第53話 ブラッディ・ウエディング②

 結婚式が始まる三時間前。

 既に多くの人々が『聖女』の結婚を見届けようと集結していた。

 

 式場に入ることが出来るのは選ばれた権力者達ばかりだが、それでも一目、聖女の姿を見れるかもしれないと、式場の周辺には多くの人々が集まっている。


 その中に一人、挙動がおかしい者が居た。


(殺してやる。皆、ぶっ殺してやる!)

 男は懐に爆弾を持っている。

 特殊な液体で作られた爆弾で、信管を抜けば五秒後に爆発を起こす。

 これで聖女の結婚式に集まった愚かな群衆を皆殺しにしてやろうと考えていた。

(楽しみだ……ヒヒッ、楽しみだ!)

 男はニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。


「ガルルルル!」

 突然、男の傍に大型犬ほどの大きさのドラゴンがやって来た。

 ドラゴンには首輪が嵌められており、その先には二人の人間が居る。

 一人は警備員の恰好をしており、もう一人は剣を腰に差している。どうやらもう一人は『剣士』のようだ。

「ゴルルルルル!」

 ドラゴンは唸り声を上げ、男を睨み付ける。

「な、なんだこいつ!あ、あっち行け!」

 男はドラゴンを追い払おうとするが、ドラゴンは男の傍から離れない。

 すると、ドラゴンと一緒に居た警備員が男に話し掛けた。

「ちょっと、よろしいですか?」

「……な、何ですか?」

 激しく動揺する男に警備員は説明する。

「このドラゴンは『トゥルードラゴン』と言いまして、『嘘を付いている生き物』または『強い殺意を放つ生き物』を嗅ぎ分けることが出来ます。他にも『爆弾や銃などの武器を持っている生き物』も分かるのです」

「―――ッ!」

「このドラゴンは『嘘を付いている生き物』、または『強い殺意を放つ生き物』、『爆弾や銃などの武器を持っている生き物』を見付けたら、その相手に向かって吠えるように訓練されています。このドラゴンが貴方に吠えているという事は、貴方は嘘を付いている。もしくは強い殺意を持っている―――または、武器を持っているという事になる」

「……なっ!」

「申し訳ありませんが、ちょっと来てもらってもよろしいですか?」

 警備員は男を連れて行こうとする。

(……くっ、連れて行かれるくらいなら、此処で自爆してやる!)

 男は爆弾を取り出そうと懐に手を入れた。


 トン。


「ガッ!」

 凄まじい衝撃が男を襲った。男はそのまま気絶する。

「おっと」

 倒れそうになった男を、警備員と共にいた『剣士』が受け止めた。

「な、何をされたのですか?」

 警備員が『剣士』に尋ねる。

「軽い当て身をしただけだ。直ぐに意識を取り戻す」

 ゴソゴソと、『剣士』は男の懐を探る。

「ええっと……フム。こいつ、爆弾を持っているな」

「ええっ!本当ですか?」

「ああっ…ほら、これだ」

 男の懐から、取り出した爆弾を『剣士』は警備員に見せた。

「こいつは小型の爆弾だ。爆発の威力はそれ程強くはないが、それでも群衆の中で爆発していれば、何人かの負傷者を出していただろう」

 警備員はゴクリと唾を飲みこむ。

「他の者に連絡を?」

「すぐにしてくれ。ただし、『極秘裏』にだ」

 鋭い目で『剣士』は警備員を見る。


「この結婚式には、多くの権力者や大富豪が招かれている。。分かるな?」


「は、はい!」

 警備員は、何度も頷く。

「そいつを別の場所に拘束したら、起こして事件の全容を聞き出せ。強力な自白剤でも魔法でも拷問でもなんでもして、他に仲間が居ないか聞き出すんだ。まぁ、俺の勘ではこいつは単独犯だろうが……念のためだ」

「はっ!」

 警備員は直ぐに仲間を呼ぶ。爆弾を持っていた男は気絶したまま連れて行かれた。


 一時間後、警備員が『剣士』の元にやって来た。

 爆弾を持っていた男は、『剣士』が睨んだ通り、単独犯であることが分かった。

 事件の動機は、たくさんの人間を殺して目立ちたかったから。という身勝手なものだった。


「そいつは、そのまま『処理しろ』。むろん、誰にも気付かれずにな」

「はっ!」

 警備員は、走って何処かへ向かう。

 その警備員と入れ替わるようにして、一人の男が現れた。


「よう、シルビア。爆弾魔を捕まえたらしいな」

「……カールビアンか」

 爆弾魔を捕えたのは、シルビア=ダーボン。協会直属の『中堅剣士』だ。

 今回は、多くの警備員と共に、この結婚式の警備を任されている。

 そのシルビアに話し掛けたのは、カールビアン=ゴトスリーブ。シルビアと同じく中堅の剣士。シルビアとは古くからの知り合いだ。

 彼も、この結婚式の警備を任されている。

「お手柄だったな。協会から何か褒美があるかもしれんぜ」

「ふっ、あるわけがないだろ。

「そうだったな」

「歴代の聖女様の結婚式は全て『何の事件も起きていないし、事件が起きようとしたことすらない』。これからもそうでなくてはいけない」

「ああ」

 カールビアンはシルビアに煙草を一本渡す。二人は煙草に火を点け、同時に吸った。


「しかし凄いな、あのドラゴン。人の心が分かるとは」

「あいつは……『トゥルードラゴン』は、元々『ハートドラゴン』という別の生き物の心が読めるドラゴンを品種改良して創り出したものだ。まぁ、今の所、存在しているのは此処に居る奴を含めて世界に七頭しかいない」

 シルビアはフーと煙を吐き出す。

「『トゥルードラゴン』がもっと世間で使われれば、テロも激減するのだろうがな」

「増やすことは出来ないのか?」

「残念ながら『トゥルードラゴン』には繁殖能力が無い。増やすことは不可能だ」

「そうなのか」

「だが、能力は折り紙付きだ。どんなに冷静を装っている奴でも、どんな変装をしていても、『嘘を付いている生き物』や『強い殺意を放つ生き物』、『武器を持っている生き物』が居ればすぐに見付け出す。何千、何万の群衆の中だろうが一瞬でな」

 シルビアは煙草を吸う。先端は赤くなり、煙草は短くなる。


「だから調


 このような多くの人間が集まる場所でテロをする場合、変装し、紛れ込むのが定石だ。そして、変装する場合、そこに元々招かれている人間に変装すれば、怪しまれにくくなる。

 魔法による変装以外にも、手術や特殊メイクなど『別人に変装する方法』はいくつも存在する。

 テロリストがどんな人間に変装してくるか分からない以上、警備も『結婚式に参加する人間全員』を疑う必要がある。


 結婚式に参加する権力者や大富豪、シルビアやカールビアンら結婚式を警備する人間達はもちろんの事、聖女本人や結婚相手である安藤もあらかじめ誰かが変装していないか『トゥルードラゴン』によって調べられた。


 結果、『トゥルードラゴン』は結婚式の関係者の中に『嘘を付いている者』や『強い殺意を持つ者』、『武器を持っている者』は居ないと判断した。


「まぁ、式場に入る直前に入れ替わられる可能性もあるから、念のため式場に入る前にも、もう一度チェックするそうだ。もちろん、俺達もな」

 シルビアとカールビアンは今回、式場周辺の警備だけではなく、結婚式が始まれば式場の中に入り、皆の警護をすることになっている。

「しかし、よく権力者や大富豪の連中が素直に調べられることに同意したな。何人か『私を疑うとは何事か!』って怒る馬鹿な奴が出そうだけどな」

「だから、聖女様を真っ先に調べたのだ。聖女様を先に調べれば、後に続くものは断れないだろ?聖女様も、それが分かっておられるから、自ら率先して一番最初に調べられたのだ」

「ハッ、確かにな。聖女様が調べられているのに断れば、そいつはどう見ても怪しい」

 カールビアンは、クックックと笑う。


「それにしても『トゥルードラゴン』なんて、とんでもない生き物を創ったもんだ。我らが神『カガチ様』の怒りに触れなければいいがな」

「しかし、『トゥルードラゴン』のおかげで聖女様の安全が保障される。我らが神『カガチ様』もお許しになってくださるさ」

 シルビアは短くなった煙草の火を消し、ケースの中に入れた。


「さぁ、そろそろ時間だ。俺達も式場に行くぞ」


***


 聖女の結婚式は、協会が有する巨大な会場で執り行われる。


 普段は、協会の信者達が祭師と呼ばれる協会の教えを人々に語る者から話を聞く場所なのだが、『聖女』が結婚する時、此処は式場へと姿を変える。


 この式場には特別な仕掛けが施されている。

 強力な『結界』を張ることができるのだ。


 この『結界』は数年に一度、それも二時間しか発動することが出来ない。

 その代わり、この『結界』はあらゆるものから式場を守る。

 物理的な攻撃はもちろんの事、どんな魔法による攻撃もこの『結界』の前には無力だ。

 

 無効にする魔法には、テレポートなどの時空魔法も含まれる。

 そのため、『結界』が発動すると、外から式場の中にテレポートすることが出来なくなる。つまり、『結界』の発動中は、誰かがテレポートを使って式場の中に居る聖女や他の権力者達を暗殺することは出来ないということだ。


「この『結界』は一度、発動すると二時間経過するまで解くことは出来ません。『結界』が発動中は、中に居る者が外に出ることは出来ます。しかし、外に居る者が中に入ることは出来なくなってしまいます」

 ですから、中に入られましたら外に出ることのないようにしてください。と安藤は係の者から事前に注意を受けていた。


 今、安藤は式場の外で待機している。


 式は、このような形で進行する。

 まず最初に、新郎である安藤の方が先に式場に入場する。安藤は式を執り行う祭師がいる祭壇までゆっくりと歩いていく。

 安藤が祭壇まで歩いた後、次にホーリーが入場し、同じように祭壇まで歩く。

 

『結界』はホーリーが式場に入った直後に張られ、外に居る者は中に入れなくなる。


 ホーリーも祭壇まで来れば、そこで祭師が二人に『誓いのキス』をするように指示を出す。


 式場に参列している皆の前で『誓いのキス』を交わせば、二人は正式に夫婦となる。

 

「『誓いのキス』か……」

『誓いのキス』は、新郎である安藤の方から新婦のホーリーにする。

 今まで、ホーリーとキスをしたことは何度かあるが、ほとんどがホーリーからしてきた。皆が居る前でちゃんとしたキスが出来るのか、安藤には不安だった。

「大丈夫かなぁ……」

 不安を抱えたまま、安藤は待機する。

 時間はあっという間に過ぎ、定刻となった。


「では、新郎の入場です」


 式場の中から大きな声が聞こえた。同時に、式場の入り口が開く。

 中にはたくさんの参列者達が座っているのが見えた。

 入り口が開いた瞬間、参列者達の視線が、一斉に安藤に集まる。

「うっ」

 安藤は思わず、後退りしそうになった。

「さぁ、どうぞ」

 係の者が安藤に中に入るように促す。その声で何とか後退りせずに済んだ。

 安藤は意を決して、式場の中に入る。


 参列者達は左右に分かれて椅子に座っていた。安藤は、真ん中の通路をゆっくりと、ゆっくりと進む。

 式場の中には、警備と思われる者達も何人か居た。彼らは、椅子に座ることなく壁際で直立している。

 剣を腰に差している『剣士』と思われる二人組、斧を肩に担いでいる者、弓矢を持っている者も居る。

 特に目立つのは、大型犬ぐらいの大きさのドラゴンだ。

 このドラゴンは『嘘を付いている生き物』、『強い殺意を放つ生き物』、『武器を持つ生き物』を嗅ぎ分けることが出来るらしい。

 安藤も含め、この場に居る者は全員、式場に入る前にこのドラゴンのチェックを受けている。

  

 ドラゴンは周囲をキョロキョロと見ているものの、緊張している様子はない。

 どうやら、この式場に危険な存在は居ないと判断しているようだ。


 そうこうしている内に、安藤は祭壇の前に立った。

 安藤は事前に聞いていた通り、祭壇の前に居る初老の祭師に頭を下げる。

「彼が『聖女』の結婚相手か……」

「なんだか、普通ね」

 後ろからそんな話し声が聞こえた。この式場は音が反響するため、小声でも良く聞こえる。

 まぁ、自分が『普通』なのは認識しているので、それほど気にはならない。


「続きまして、新婦様の入場です!」


 声と共に、式場の扉が開いた。式場の全員の視線が再び入り口に向く。

 安藤も振り返り、式場の入り口を見た。


『聖女』がそこに居た。


「綺麗……」

「凄い」

「なんて美しいんだ」

 式場の至る所から声が聞こえる。


 純白のウエディングドレスを身に纏い、着飾ったホーリーはこの世の者とは思えない程、美しかった。


 ホーリーが式場に入った。同時に『結界』が張られる。

 これでもう何人たりとも式場を破壊できないし、テレポートなどの魔法を使っても、式場の中に入ることは出来なくなった。


 皆がホーリーに見惚れる中、ホーリーは一歩、また一歩と新郎である安藤の元へと歩いて来る。

 そして、ホーリーは安藤の隣に立つと、彼と同じように祭師に頭を下げた。


「では、二人とも。お互いに向き合いなさい」

 祭師が厳かに二人に指示する。安藤とホーリーは言われた通り、お互いに向き合った。

 ホーリーと目が合う。そのあまりの美しさに安藤の心臓は今までにないほど、大きく跳ねた。


 このまま心臓麻痺で死ぬんじゃないかと思うぐらい、大きな鼓動だった。


 祭師はゴホンと咳ばらいをし、二人に言葉を掛ける。

「この日、この時。汝ら二人は『誓いのキス』をもって夫婦となる。新婦、ホーリー・ニグセイヤ」

「はい」

「汝はこの男、アンドウ・ユウトを夫とすることに、異論はあるか?」

「ありません」

 ホーリーは、祭師の問いに即答した。

「よろしい。では、アンドウ・ユウト」

「は、はい!」

「汝はこの女、ホーリー・ニグセイヤを妻とすることに、異論はあるか?」

「……」

 安藤の頭の中を様々な想いがよぎった。ほんの一瞬言葉に詰まる。

「ユウト様」

 安藤だけに聞こえる小さな声で、ホーリーは囁く。

 そして、まるで天使のような笑みを安藤に向けた。

 その笑顔を見た瞬間、安藤の口から自然と言葉が出た。


「ありません」


「よろしい!」

 祭師は式場に響き渡るほどの、大きな声で言った。


「では、二人とも『誓いのキス』を!」

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