第59話 Twitter人気投票記念~ホーリーIF~後編 

 彼が欲しい。彼を手に入れるためなら、何でもする。


 それが、ホーリー・ニグセイヤが少年を見た時に抱いた想いだった。


***


「王手」


「まっ、参りました」

 ホーリーと対局していた将棋部の副部長が頭を下げた。

「嘘だろ。あの副部長を……」

「マジかよ」

「あの女の子、本当に今日初めて将棋するの?」

 将棋部の部員達がざわめいている。

 当然だ。将棋部で二番目に強い副部長を、さっきルールを知ったばかりの人間が倒してしまったのだから。


 安藤と同じ将棋部に入部したいと言ったホーリーだったが、実は将棋のルールは知らなかった。

 安藤は一通り、最低限の将棋のルールだけをホーリーに教えた。

 それから数局指しただけなのに、ホーリーは何年も将棋をしている人間が手も足も出ない程強くなってしまった。


 初めはホーリーの美しさに目を奪われていた将棋部員達も、今は化け物を見る目でホーリーを見ている。


 ホーリーに敗れた副部長はガックリと肩を落としていた。

(……すみません)

 ホーリーが将棋部に入るきっかけを作った安藤は、なんだか申し訳ない気持ちになる。 

「おい、部長はまだか?」

「それが部長、クラスの用事で遅くなるとか」

「もう、部長しかこの子の相手出来ないだろ……」

 部員がザワザワと騒ぐ。

 すると、部室のドアが開いた。


 そこには、将棋部の部長が立っていた。

 

「あっ、部長!」

 部員達の目が一斉に、部長へと向く。

「どうかしましたか?」

 部長は無表情に部員達を見る。

「実は部長、かくかくしかじかで……」

「なるほど」

 事情を聴いた部長は首を縦に振る。

 部長はホーリーと副部長が対局した棋譜を確認すると、もう一度「なるほど」と頷いた。

「お名前を訊いてもよろしいですか?」

 部長はホーリーを見る。

 ホーリーは立ち上がり、優雅に一礼をした。

「お初にお目にかかります。私の名前はホーリー・ニグセイヤと申します」

 その綺麗な動作は男子部員ならず、女性部員も魅了した。

 だが、次の瞬間、ホーリーはメガトン級の爆弾を落とす。


「私は、アンドウ・ユウト様の恋人です」


「「えっ!」」

 ホーリーと安藤が付き合っている事を知らない部員達は一斉に安藤を見た。

「あの二人ってそうなんだ……意外」

「なんで、安藤があんな子と!」

(ああああああっっ!)

 安藤は心の中で叫び声を上げた。ホーリーさん!なんで言う!

「ふむ」

 部長は何かを考える。

「ホーリー・ニグセイヤさん」

「はい」

「私と対局しましょう」

 部室中がざわついた。

「はい、是非」


 ホーリーは、待ってましたとばかりに微笑んだ。


***


「凄い!」

「熱い戦いだ!」


 熱戦を繰り広げる部長とホーリーに部員達も息を飲む。安藤も二人の対局を手に汗握り見守っていた。


 そして……。


「参りました」

 熱戦の末、負けを認めたのはホーリーだった。

「ありがとうございました」

 部長も頭を下げる。

「さて、時間もすっかり遅くなってしまいましたね。今日の活動はここまでにしましょう」

 部長の一言で、本日の活動は終了となった。


「ああ、ホーリーさん。それに安藤君は少し残っていただいてもよろしいですか?」


***


 他の部員が帰り、部室には安藤とホーリー、そして部長だけが残った。


 一体なんの用だろうと安藤が思っていると、部長が口を開いた。

「ホーリーさん」

 部長は無表情でホーリーに話し掛ける。

 安藤はゾクリと恐怖を感じた。部長はとても綺麗な人だが、無表情がとても怖い。

 部長のことを、まるで蛇みたいだと言う人も居る。

 しかし、ホーリーはニコリと微笑んでいる。恐怖など感じていないように。

「何でしょう?」

 ホーリーが尋ねると、部長は淡々と言った。


「私は安藤君に恋愛感情を抱いてはいませんよ」


「えっ?」

 安藤は部長の言葉の意味が分からず首を傾げる。

 しかし、ホーリーは違う。

「本当ですか?」

 ホーリーは部長に再び尋ねる。


「はい、私には他に愛する人が居ますので」


 ホーリーは部長の目を見た後、フッと笑う。

「そうだったのですね。それは大変失礼いたしました。謝罪いたします」

「いいえ、気にしないでください。私が貴方の立場でも同じことをしたでしょう」


「ちょっと待ってください!」

 部長とホーリーの会話についていけない安藤は思わず口を挟んだ。

「一体どういうことですか?」

 安藤が訊くと、部長は答えた。


「安藤君。ホーリーさんは私と貴方が恋仲ではないかどうか調べるために将棋部に入ったのですよ」


「えっ!?」

 安藤は驚きの声を上げる。

「本当ですか?」

「はい、部長様がおっしゃる通りです」

ホーリーはあっさりと認めた。

「ユウト様は部長様のことをとてもお褒めしていましたので、つい嫉妬してしまいました」


 ホーリーに将棋部の部長はどんな人かと訊かれた時、安藤は部長が『将棋が凄く強い美人でクールな女子高生が居る』とテレビで紹介されたことや、プロの棋士に平手で勝ったことがあることを話した。

 それで、ホーリーは安藤と将棋部部長の関係が気になったらしい。 

「申し訳ありません」

「あっ、いえ、俺は別に怒っていません。部長も気にしていないようですし……」

「はい、私は何も怒っていませんよ」

 部長は安藤に同意する。

「ユウト様はお優しいですね」

 ホーリーはニコリと微笑む。カワイイ。

「でも、部長。よく分かりましたね。ホーリーさんが思っていたこと」

「対局すれば、相手のことは大抵分かりますから」

 部長は無表情でさらりとそう言った。


「それにしてもホーリーさんと安藤君は仲が良いですね。私も同じぐらい『恋人』と仲が良いのですよ」


 部長の無表情は変わらないが、その声は何処か明るく感じられた。

『安藤と仲が良い』と言われたホーリーは上機嫌で部長に尋ねる。

「その方の写真はありますか?」

「もちろんあります。見ますか?」

「是非」

 部長はホーリーにスマートフォンに保存していた『恋人』の写真を見せた。安藤も横から覗く。

(お、多い……)

 その量の多さに安藤は思わず引いてしまった。写真の中にはどう見ても盗撮したとしか思えないものも混じっている。

 しかし、ホーリーは気にする様子もなく写真を見続けた。

「優しそうな人ですね」

「そうなのです。彼はとても優しい人なのです。優しくて愛しくて、考え込む姿はとてもセクシーで、カッコ良くて、可愛くて、体からは甘い匂いがして、唇はとても柔らかく、髪の毛はサラサラしていて、目は澄んでおり、耳は……」

 普段無口な部長が、無表情のまま凄い勢いで話しまくる。安藤はあっけに取られていた。

 恋人のことがよっぽど好きなんだろうな。と安藤は思った。

 ちょくちょく、危ないことを言っている気がするが……。

 ホーリーは部長の話を「うん、うん」と頷きながら聞いている。

「その気持ち分かります」

「分かりますか!」

「はい」

 ホーリーは安藤を見る。


「愛する人のことは全て知りたくなりますし、全て欲しくなりますものね」


 ホーリーの言葉を聞いた安藤は、唇の端をヒクリと上げた。

「おっしゃる通りです」

 部長はホーリーの手をギュと握る。

「ホーリーさん」

「はい」

 部長はホーリーの耳元で何かを囁いた。

ホーリーは満面の笑みを浮かべる。


「はい、勿論です!」 


***


「部長さん。本当に良い人でしたね。連絡先も交換しました」


 ホーリーはニコニコしている。

「そうですか……」

 なんとなく危ない組み合わせのようにも思えるが、まぁ、楽しそうなので良しとしよう。

「ところで、さっき部長が何か耳打ちしていましたが、何と言ったんですか?」

 ホーリーは蠱惑的に笑う。


「『愛する人は、決して逃がしてはいけませんよ』と言われました」


「そ、そうですか……」

 安藤の頭に『巨大な蛇に捕えられた自分の姿』がイメージとして浮かんだ。思わず頭を横に振る。


「すっかり、暗くなってしまいましたね」

 ホーリーがポツリと言った。確かに周囲は暗くなっている。

「……ホーリーさん」

「はい」

「もう遅いですし、送っていきます」

 安藤がそう言うと、ホーリーは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」

 それから、ホーリーは安藤の手を握った。安藤は頬を掻き、その手を握り返した。


***


「……此処がホーリーさんの家ですか?」

「はい、そうです」

 ホーリーの家を見た安藤は思わず口を大きく開けた。


 目の前に、豪邸があった。


 あまりに大きなその家は、そこに立っているだけで見るものを圧倒する。

 例に漏れず、安藤も腰が引けた。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで……」

 安藤は帰ろうとしたが、ホーリーは安藤の手を握ったまま離そうとしない。


「よろしければ……家に寄っていきませんか?」


 心臓がドクンと跳ねる。

「えっ……いや、それは……」

「少しだけですから」

 ホーリーはじっと安藤の目を見つめる。

 安藤はかなり迷ったが、両親は今、旅行に出掛けている。遅くなっても文句を言う人間は居ない。

「分かりました。じゃあ……少しだけ」

「ありがとうございます!」

 ホーリーの顔がパァと明るくなる。

「では、行きましょう!」

 ホーリーは安藤の手を引き、家の中に招き入れた。


***


 家の中に入ると、たくさんの使用人と思わしき女性達がズラリと並んで居た。漫画やアニメなどでしか見たことのない光景に安藤は目を見開く。

その内の一人が前に出て深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ。ホーリー様」

「ただいま。ミケルド」

 ホーリーも普通にその女性に挨拶を返す。

「こちらは私の恋人であるアンドウ・ユウト様です。私の部屋にお通しいたしますので、後でお菓子とジュースを持ってきてください」

「……かしこまりました」

「さぁ、ユウト様。こちらへ」

「お、お邪魔します」

 安藤はオドオドしながら、ホーリーに付いていく。

 廊下には、絵画や高級そうな壺が沢山飾ってあった。


「此処が私の部屋です」

 ホーリーは部屋のドアを開けた。

「どうぞ。お入りください」

「は、はい。し、失礼します!」

 女性の部屋に入ったことが一度もない安藤は緊張のあまり、まるでロボットのような動きで、ホーリーの部屋の中に入る。


 ホーリーの部屋の中にはパソコンが置いてある机、高さ三十センチ程のテーブル、大きめのベッドがあった。

ベッドの枕元にはクマのぬいぐるみがいくつか置いてある。

 意外と可愛らしい部屋だなと安藤は思った。


「さぁ、ユウト様。こちらへ」

 ホーリーは高さ三十センチ程のテーブルの前に座ると、自分の隣に座るように安藤に促した。

「じゃあ……失礼します」

 安藤はぎこちなくホーリーの隣に座る。すると、コンコンとドアがノックされた。

「失礼します。ホーリー様」

 使用人のミケルドが入ってきた。

 ミケルドはテーブルの上にお菓子とジュースを置く。

「では、失礼します」

「ご苦労様。ミケルド」

「……はい」

 ミケルドが部屋から出ていくと、ホーリーは立ち上がり、部屋のドアに鍵を掛けた。安藤は驚く。

「な、なんで鍵を掛けるんですか?」

安藤が尋ねるとホーリーは「ユウト様と話している最中に使用人の人に入って来て欲しくないからです」と答えた。

「さぁ、お菓子とジュースをどうぞ。遠慮なさらずに」

「い、いただきます」

 安藤はテーブルに置かれたお菓子を食べる。それは今まで安藤が食べたどのお菓子よりもおいしかった。


 それから、安藤とホーリーはクラスのこと、部活のこと、ホーリーがしている習い事、テレビや最近安藤が読み始めた漫画の話など、些細な雑談を交わした。

 ホーリーは幸せそうにニコニコと笑っている。


(ん?)

 その時、安藤は自分の体に違和感を覚えた。

(なんだか、体が熱い……?)

 妙に体が熱い。心臓の音も大きくなり始めている。

「ユウト様?どうかなさいましたか?」

「いえ……なんでも……―――ッ!」

 大丈夫だと伝えたかった安藤だったが、ホーリーを見た瞬間、息を飲んだ。


 ホーリーがいつもより魅惑的に見える。

綺麗な白い髪、潤んだ目、紅い唇、座った状態のスカートから伸びた足、そして膨らんだ胸。それらに自然と目が行く。


(くそっ、どうしたんだ?俺?)

 自分に起きている異変に安藤は混乱する。ただ、このまま此処に居てはまずいことだけは理解できた。

 早く、帰らなければ。

「じゃ、じゃあ。俺……そろそろ、帰りますね」

安藤は慌てて立ち上がり、部屋から出ようとする。

「待ってください」

ホーリーも立ち上がる。そして、安藤の前へと回り、部屋から出ようとするのを引き留めた。

「もう少し、良いではありませんか」

「い、いえ……もう、帰ります。お菓子とジュース。ありがとうございました。今日は楽しかったで……」

「ユウト様」


 ホーリーは安藤を抱きしめた。大きな胸が安藤に押し付けられる。


「ちょっ……ホ、ホーリーさん!?」

 ホーリーは困惑する安藤をベッドの上に押し倒すと、上からキスをした。

「んっ」

「んんんんんっ!?」

 長いキスの後、ホーリーは安藤から唇を離し、さらに強く密着する。

「ホ、ホーリーさん……は、離してください!」

「嫌です」

ホーリーは安藤の耳元で囁く。


「今夜は……泊ってください。このまま私と一緒にベッドの上で夜を明かしましょう」


「―――ッッ!?だ、ダメです!」

 顔を真っ赤にしながらも、安藤はハッキリと拒否する。

「何故ですか?」

「何故って……俺達はまだ高校生です。こんな、こんなことしては駄目です!」

「――――フウ」

 ホーリーは安藤の耳元に息を吹きかけた。

「――――ッッッ!!」

 全身がゾクリと震える。心臓が飛び出しそうな程、高鳴った。

「ユウト様、我慢なさらないでください」

ホーリーは安藤の体に指を這わせる。

「本当は、ユウト様も私と……」

「だ、ダメです!」

 安藤はホーリーの肩を掴み、引き離す。

「や、やめてください!お願いですから!」

 安藤は激しく首を横に振る。このままでは理性を保つことが出来ない。

「……」

 ホーリーは安藤の顔をじっと見つめる。


「分かりましたユウト様。ユウト様がそんなにおっしゃるのなら、やめましょう」


 ホーリーは静かに頷いた。

「ほ、本当ですか?」

 安藤は、ほっと息をつく。

「その代わり、私の願いを聞いてください」

「ね、願い?」

「はい」

 ホーリーはまた安藤に抱き付き、その耳元で甘く、蠱惑的な声で囁いた。


「『私と結婚する』と約束してください」


「そ、それは……!」

 ホーリーの言葉に、安藤は動揺する。

「法律的に結婚できる年齢になり、ユウト様が私と結婚しても良いと思えた時でかまいません。その時になったら、私と結婚すると約束してください」

「で、でも……」

「約束できませんか?それなら、このまま私と……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 安藤の頭は真っ白になる。どうすれば良いか分からない。

「ユウト様、どちらか選んでください」

 安藤の心の声を聞いたかのように、ホーリーは言う。


……


「――――ッ……そ、そんな……!」

 チュッ、と安藤の首筋にホーリーは軽くキスをした。


「どうなされますか?ユウト様」


***


 一時間後、ホーリーがベッドで横たわっていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します」

 入って来たのは、ミケルドだった。

「アンドウ・ユウト様をご自宅にお送りいたしました」

「ユウト様のご様子は?」

「とても疲れたご様子でした」

 ホーリーは微笑む。

「ご苦労さまでしたミケルド。約束通り、給料とは別に報酬をお渡しいたします」

「ありがとうございます。しかし……」

 ミケルドは「ハァ」とため息を付く。


なんてもう二度としたくありませんよ?」


 安藤の食べたお菓子とジュースには特別な薬が混ぜられていた。

 人間の三大欲求。その内の一つを急速に高める効果を持つ薬だ。


「大丈夫です。おそらく、もう頼むことはないでしょう」

「そうですか?なら良いのですが……」

 ミケルドは「それにしても」と、安藤のことに触れる。

「あの薬を飲ませたのに何もされずに帰るとは……よほど真面目な方なのですね」

「はい、ユウト様はとても真面目な方なのです。今回は少し、残念でした……」

 しかし、言葉とは裏腹にホーリーに落ち込んだ様子はない。

何故なら……。 


「ですがその代わり、ユウト様は『私と結婚する』と約束してくださいました」


『わ、分かりました!ホーリーさんと将来結婚すると約束します!』

『本当ですか?』

『はい、本当です。ですから、離れて……』

『嬉しいです』

『ちょっ……だ、抱き付かないでください!』


 こうして、安藤はホーリーと将来結婚することを約束した。

 安藤は、とても真面目な人間だ。例えそれが口約束だとしても、まっとうな判断が付かない状態での約束だとしても、一度した約束は守る人間だ。

 結婚すると約束したのなら、ほぼ間違いなく将来結婚することを真剣に考えるだろう。


 そのことをホーリーは知っている。


 幸せそうに笑うホーリーを見て、ミケルドは思う。

 おそらく、ホーリーは最初から安藤が、自分の誘惑を拒否することを予測していた。

その上で『自分の誘惑を拒絶するなら、将来結婚すること』を条件として出したのだろう。

 本来、安藤は『ホーリーの誘惑を受け入れる』ことも『ホーリーと将来結婚の約束をする』ことも両方断ることが出来た。


 しかし、薬により判断力が鈍っていた安藤は『両方断る』という選択肢を思いつけず、どちらか一方を必ず選ばなければならないと思ってしまった。


 ホーリーが安藤に薬入りのお菓子を食べさせたのは、自分の誘惑を受け入れさせるためというよりも、安藤から判断能力を一時的に奪うためだったのだろう。


(全く、自分の主人ながら、恐ろしい方だ)


***


 ホーリー・ニグセイヤ。彼女には『人のオーラが観えるという』特殊能力があった。


 優しい者、残酷な者、活発な者、暗い者、謙虚な者、欲望に忠実な者……。オーラはあらゆることを彼女に教えてくれた。

 オーラを正確に読み取り、言葉巧みにうまく誘導すれば、その人間を意のままに操ることは簡単だった。


 ホーリーの力に気付いた両親は、その力を利用して、巨大な利益を上げることが出来た。

両親が経営していたどこにでもある会社が、世界有数の企業に成れたのは実は、ホーリーのおかげだった。


しかし、ホーリーの力を利用していたつもりだった両親も、実はホーリーによって、そうなるように誘導されていただけだった。


『自分のこの力は多くの人を救うためにある。そして、多くの人を救うためには、たくさんのお金が必要』


 ホーリーは常にそう思っていた。

しかし、自分の年齢では、お金を稼ぐことは出来ない。そのため両親を利用し、自分の代わりにお金を稼がせていた。


 ホーリーは両親に慈善事業もやるように言い、両親はその言葉に従って多くの慈善事業を手掛け、たくさんの人を救った。


 ある日のことだ。娘のご機嫌取りのために、両親はホーリーが前から行きたいと言っていた日本に連れてきた。

ホーリーは車に乗り、日本のあらゆる場所を観光した。

 ある場所の観光を終え、次の観光場所に向かう時、ホーリーは何気なく車の窓から外を見た。


 窓の外には、自分と同じ年ぐらいの少年が歩いていた。ホーリーの目に、その少年のオーラが映る。

 その少年のオーラを観た瞬間、ホーリーに雷が落ちたような衝撃が走った。


彼のオーラは心地よく、温かく……そして、綺麗だった。


『運命』だと、ホーリーは思った。


「車を停めてください!早く!」

 気付いたらホーリーは叫んでいた。

いつも大人しいホーリーが叫んだことに運転手はとても驚く。

しかし、停車出来る場所はどこにもなく、車はそのまま走り続けるしかなかった。

 少年は直ぐに道を曲がり、そのまま見えなくなってしまった。


 彼が欲しい。彼を手に入れるためなら、何でもする。


 それが、ホーリー・ニグセイヤが少年を見た時に抱いた想いだった。


 普通の人間なら異国の、それも数秒見ただけの少年を探すなど出来ないだろう。

 だが、ホーリーには少年を探せる『記憶力』と『能力』、それに『財力』があった。

 少年の顔、少年を見た場所、少年を見た時間、少年の服装や持ち物、それらを完全に記憶していたホーリーは大金と数年の時間を掛けて、少年の名前を割り出した。


 安藤優斗。それが彼の名前だった。


 さらに安藤が通っている学校を調べたホーリーは、あらゆる手段を用いて日本に渡り、安藤が通っている学校のクラスに転入した。


「彼と再会したら必ず、結婚しよう」

 ホーリーは、そう決意していた。


 そしてホーリーは願い通り、安藤と結婚の約束をすることができた。


 待っているだけでは、自分の恋は叶わない。

 恋を叶えることが出来るのは、自分から動いた者だけだと、ホーリーは知っていた。


***


 安藤がホーリーと結婚の約束をしてから数年後。

 タキシードを着た安藤が式場に居た。


 今日は安藤優斗とホーリー・ニグセイヤの結婚式だ。


 参列者の中には、安藤の親友である三嶋や、かつて安藤が所属していた将棋部の部長、それにミケルドの姿もあった。

 最初に安藤が式場に入り、祭壇の前で待機していると、次に花嫁であるホーリーが式場に入ってきた。

 純白のウエディングドレスに身を包んだホーリーはこの世の者とは思えない程、美しかった。

 ホーリーはゆっくりと歩き、安藤の居る祭壇の前へとたどり着く。


 牧師が口を開き、安藤に言葉を掛けた。


「新郎『安藤優斗』、あなたはここに居る『ホーリー・ニグセイヤ』を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 安藤は答える。

「はい、誓います」


 次に牧師はホーリーに問う。


「新婦『ホーリー・ニグセイヤ』、あなたはここに居る『安藤優斗』を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 ホーリーは即答した。

「はい、誓います」


 牧師は頷き、二人に言う。

「では、誓いのキスを」


 安藤はホーリーのベールをゆっくり上げる。

そして、ホーリーの唇にキスをした。


 鮮血も、叫びも、狂気も、怯えも、恐怖も、絶望も、何もない。

 皆が笑顔の幸せな結婚式だった。


***


 結婚式の後、ホーリーは安藤に尋ねた。


「ユウト様、もしもの話をしても良いですか?」

「なんですか?」

「もし、この世界とは別の世界があり、そこにも私とユウト様が居たとしたら……同じように私達は結ばれているでしょうか?」

 ホーリーは安藤の目をじっと見つめている。

「はい、きっと

 安藤は笑顔でそう答えた。

「ありがとうございます。ユウト様」

 ホーリーも笑顔になる。


「私は、とても幸せです」



――――――――――――――――――


これで特別編は終わりです。次から本編に戻ります!

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