第56話 ブラッディ・ウエディング⑤

「『大魔法使い』……だと!?」


 シルビアは目を見開く。

 ラシュバ国の『大魔法使い』と言えば、ソウケ国の『大賢者』、イア国の『魔女』と並んで協会の『聖女』と同格の力を持つと言われている魔法使いだ。

 ラシュバ国の『大魔法使い』はイア国の『魔女』に殺されたという噂もあるが……。


「何故……何故、大魔法使いが此処に居る?」

「何故って、決まってるじゃないか」

『大魔法使い』……三島由香里は倒れている『聖女』の傍で座り込んでいる人物に目を向ける。


「優斗を迎えに来たんだよ」


 三島は幸せそうに笑った。

「ユウト……『聖女様』の伴侶になるアンドウ・ユウト殿のことか?」

「違うよ。優斗は『聖女』の伴侶になる人間じゃない」

 三島は、シルビアの言葉をきっぱりと否定する。


「彼は、私の伴侶となる人間だ」


「何を……言っている?」

 シルビアは混乱する。

『聖女』の結婚相手となるはずだった男を『大魔法使い』は、「自分の伴侶となる人間」と言った。

 シルビアは、安藤に目を向ける。

「……由香里」

 安藤は恐怖に怯えながらも、『大魔法使い』の名前を呼んだ。

 確かに『大魔法使い』と『アンドウ・ユウト』は知り合いらしい。 


 そして、シルビアは、結論を出す。にわかには信じがたい結論を。


「まさか……お前は、アンドウ・ユウト殿を奪うために『聖女様』を殺したのか?」

「少し違うね」

 三島は首を横に振った。


「優斗は最初から私のものだよ。私から優斗を奪おうとしたのは『その女』の方だ」


 協会の『聖女』を三島は『その女』呼ばわりする。

「私と優斗は相思相愛だ。それを『その女』が無理やり奪おうとしたんだ。優斗の罪悪感に付け込んでね」

 シルビアは鋭い目で三島を睨む。

「嘘だ!『聖女様』がそんなことをされるわけがない!」

 シルビアは剣を大きく振った。

「全て、お前の妄言だ!」

 シルビアは熱心な協会の信者だ。『聖女』のことも心から崇拝している。

 ゆえに、今の三島の言葉は聞き捨てならなかった。


「ああ、なるほど。君は『協会』から何も聞いていないんだね」

「何!?」

「私が今言ったことは、全部本当だよ。ねっ、優斗」

「あっ……ああっ……」

 三島は安藤に同意を求めるが、安藤は口をパクパク動かすだけで、何も話すことが出来ない。

 三島は、悲しそうな表情で安藤を見る。

「可哀想に……でも、大丈夫。直ぐに私が

 そう言って、三島は安藤に近寄ろうとする。


「アンドウ・ユウト殿に近づくな!」


 シルビアは三島に向かって叫ぶ。

「それ以上、アンドウ・ユウト殿に近づいてみろ。その首を斬り飛ばす」

 シルビアは剣に闘気を纏わせる。


 シルビア=ダーボン。

 彼の剣士としてのランクは『中堅剣士』だが、それは決して実力が不足しているという訳ではない。彼の強さは『高等剣士』に匹敵する。

 ただ、中堅剣士から高等剣士に上がるためには実力の他に、高貴な身分の家柄出身であることが条件となる。

 シルビアの家柄はおせじにも高貴な身分とは言えない。そのためシルビアは『高等剣士』に上がることが出来なかったのだ。


 しかし、その実力を協会の人間が見抜き、彼を『協会直属の剣士』とした。

 それは、とても名誉あることだった。彼の身分を馬鹿にしていた者達の目も一気に変わった。

 協会が自分を『協会直属の剣士』としてくれた恩を、シルビアは忘れたことはない。


(『聖女様』が愛した男を、『聖女様を殺した奴』に渡すわけにはいかん!)

 たとえ、聖女が死んだとしても、聖女が愛した者は必ず守る。

 それが、シルビアという人間だ。


 何より、三人の仲間を殺した『大魔法使い』をシルビアは許せなかった。


「はああああああ!」

 シルビアはさらに、剣に闘気を纏わせる。切れ味が何百倍にも増したシルビアの剣はもはや『兵器』と化していた。


 シルビアは三島に剣を向ける。

「『大魔法使い』。貴様は妄言を垂れ散らかす哀れな人間だ。おそらく、貴様はそこにおられるアンドウ・ユウト殿に対して、一方的に想いを抱いていたのだろう。そして、いつしか自分とアンドウ・ユウト殿が相思相愛だと思い込むようになった!そうだろう!」

「……」

「『大魔法使い』、貴様は妄想を拗らせた唯の『ストーカー』だ」

 シルビアは三島を鋭く睨み、言い放った。


「アンドウ・ユウト殿に近づくな!この使が!」


「……フフッ」

 三島は口に手を当て、笑った。

「『ストーカー魔法使い』か……前にも同じことを言われたな。まぁ、それを言った人間は二度と優斗に近づかないようにしたけど」

 三島はシルビアを見つめる。

「優斗と私の仲を引き裂こうというのなら……君も敵だね」

「―――ッ!」

 三島の雰囲気が変わった。明確な敵意がシルビアに向けられる。

「来なよ。協会の飼い犬さん」

「行くぞ!」

 シルビアは、自分の体に身体能力向上の魔法を掛けるのと同時に地を蹴った。

 まさに、神速。シルビアは一気に距離を詰め、『大魔法使い』の目前に迫った。

 魔法を使われては、シルビアに勝ち目はない。だから、『大魔法使い』が魔法を発動する前にケリを付けようとした。

「死ね!」

 シルビアはそのまま剣を振り下ろす。しかし―――。

「……くそっ!」

 振り下ろした剣は、『大魔法使い』の体に触れる前にパキンと音を立て、真っ二つに折れた。

(俺の剣技でも、こいつの結界を破れないのか!)

 シルビアはギシリと歯を強く噛みしめた。


「もうおしまい?なら、こちらの番だね」


 三島はパチンと指を鳴らした。その瞬間、シルビアの体が浮き上がった。

「なっ!?」

 二メートル程浮き上がったシルビアはそのまま空中で静止する。体を動かそうとするが、動かない。

 そんなシルビアに魔女はそっと手を伸ばした。

 此処までか……シルビアは死を覚悟する。

(申し訳ありません『聖女様』……貴方が愛したアンドウ・ユウト殿を守れませんでした……)

 シルビアは顔を歪めた。


「どう?怖い?」

「……」

「ねえ、怖い?」

「……馬鹿にするな!『大魔法使い』!」

 シルビアは、目を逸らすことなく、真正面から三島を見る。

「殺すなら殺せ!俺は『協会』に仕える者だ!死など恐れぬ!」

 シルビアの言葉を聞いた三島は、フッと笑う。

「君には『協会』という拠り所がある。だから死も怖くないと?」

「そうだ!我が命、我が人生は『協会』のため、『聖女様』のためにある。『協会』と『聖女様』のために死ねるのなら本望!恐怖など微塵もない!」

「そう」

 三島は、シルビアの額に軽く触れた。


「なら、その拠り所を消してあげるよ」


 三島は、そのまま魔法を発動した。

「がああ!」

 頭に凄まじい激痛が走った。同時に、宙に浮いていたシルビアの体が地面に落ちる。

 地面に落ちたシルビアは受け身を取り、素早く立ち上がると、『大魔法使い』から距離を取った。

「おのれ……『大魔法使い』!俺に何を……」

「質問して良いかな?」

 三島は笑いながら、シルビアを見る。


「此処はどこでしょう?」


「何?」

 三島の質問に、シルビアは眉根を寄せた。

「此処がどこだと?決まっている。此処は……ここは……」


 ここは……どこだ?


「なんだ?これは?」

 シルビアには分からない。此処がどこなのか、自分がどうして此処に居るのか?

 いや、それだけではない。


「お、俺は……俺は……誰だ?」


 俺の名前は? 俺はどこで育った?親は?兄弟は?友人は?恋人は?伴侶は?

「分からない……何も……分からない!」

 分かるのは一つだけ、目の前に居るのが『大魔法使い』と呼ばれている魔法使いであるということ……。


 そして、その『大魔法使い』に自分は敵意を向けられているということだ。


「君の記憶を、ほとんど消させてもらったよ」

「なっ!?」

 シルビアは目を大きく見開く。

「お、俺の記憶を……消しただと?」

「そう。君が覚えているのは『大魔法使い』……私に関することだけだ。君はもう自分のことも、『協会』や『聖女』のことも覚えていない」

 三島の言葉を聞いたシルビアは、キョトンとする。


「キョウカイ?セイジョ?何だ?それは?」


 三島は笑う。凄惨に。

「君は先程まで『死ぬのは怖くない』と言っていたよね。さて、今はどう?」

「えっ?」

「君にとって最大の拠り所であった『協会』や『聖女』の記憶は消えた。どう?まだ死ぬのは怖くない?」


 シルビアの体が、ガタガタと震えだす。

「あっ……あっ、あああっ……!」

 怖い。怖い。死ぬのが……怖い!

『死など恐れぬ!』。『大魔法使い』に向かって、そう言った記憶が確かにある。

 だが、どうしてそんなことを言ったのか、その理由がどうしても思い出せない。


 死が……怖くないはずがないじゃないか……。


「ひいいいいい!」

 シルビアは折れた剣を投げ出し、逃げ出した。

「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」

 シルビアは必死に足を動かす。しかし、動かしても、動かしてもその場から一歩も移動できない。

 いつの間にか、シルビアの体はまたしても空中に浮いていた。


「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!助けてください!嫌だ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!助けて!助けてえええええ!」


 涙と鼻水を流しながら、シルビアは必死に懇願する。そこに誇り高い『協会直属の剣士』の姿はない。

「そうだよ。そうでなくっちゃ」

 三島は満足そうに微笑む。


「私と優斗の仲を裂こうとする人間は、たくさん怖がってくれなきゃダメだ」


 三島はパチンと指を鳴らした。シルビアの体はどんどん浮いていく。

「やめて!やめて!お願い、やめて!嫌だ!死にたくない!死にたくない!助けて!!やめて!やめて!嫌だ!嫌だああああああああああああああああああああ!」


 バン。

 シルビアの体は空中で破裂した。血は雨となり、式場の壁や椅子を赤く濡らした。


***


 シルビアの体が破裂するのを見た三島は、次に『トゥルードラゴン』に視線を向けた。


「グルルルル!」

『トゥルードラゴン』はじっと三島を見つめ、唸り声を上げる。

 三島の方も『トゥルードラゴン』を見つめる。

「グルルルル!」

「……」

「グルル」

「……」

「グル」

「……」

「……」


『トゥルードラゴン』は三島から視線を外すと、静かに床に伏せた。

 それは、相手への服従を示す行為だった。


「うん、良い子だ。やっぱり、ドラゴンは賢い」

 自分より強い相手とは、決して戦わない。負ける戦いを決してしない。それが、長く生きるコツだと知っている。

 三島はパチンと指を鳴らす。すると『トゥルードラゴン』の首輪が外れた。

「さぁ、君は自由だよ。これからは好きに生きれば良い」

「……」

 床に伏せていた『トゥルードラゴン』は静かに立ち上がる。

 そして式場の出口に向かい、走り出した。


 式場の外に出た『トゥルードラゴン』は群衆をかき分け、あっという間に見えなくなった。

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