第58話 Twitter人気投票記念~ホーリーIF~前編

 予告していた通り、特別編「ホーリーIF」をお届けします。


 ご存じない方に説明すると、Twitterで8月8日から1週間「安藤優斗」「菱谷忍寄」「三島由香里」「ホーリー・ニグセイヤ」の人気投票を行いました。

 人気投票を行った結果「ホーリー・ニグセイヤ」が1位となりましたので、その記念に特別編を公開します。本編には影響しませんので読み飛ばして頂いても大丈夫です。

 特別編は「前後編」を予定しています。


 なお、この話は2022年4月以降の時間となっています。


――――――――――――――――――――――――


 安藤優斗は大きな欠伸をしながら教室に入った。


「おう、安藤。おはよう」

「おはよう」

 安藤はまだ眠気が残る声でクラスメイトに挨拶を返す。

「昨日、風邪で休んでたけど、もう大丈夫なのか?」

「ああっ、何とかな。後で、ノート見せて」

「良いぜ。ところでさ。昨日とんでもない出来事が起きたんだぜ、なんと……!」

「『超美人の転入生』が来たんだろ?メッセージで見た」

「そう!そうなんだよ!滅茶苦茶美人でさ!スタイルも凄く……おっと、来たぜ!」

 友人が教室の入り口を指差す。

 クラス中、いや、学年中の噂になっている転入生が教室に入ってきた。


 彼女の名前はホーリー・ニグセイヤというらしい。


 遠い国から親の仕事の都合で日本に来たとのことだ。なんでも親は世界でも有名な大企業の社長らしい。

 彼女は話に聞いた通り、とても美人だった。

 白い髪はとても綺麗だし、目や鼻や口は人形かと思うぐらい整っている。足はスラリとしており、胸はとても大き……。

「ううんっ!」

 そこまで考えた所で安藤はホーリーから目を逸らした。これ以上、ジロジロ見るのは彼女に失礼だと思ったからだ。


「彼女、日本語凄く上手なんだぜ!もう、ペラペラ」

「へぇ」

「しかも、頭も良いし、スポーツも出来る!昨日は数学の立原の計算ミスを指摘するし、体育のバスケじゃあ、ほとんど一人で得点を入れてた!」

「それは、凄いな」

 天は二物を与えずとは言うが、それは間違っている。


 天は二物どころか、三物も四物も与える。


 天才とは、どこにでも居るのだなと安藤は思った。

 それは、そうと……。

(挨拶した方が良いのかな?)

 昨日、クラスメイトの自己紹介は終わっているはずだ。

 だけど、安藤は休んでいたのでホーリーに自己紹介をしていない。

 安藤は、もう一度ホーリーを見た。

 既に人気者となっているホーリーは、たくさんのクラスメイトに囲まれていた。中には他所のクラスから来ている人間も居る。

 今は、とても挨拶には行けそうにない。

(まぁ、いっか。後で行けば)

 その内、挨拶する機会もあるだろう。安藤がそう思った時だ。


 不意にホーリーが安藤を見た。

 安藤とホーリー、二人の目が合う。


 ホーリーは一瞬、固まった後、ゆっくり口を開いた。

「見付けました」

 ホーリーは自分の席から立ち上がり、安藤の元まで歩いて来ると、安藤に「あの」と話し掛けた。

「えっ?お、俺ですか……?」

 安藤は自分を指差す。

 まさか、ホーリーの方から話し掛けて来るとは、微塵も思っていなかったので、とても驚いた。


 目の前で見るホーリーは一段と美しい。

 

「な、何でしょう?」

 あまりの美しさに同じ年齢なのに思わず、敬語を使ってしまった。

「アンドウ・ユウト様ですね?」

「えっ、あ、そ、そうです!」

 なんで自分の名前を知っているのだろう?と思ったが、きっと休んでいる間に教師か誰かが安藤の名前をホーリーに教えたのだろう。


 安藤は立ち上がり、ホーリーに挨拶する。

「安藤優斗です。よろしくお願いします」

「ホーリー・ニグセイヤです。末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願……んっ?末永く?」

 一瞬、引っ掛かったがきっと言い間違いだろう。

 日本語はペラペラとのことだが、まだ知らない日本語や使い方を間違えている日本語があったとしてもおかしくはない。


「ユウト様」

 ホーリーは安藤を下の名前で呼んだ。

 これも深い意味はないだろう。外国では名字と名前の順番が日本とは逆の国もある。

 きっと、ホーリーは名字で呼んだつもりなのだろう。と、安藤は一人で納得した。

 しかし、自分ごときに「様」を付ける必要はない。そこだけは訂正しなければ。

「えっと、『様』は……」

「私と結婚してください」

「付けなくても良いですよ。普通に名前で呼んでくだされば……えっ?」

 安藤は、ホーリーが何を言ったのか理解できなかった。

「えっと、今……何と?」

 安藤が尋ねると、ホーリーは笑顔で先程の言葉をもう一度言った。


「私と結婚してください」


 その言葉は安藤だけでなく、教室の中に居たほとんどの人間に聞こえた。

「「「「「「「「ええっ!!!!!!?????」」」」」」」」

 クラスメイト、及びホーリー目当てで来ていた他所のクラスの人間全員が驚きの声を上げる。

「……えっ?」

 安藤は何が起きたのか分からず、唯、今の状況を整理することで頭が一杯だった。


 やがて教師が来て朝のホームルームが始まった。

 他のクラスから来ていた人間は急いで自分の教室へと戻る。


 教師が今日の連絡事項について話すが、真剣に聞いている生徒は誰も居なかった。


***

 

 一限目の授業が終わると、ホーリーは再び安藤の元へとやって来た。


「私と結婚してください」


 そして、また安藤にプロポーズした。再び教室中がざわめく。


「と、とりあえず、こっちへ」

「はい」

 安藤は、普段あまり人が来ない場所へとホーリーを連れてきた。

「あの……」

「はい、ユウト様」

 ホーリーは嬉しそうに笑う。美人に免疫のない安藤は顔を紅くしながらも、何とか話すことが出来た。


「もしかして、『友達になってください』って言おうとしたんですか?」


 一限目の授業中、安藤はずっとホーリーのプロポーズのことばかり考えていた。

 そして、ホーリーは「友達になってください」と言いたかったのではないか?という結論を出した。


 結婚してください。と言われた時は驚きのあまり、頭が真っ白になったが、冷静に考えれば話したこともない相手に結婚を申し込むはずがない。

 しかし、ホーリーは冗談を言っているようには見えなかった。


 だとすれば、考えられるのはやはり、『言い間違い』だ。


 もしかしたらホーリーは「友達」と「結婚」を間違えて覚えたのではないか?

 誰かのイタズラで、ホーリーは間違えた言葉を覚えさせられた可能性もある。

「もし、『友達になってください』って言おうとしたのなら、喜んで友達に……」

「いいえ、私は『結婚してください』と言いました」

 ホーリーはきっぱりと否定する。

「あの……失礼ですけど『結婚』の意味は分かっていますか?結婚と言うのは……」


「永遠の愛を誓って、法的な手続きを行い『夫婦』となることです。『婚姻届け』を役所に提出し、それが承認されることによって、二人は『夫婦』となります。日本の場合、男性、女性共に満十八歳以上で結婚することが出来ます*。結婚には二人の証人が必要となりますので『婚姻届け』に署名及び、押印をしてもらいます。他には運転免許証やパスポート、マイナンバーカードといった本人確認書類。本籍地以外に届ける場合は、戸籍謄本(全部事項証明書)が必要になります。また、外国の人間と結婚する場合には、『婚姻要件具備証明書とその日本語の訳文』や他にも……」


 ホーリーは『結婚』についてペラペラの日本語でスラスラと答えた。

(……完全に理解している)

 ホーリーは完璧に『結婚』の意味を理解していた。

 だったら、どうして自分なんかと結婚したいなどと?


「愛しているからです」


 ホーリーは安藤の心を見透かしたようにそう言った。

「えっ?あ、愛……?」

「愛しています。ユウト様」

 ホーリーは安藤の手をぎゅっと握る。


「私と結婚しましょう」


 ホーリーの目は真剣そのものだった。

「で、出来ません」

 安藤はホーリーの手を振り払う。

「何故ですか?」

「えっと……それは……その……」

「どなたか、他にお付き合いされている人がいるのですか?」

「いいえ……そんな人は、居ませんけど……」

「私の容姿に、何かお気に召さない点でも?」

「い、いいえ。そんなことありません!」

「でしたら、何故ですか?」ホーリーはさらに尋ねる。

「そ、それは……法的に俺はまだ、結婚できませんし……」

 安藤もホーリーもまだ、十八歳に達していない。これでは結婚したくても出来ない。


「もちろん、結婚は今すぐというわけではなく、ユウト様と私が十八歳になったら……ということです。ユウト様と私が十八歳になりましたら直ぐに役所に結婚の手続きを……」


「ま、待ってください!」

 安藤は慌てて、首を横に振る。

「あ、あの……俺がホーリーさんと結婚できない理由は、年齢だけではなく……その……」

「なんでしょう?なんでもおっしゃってください」

「お、俺とホーリーさんは今日初めて会ったばかりです。俺は、ホーリーさんのことを全然知りません。知らない人と結婚なんて……その……」


「今日初めて会った。ですか……」


 何故か、ホーリーはクスリと笑った。

「分かりました」

 ホーリーは頷く。

 分かってくれたか。ホッとする安藤にホーリーは言った。


「では、結婚を前提に私とお付き合いしてください」


***


「それで?どうなったんだ?」


 翌日。安藤は別のクラスに居る幼馴染の男子生徒と昼食を取っていた。

「結婚前提で付き合うのは、無理だって断ったよ」

 幼馴染の男子生徒は「ふうん」と言った。

「だけど、話を聞いた限りじゃ、そのホーリーさんは諦めなさそうだけどな」

 鋭い。と安藤は思う。

「実は、その後こう言われた」


『ならば、結婚を前提にではなく、普通のお付き合いをしましょう。それなら良いですよね?』


 幼馴染の男子生徒は、グイと安藤に顔を寄せた。

「それで、なんて答えたんだ?」

 安藤は頬をポリポリと掻く。

「それなら良いって、答えた」

「……と、いう事は……」

 安藤はコクリと頷く。


「ホーリーさんと付き合うことになった」


 幼馴染の男子生徒は「おおっ!」と声を上げた。

「そうか、そうか!お前にもついに彼女が出来るのか!」

「ちょ……声が大きいって!」

 安藤は、慌てて周囲を見回す。幸い、話を聞いている人間は誰も居ないようだ。

「しかし、お前に彼女が出来るとはなぁ……お前、小学校の時にも女子に告白されていたけど、その時は断っただろ」

「うん、まぁ、全然知らない子だったからね。それにその子、すごく可愛かったから……俺にはもったいないと思ったんだ」

 安藤はフウとため息を吐く。


「でも、今回も良く知らない……というか初めて会った子だったんだろ?しかも、同じく凄く美人だ。どうして、今回は付き合おうと思ったんだ?」

「えっ?」

 言われてから気付く。そういえば、どうして今回は付き合おうという気になったのだろう?自分でも分からない。

 幼馴染の男子生徒は「フッ」と笑う。


「優斗。それは『ドア・イン・ザ・フェイス』ってテクニックだ。見事に引っ掛かったな」


「ドア……何?」

「ドア・イン・ザ・フェイス。人は相手からの頼みを断ると、罪悪感を持つ。そして、人は罪悪感を持つと何とかしてそれを消したいという心理が働く。それを利用したテクニックだ」


 例えば、と幼馴染の男子生徒は続ける。

「俺が優斗に『十万円貸してくれ』と頼んだとする。お前は十万円貸してくれるか?」

「……ちょっと無理だね」

「なら優斗。『十万円が無理ならせめて、一万円貸してくれ』。どうする?」

「まぁ、一万円ならなんとか……」

 幼馴染の男子生徒はニヤリと笑う。

「優斗、もし俺が最初に『一万円貸してくれ』って言っていたら貸してくれたか?」

 安藤は少し考える。

「……いや、貸してなかったと思う」


「これが『ドア・イン・ザ・フェイス』だ」

 

 幼馴染の男子生徒は、説明する。

「最初にとても大きな要求をして、次に小さな要求をする。相手は最初の要求を断った罪悪感からつい、小さな要求を受け入れてしまうんだ」

「なるほど……」

「これは、訪問販売でも使われるテクニックだから気をつけろよ。特に、お前みたいなお人良しはカモにされやすい」

「肝に銘じます」

 安藤は素直に頷く。


「じゃあ、ホーリーさんは最初から断られるのが分かっていて、俺に『結婚してくれ』って言ったってことか?」


「そうだ。最初の『結婚してくれ』って要求は、通らないと向こうも思っていたはずだ。で、『結婚してくれ』って要求をお前が断ったら向こうはなんて言ってきた?」


「『結婚を前提に私とお付き合いしてください』って……」


「要求を一段下げたわけだな。お前がそれも断ると向こうはなんて言った?」


「『普通のお付き合いをしましょう』って」


「それにお前はOKした」

「……うん」

「ホーリーさんは、見事に自分の要求を通したということだな」


 幼馴染の男子生徒は、持っていたメロンパンにむしゃりと齧り付く。

「おそらく、ホーリーさんは最初から『お前と付き合う』ことを目標にしていたはずだ。そのために、最初は大きな要求をして、それが断られると、どんどん要求のレベルを下げたんだ。そして、見事に『お前と付き合う』という目標を達成した」

「はぁ……なるほど」

 安藤は、思わず感心してしまった。

「だけど、そんな回りくどいことしなくても最初から……」

「もし、最初から『私と付き合ってください』ってホーリーさんが告白していたら、お前は交際していたか?」

「うっ……」

「どうせ、お前のことだ。『会ったばかりだから』とか『自分にはこんな美人、ふさわしくない』とか思って断ったんじゃないのか?昔みたいに」

「ううっ……」

 確かにそうかもしれない。


 最初からホーリーに『結婚してください』ではなく、『付き合ってください』と言われていたら安藤は断っていたかもしれない。


「だけど、どうしてそこまでして俺なんかを?今日初めて会ったのに……」

「さあな。それは直接本人に訊け。おっと、そろそろ休み時間が終わるな。じゃ、俺は自分の教室に戻るから。後は頑張れよ!」

 幼馴染の男子生徒は、安藤の肩をポンと叩いた。


「ありがとう、三嶋みじま


 安藤の昔からの幼馴染である三嶋由里みじまゆさとは右手を上げて、安藤の礼に応えた。


***


 数日後の昼休み。


「はい、ユウト様。あーん」

「あ、あーん」

 安藤は差し出された玉子焼きを口に入れた。

「おいしいですか?」

「はい、とても……」

「それは良かったです」

 ホーリーはまるで花のように笑う。綺麗だと安藤は思った。

 

 此処は、人があまり来ない中庭。

 安藤は、ホーリーが作ってきた弁当を食べさせてもらっていた。


「今日はユウト様にお弁当を作ってきました」


 ホーリーはそう言って弁当を広げると、器用に箸を使って、まるで雛に餌をやる親鳥の如く、安藤に弁当を食べさせた。

 最初は、教室で弁当を食べさせてもらっていた安藤だったが、クラスメイトの好奇な視線や、嫉妬の視線に耐えられず、場所を移動したのだ。

 最も、ホーリーは安藤とは違い、どんな視線を向けられても全く気にする様子はなかった。


「次は唐揚げです。はい、あーん」

「あ、あーん」

 差し出された唐揚げを食べながら安藤は思った。


 完全にバカップルだな。


 この二人が出会ってからまだ数日しか経っていないとは、二人のことを知らない人間が知ったらとても驚くだろう。

(それにしても、本当に綺麗な人だな)

 ホーリーを横目で見ながら、安藤は心の底からそう思う。

(綺麗だし、頭は凄く良いし、すごく優しいし……完璧だよな)

 どうして、こんな人が俺を?

 安藤は何度かホーリーに聞いてみたが、ホーリーはいつも「愛しているからです」としか答えなかった。


「ところで、ユウト様は『将棋部』に入っているのですよね?」

 食べさせてもらった唐揚げをモグモグと咀嚼していると、ホーリーが訊いてきた。

 安藤は唐揚げをゴクリと飲み込み、答える。

「はい、そうです。将棋部に入っています。だけど、皆強い人ばかりで全く勝てません……特に部長はレベルが違います」

「部長さん?」

「部長は、『将棋が凄く強い美人でクールな女子高生が居る』ってテレビで紹介されるくらい強いんです。そのテレビの企画で、プロ棋士と平手で指したんですが、圧勝してしまって……学校でもかなり話題になりました」

「そうですか……」

 ホーリーはニコリと微笑む。綺麗だ。

「ユウト様」

「はい」


「私も将棋部に入部します!」


――――――――――――――――――――――――


*2022年4月以降、男性、女性共に満十八歳以上で親の同意なく結婚できるようになります。


 2020年の現在では、男性は満十八歳以上、女性は満十六歳以上で結婚できますが、親の同意書が必要となります。


 またこの先、法改正により他にも『結婚』の制度が変わる可能性もあります。

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