第55話 ブラッディ・ウエディング④

『聖女』の頭が撃ち抜かれ、式場はパニックとなった。


『馬鹿な!?』

 警護のために式場の中に居たシルビアが叫ぶ。

(何故!?どうやって『トゥルードラゴン』の探知を掻い潜った?)

 式場の中に居る人間は事前に『トゥルードラゴン』により調べられている。

 だが、その時『トゥルードラゴン』は誰にも反応しなかった。

 それは式場の中に『嘘を付いている者』、『強い殺意を持つ者』、『武器を持っている者』が居ないということを意味していた。


 だが、『聖女』は殺された。シルビアの目の前で。


「グルルルル!」

 シルビアの傍に居る『トゥルードラゴン』が大きな唸り声を上げる。

(こいつは、聖女様が撃たれる直前に突如として反応を示した。つまり犯人は突然、聖女様に対して『殺意』を持ったということになる。何故?突発的犯行か?)

「シルビア!」

 考え込むシルビアに、カールビアンが叫ぶ。

「指示を出せ!お前がリーダーだろ!」

 カールビアンの叫びにシルビアは、ハッとなる。

 現在此処に居る警護の人間は『剣士』のシルビアとカールビアン。『弓矢使い』のパール。『斧使い』のギガド。

 シルビアはこの四人のリーダーを務めている。

 そうだ。今は考えている場合ではない。リーダーとして他の三人に指示を出さなければ!シルビアは素早く状況を確認する。


「カールビアン。お前は参列者達を護衛!全員、無事に式場の外に避難させろ!犯人は俺とパール、ギガドの三人で確保する!」


「聖女様の救助は!?」

「……不要だ」

 シルビアはギシリと歯を噛み締める。

「聖女様は頭を撃ち抜かれている。おそらく、即死だ。もう……間に合わん」


 

 それが、この世界の常識だ。


「今は助けられる命を助け、犯人を捕らえることが最優先だ。良いな!」

「―――ッ……了解」

 カールビアンが頷く。

「二人も良いな?」

「……了解」

「了解だ」

 パールとギガドも頷いた。

「では、行動開始!」

 シルビアが叫ぶと、カールビアンは式場の入り口に殺到している参列者達の元へと走る。

「慌てるな!一列に並んで外に出ろ。そして、外の奴らに中であったことを知らせるんだ!外の奴らに知らせたら、なるべく式場から遠く離れろ!」

 カールビアンは参列者達に指示を出す。


 一方、犯人確保に向かったシルビア、パール、ギガドは、そこで息を飲む。

 シルビア達が見たものは、頭から血を流して倒れている『聖女』と彼女の傍に居る『聖女の伴侶となるはずだった男』、そして『聖女を殺した犯人』だった。

 犯人は後ろを向いているため、顔は見えない。


「動くな!」

 シルビアが叫ぶ。同時にパールが弓を引いた。ギガドも斧を構える。

「今、お前の背中を弓矢で狙っている!命が惜しくば、両手を頭の後ろで組み、床に伏せろ!」

 犯人は、こちらを向こうと首を少し動かした。シルビアは再度警告する。

「動くなと言っている!これ以上少しでも動けば、弓矢をぶち込む!」

 しかし、犯人はシルビアの警告を無視して振り向こうとする。

(事件の全容を吐かせるため、犯人は生かしたまま捕えたかったが……仕方ない!)

 シルビアはパールに命令した。

「殺せ!」

「了解!」

 パールが弓から手を放した。矢は真っすぐ犯人に向かって飛んでいく。


 パールの使う弓矢は唯の弓矢ではない。

 威力は魔法によって大幅に強化されており、速さは拳銃の数倍。岩にも突き刺さる。しかも、相手が避けたり、魔法で矢を弾いたとしても、対象に命中するまで矢は相手を追跡し続ける。

 そして、矢の先端には猛毒が仕込んである。矢に少しかするだけでも猛毒は体内に入り、相手の命を奪う。

 助かるには、三分以内に解毒剤を打つか、解毒魔法を使うしかない。

 パールから放たれた弓矢は、あっという間に犯人まで到達した。


 しかし、矢は犯人に当たる直前で弾かれた。弾かれた矢はそのまま地面を転がる。


「なんだと?」

 矢を放ったパールは、驚愕の表情を浮かべる。

 大幅に強化された矢が簡単に弾かれたこともそうだが、最も驚くべきは、矢がその場から動かないことだ。

「何故、動かない?」

 パールの矢は相手に刺さるまで追跡する。しかし、矢は地面に転がったままだ。

 それを見ていたシルビアは、何が起きたのか直ぐに察した。

(結界?奴の周りに薄い結界が張ってあるのか!)

 結界は矢を弾き、さらに矢に込められた魔法効果まで無効化した。

「こいつ……強い!」

 シルビアは一瞬で相手の力を理解する。


「ねぇ」


 聖女を殺した犯人が、ゆっくりと落ちた矢を拾う。

「こんなもの飛ばしてさ……もし、優斗に当たったらどうするの?」

 犯人はシルビア達に顔を向けた。

「なっ!?」

 犯人の顔を見た瞬間、シルビアは目を見開いた。


「ミケルド……殿?」


 目の前に居る人物をシルビアは知っている。

 彼女は聖女に長年使えており、聖女から最も信頼されている従者だ。

 シルビアも警護の仕事の打ち合わせで、何度が顔を合わせたことがある。


「何故、なぜ貴方が聖女様を!?」

 予想外の犯人に、シルビアの思考は一瞬停止した。

 その時、ミケルドは手に持っていた矢を投げた。それはゴミ箱に物を投げるような軽い動作だった。


 しかし、矢はパールが放った時の何倍もの速さで飛び、そのままパールの肩に突き刺さった。


「ガッ!」

 パールが悲鳴を上げ、地面に倒れる。

「あっ……ああっ……!」

 パールは自分の肩に突き刺さった矢を見て絶望した。

 肩に矢が刺さっているという事はつまり、矢に塗った猛毒が体内に入ったという事。

 次の瞬間、パールは苦しみだした。

「ガッハッ!」

「パール!」

 シルビアが慌てて駆け寄る。ギガドはその場に残り、ミケルドに斧を向け続けた。

「ガッ……グッ……ガアア!」

 パールは喉を押えのたうち回る。毒のせいで呼吸が出来ないのだ。

 シルビアはパールの肩に突き刺さった矢を引き抜く。それから、パールの懐を探った。

 シルビアもギガドも解毒魔法を使えない。しかし、パールを助ける手段はある。

 パールは万が一、誤って自分に矢を刺してしまった場合や、矢を刺した相手と取引をする時のために、矢の解毒薬を持っている。

 その解毒薬を注射すれば、パールは助かる。

「あった!」

 シルビアは、解毒剤入りの注射器を取り出し、パールに打った。これでパールは助かるはずだった。

「ガアアアアア!」

 しかし、突然パールの体は激しく痙攣しだした。

「グアアアア!ガアア!」

「なっ、何故だ!?」

 シルビアは混乱する。確かに解毒剤を打ったはずなのに!

「ガアアア……ガッ……ガッ……」

 やがて、パールの痙攣は収まった。パールは口から大量の血を吹き出し、動かなくなる。

「パール。おい、パール!パール!」

 シルビアは必死にパールを動かす。


「もう死んでいるよ」


 ミケルドはまるで蝉の死骸でも見るような目で死んだパールを見ていた。

「矢に毒が塗っていることには気づいていた。その人が毒の解毒剤を持っていることもね。だから

「毒の成分を……?」

「そう。矢に塗ってあった毒を、貴方が今注射した解毒剤が効かない『別の毒』に魔法で変えたんだ」

「―――ッ!ば、馬鹿な!」

 そんな、そんなことが出来るのか?見ただけで何の毒かを理解し、一瞬でその毒の成分を変えるなど、いくら魔法でも出来るのか?

「優斗に当たるかもしれないのに弓矢で攻撃した罰だ。苦しんで死んでもらったよ」

 ミケルドは淡々とそう言った。


「貴様ああああ!」

 斧を構えていたギガドが叫び声を上げ、ミケルドに切り掛った。

「やめろ、ギガド!迂闊に飛び掛か……」

「うおおおおお!」

 シルビアの制止を振り切り、ギガドはミケルドに迫る。

 ミケルドは、手のひらをギガドに向けた。


 強烈な光がギガドを包む。屈強な肉体を持つギガドが、あっさり吹き飛ばされた。

「ギガド!」

 シルビアはギガドに駆け寄る。

 吹き飛ばされたギガドの体は全身が真っ黒に焦げていた。

「ギガド!しっかりしろ!」

「シ……シルビア……」

 ギガドはシルビアに手を伸ばす。その手はガタガタと震えていた。

「さ……寒い。寒いんだ。凄く熱かったのに……今は、とても寒い。寒い……寒いんだ……」

「ギガド!おい、しっかりしろ!ギガド!」

「助けてくれ……シルビア……助け……」

 ミケルドに伸ばしていたギガドの手がダラリと垂れた。そのままギガドは息を引き取る。

「ギ、ギガド……お前まで……!」

 シルビアはギガドの亡骸を抱きしめた。


「うわあああああああ!と、止め……止めてく……」


 叫び声が聞こえた。シルビアが視線を向けると、参列者達を護衛していたはずのカールビアンが、こちらに向かって走って来るのが見えた。

 カールビアンは剣を抜き、脇目もふらず、一直線にミケルドに向かって行く。

「やめろ!カールビアン!お前まで……!」

 このままでは、ギガドの二の舞だ。

 シルビアは叫ぶが、カールビアンは止まることなく、ミケルドに向かっていく。

「うあああああああ!」

 普段なら、絶対にしない情けない叫び声を上げながら、カールビアンはミケルドに剣を振り上げた。


 ミケルドはギガドの時と同じように、手のひらをカールビアンに向ける。

「や、やめろおおお!」

 シルビアの叫びは、突風によってかき消される。

 風はカールビアンの体を天井近くまで持ち上げた。風の中には、何万という、見えない小さな刃が舞っている。

 何万という、見えない小さな刃は、カールビアンの全身をズタズタに切り刻んだ。

「ぐあああああ!」

 カールビアンが悲鳴を上げる。

 やがて風は収まり、カールビアンは床に叩きつけられた。


「カールビアン!」

 床に倒れているカールビアンの体は全身を深く切り刻まれ、血塗れになっていた。傷は内臓まで達しているものもある。

 上級の回復魔法でも使わない限り、助けるのは不可能な状態だった。

「馬鹿野郎!どうして、指示も待たずに突っ込んだ!」

 シルビアは涙を流しながら、カールビアンを問い詰める。

「ち、違……」

 カールビアンは首を横に振り、息も絶え絶えに口を動かす。

「ち、違……お、俺……の……じゃ……な……い」

 カールビアンは人差し指で、どこかを指そうとした。


「お……俺の……意……な……あ、あい……つ……が……!」

 そこで、カールビアンの体から力が抜けた。どこかを指そうとしていた手がパタンと血だまりの中に落ちる。

「カールビアン!おい、カールビアン!」

 シルビアの呼びかけにカールビアンは答えない。


 出血多量によるショックで、カールビアンの息は完全に止まっていた。


「くそっおおお!」

 目の前で仲間が三人も死んだ。シルビアは何も出来なかった自分に怒る。

 だが、それ以上に怒りを覚える相手をシルビアは睨んだ。

「貴様!」

 シルビアは剣をミケルドに向ける。


 いや、シルビアは《ミケルドの姿をした者》に剣を向けた。


(先程の魔法を見て確信した!ギガドとカールビアンに使った二つの魔法。あれはミケルド殿に使える威力の魔法ではない!)

 シルビアは叫ぶ。


「貴様、何者だ!ミケルド殿ではないな!」


「……」

「答えろ!貴様は何者だ!」

 シルビアが再度、問う。

 すると犯人は、隠すこともなく堂々と自分の名前を名乗った。


「私の名前は三島由香里」


「ミシマ・ユカリ……?」

「そう、三島由香里」


 三島由香里は、ニコリと笑う。

「君達には、ラシュバ国の『大魔法使い』と言った方が分かりやすいかな?」

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