。
「君を蘇らせた魔法は、人がひとりで使うことの出来る限界を大きく超えている。その魔法は、必ず何かしらの『代償』を必要としているはずだ。それも、かなり大きな『代償』を……」
魔法の中には、ある一定の条件を満たした時や、代償を支払うことでのみ発動できる魔法がある。
それらの魔法は、魔力だけで発動できる魔法に比べ、強力な効果を発揮する。
そして、通常ならば魔法によって発生する代償は、魔法を発動した本人が支払う。
「でも見た所、君は何かを失っているようには見えない。だったら君を蘇らせた魔法の代償は、一体なんだろう?」
三島は核心を付く。
「私の勘だけど、おそらく代償は、協会のし―――」
話の途中で、ホーリーは『神罰の剣』を三島に振るった。『神罰の剣』は三島の服や体を傷付けることなく、すり抜ける。
三島はまるで眠るように目を閉じた。首がガクリと落ちる。
ホーリーは、彼女の頬に触れた。
魔法で調べるが、呼吸、脈拍、心音……などといった生命反応は全て消失している。
次に、ホーリーは探知魔法を発動させた。
対象は『この式場の中に居る生きた人間』。
探知魔法により、ホーリーはこの式場の中に今、生きている人間が二人居ることを知った。
今、式場の中に居る生きた人間は『安藤優斗』と『ホーリー・ニグセイヤ』の二人だけ。
仮死状態になっているわけでも、死んだフリをしているわけでもない。
ミケルドの姿をした三島由香里は、確実に死んだ。
そして、三島由香里はホーリー・ニグセイヤとは違い、死から蘇る魔法を使うことは出来ない。
多くの人間がそうであるように、三島由香里が死から蘇ることは絶対にない。
念のためとばかりに、彼女を拘束していたホーリーの『魔法蛇』が死体を強く締め付ける。
バキバキと骨が砕ける音がした後、まるでトマトを潰したかのように、大量の血液が辺りに飛び散った。
『魔法蛇』は口を大きく開けると、潰れた肉の塊を丸呑みにした。
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