第43話 冒険者カウンセリング

「今日からこちらでお世話になります安藤優斗と申します!どうか、よろしくお願いします!」


 安藤は、緊張気味に頭を下げた。

 冒険者ギルドが運営する『冒険者専門のカウンセリング診療所』はいくつもあり、それぞれナンバリングが振られている。

 安藤が働くのは『第七冒険者カウンセリング診療所』だ。

 今日から安藤は、此処で働くことになる。


「はい、アンドウ君ね。私が此処のカウンセリング診療所の責任者のシェンドナー・ドバードだよ」

 よろしくね。と、その男性は手を振る。

 シェンドナー医師は、笑顔がとても印象に残る細身で優しい雰囲気の男性だった。年齢は三十代から四十代、といった所だろうか。

 シェンドナー医師の隣に居た二人の男女も安藤に挨拶をする。

「よろしくね!」

「よろしく」

 女性の方がラディ。男性の方がケンという名前らしい。

 彼ら二人はシェンドナー医師の補佐として働いている。いわば、安藤の先輩だ。

「じゃあ、今日からよろしくね」

「はい!」

 安藤は元気に返事をした。


***


「今日はどうなされましたか?」


 診療所を訪れた患者にシェンドナー医師は優しい声で尋ねる。

 安藤は、シェンドナー医師から患者の話を記録するように言われた。

 やって来た冒険者は静かに口を開く。

「夜、寝てもモンスターに襲われる夢を見て起きてしまうんです……最近ではモンスターの幻覚まで見るようになってしまって……」

「なるほど。何かモンスターに襲われるといったことはありましたか?」

「数か月前に、仲間とモンスター討伐に向かったんですけど、逆にモンスターに返り討ちに遭ってしまって、大怪我を負いました。怪我は何とか治してもらいましたけど、それから毎晩、そのモンスターが夢に出てくるようになって……」


 シェンドナー医師は静かに冒険者の話を聞く。

「モンスターの幻覚を見てしまうこと以外に、体調面で、何か不安なことはありますか?」

「睡眠不足のせいか、体がだるくて食欲もありません。それに、なんだかやる気が起きなくて……自分でもこれじゃいけないって思っているんですけど……」


 そう言うと、冒険者は涙を流し始めた。

「お、俺、このままじゃ、冒険者を続けることが出来なくなる……そうなったら、これからどう生きていけば良いのか、不安で、不安で……」

 心の内を吐露する冒険者に、シェンドナー医師は、優しく微笑む。

「今まで、辛かったでしょう。此処に来ることにも大変勇気を出されたのではないですか?」

 シェンドナー医師の問い掛けに冒険者は何度も首を縦に振った。

「カウンセリングなんて受けたら、自分がおかしい奴だって認めてしまうような気がして……ずっと、此処に来る勇気が持てませんでした。でも、このままじゃいけないって思って……」

「大丈夫です。貴方は決しておかしくなんかありませんよ。体に怪我を負った人が病院に行くのは当然のことです。それと同じで、心に大きな怪我を負った人がカウンセリングを受けることは全くおかしくないことなんですよ」

「先生……」

「治療には、時間が掛ると思います。しかし、焦らず、急がず、少しずつ治していきましょう。安心してください。私が付いています」

 シェンドナー医師がそう言うと、冒険者は大粒の涙をこぼしながら頷いた。


「大切なのは相手の話をよく聞くこと」


冒険者が帰った後、シェンドナー医師は安藤に患者との接し方を教える。

「例えば心的外傷を負った人間に『臆病者』や『心が弱い』などと言うのは論外だとして、『頑張れ!』『元気出して!』『早く良くなって!』と、相手を励ます言葉も使ってはいけない。相手は本人のためを想って言っているのだろうけど、余計にプレッシャーとなり、患者を苦しませてしまう」

「はい」

 安藤はメモを取る。

「あと、やってしまいがちなのが『そんな辛いことは忘れてしまおう!』『気分転換をしよう!』と言って、患者を無理やり外に連れだすのも逆効果だね。『自分のために相手に気を使わせている』と余計に悩んでしまうことになる」

「なるほど」

「さっきの患者も言っていたけど、心的外傷で苦しんでいる患者は『このままじゃいけない!』『早く病気を治さなければ!』と思って焦っていることが多い。だけど、それがかえってストレスとなり、病気を悪化させてしまうこともある。だから、まずは相手の話をしっかりと聞いてあげて、共感してあげることが大切なんだ」

「なるほど……」

 勉強になる。安藤は、しっかりとメモを取り続けた。


***


 次の日には、こんな冒険者がやってきた。


「俺、所属していた冒険者グループを追放されたんです」


 その男性は、まるで魂が抜けたような声でそう言った。

 男性は、七人組の冒険者グループのリーダーをやっていた。ところが、その冒険者グループを追放されてしまったのだという。

 彼を追放したのは、冒険者グループの副リーダーをしていた男。

 リーダーである彼とは真逆の性格で、よく方針の違いで衝突していたらしい。


 ある日、彼の所属していたグループの一人が『今まで影でリーダーに暴力を受けていた』と他のメンバーの前で告白した。

 それを聞いた副リーダーは『こいつは、俺達のリーダーにふさわしくない!』と彼の追放を提案したらしい。

 話し合いの末、彼は所属していた冒険者グループを追放された。


 新しいリーダーには、副リーダーだった男が。そして、副リーダーには、『今まで影でリーダーに暴力を受けていた』と告白した人物がなったとのことだ。


「誓って言いますが、俺は暴力なんて振るっていない!あいつらは俺を追い出すためにでたらめを……くそ、くそっ!」

 元冒険者グループのリーダーだった男性は頭を抱えた。


 冒険者には全く詳しくない安藤から見ても、彼が嵌められたことは明らかだった。

 きっと『リーダーから暴力を受けていた』と証言した人間も、『協力すれば副リーダーにしてやる』とでも言われたのだろう。


「それから、誰も信じられなくなった俺はずっと家に引きこもっていました。でも、知り合いがそんな俺を見かねて、此処へ……」

「なるほど。辛かったですね」

 シェンドナー医師は俯く患者に優しく微笑んだ。


***


「ああいうこともあるんですね」


 患者が帰った後、安藤はシェンドナー医師に訊いてみた。

「冒険者の仲間同士のいざこざって良くあるんですか?」

「しょっちゅうだよ」

 安藤の質問にシェンドナー医師は即答した。


「受け取った報酬の分配に対しての不満、行動方針の違い、嫌がらせ、特定の人物への雑用の押し付けや暴力などのイジメ、性的関係の強要、三角関係のもつれ……挙げたらきりがないよ。仲間の中で殺し合った事例もたくさんある。もちろん、モンスターに幻覚を見せられたのではなく、自分達の意志で殺し合ったんだ」


 シェンドナー医師の話を聞いて、安藤はゴクリと唾を飲みこんだ。

「うちに来る患者で一番多いのは、実はモンスターとの戦いによって心に傷を負った人よりも、仲間同士のいざこざが原因で心に傷を負った人の方が多いんだ」


 人間にとって一番恐ろしいのは、モンスターよりも同じ人間ってことだろうね。と、シェンドナー医師は言った。

「気に入らない仲間を追放する。というのも冒険者の間では良くある話だよ。『使えない』とか『失敗ばかりする』人間は即座に追放の対象になる。また、いくら優秀でも『性格に難あり』という理由で追放されることもある」


 そして、グループから追放された冒険者は、その心に大きな傷を負う。


「冒険者グループから追放された人って、その後どうなるんですか?」

「そうだねぇ……」

 シェンドナー医師は、少しの間考える。


「危険なモンスターと戦うことや、仲間内でのいざこざに嫌気がさして、冒険者を辞めて薬草を作ったり、商人になる人も居るね。商人に転職した人の中には、成功して大金持ちになった人も何人か居るよ。その人達は今、のんびりと充実したスローライフを送っている」

「そんな人も居るんですね」

 のんびりと充実したスローライフか。安藤は羨ましく思うが、よく考えたら、自分も三島と薬草を売って充実した生活を送れている。

 それは安藤ではなく、三島の力なのだが……。


「もちろん、転職などせずに、別の冒険者グループに入ったり、自分で新たに冒険者グループを立ち上げる人も居るね」

 シェンドナー医師は、話を続ける。

「変わった話では、長年とあるグループで雑用をやってたけど、『役に立たない』という理由でグループを追放された人が、その後、大活躍した例がある。冒険者ギルドでは、冒険者に適正判定を受けさせているんだけど、所属していたグループは最初から、雑用をやらせるつもりだったので、その人に適正判定を受けさせなかったらしい。そこで、改めて適正判定を行うと、その人はとんでもない戦闘の才能を持っていることが分かった」


「おおっ!」

 まるで漫画や小説のような展開に、安藤は思わず声を上げた。

「追放したグループはその人が大活躍している話を聞くと、手のひらを返して自分達のグループに戻って来てもらおうとした。大活躍するその人が、自分達のグループに戻ってくれば、他のメンバーは甘い汁を吸うことが出来るからね。だけど、その人が自分を追放したグループに戻ることはなかった」

「まぁ、当然でしょうね」

「その人は追放された後、しばらくソロ(単独)で冒険者を続けていたけど、やがて自分で新しくグループを作り、今も活躍している。反対に、その人を追放したグループはその後、モンスターに襲われて全滅したらしいよ」

「……悲惨ですね」

「でもね、今話したのは極々一部の例に過ぎない」

 シェンドナー医師は、頭を横に振る。


「追放された冒険者が転職して成功したり、そのまま冒険者を続けて活躍できるなんて滅多にない」


 シェンドナー医師の声色が変わった。

「転職して商人になり、店を出しても、ほとんどが三年以内に潰れる。経済の事を何も知らず、今まで腕っぷしだけでやって来た冒険者が商人になっても、上手くいくはずがない」


 冒険者を続けようとしても、やはり厳しい現実が待っている。


「新しい冒険者グループに入ろうとしても、他のグループを『追放された』人間はどのグループも入れたがらない。自分で新しくグループを立ち上げても、『追放された』人間が立ちあげた冒険者グループになんて誰も入りたがらない。結局、冒険者を続けるなら一人、ソロでやることになる。だけど、さっき話した人みたいによほどの才能がないと、ソロで冒険者は出来ない」


 シェンドナー医師は深いため息を付いた。

「商人になって店を潰してしまえば、後に残るのは大量の借金だけ。そうなれば、あとは死ぬまでタダ同然で働かされるか、奴隷になって売られるしかない。ソロで冒険者を続けた場合も、仲間が居ないと死ぬ確率が何十倍にも跳ね上がる」


 いずれにしろ、冒険者グループを追放されたほとんどの人間に待つのは不幸な結果だ。と、シェンドナー医師は語る。


「ところで、『使えない』とか『失敗ばかりする』とか『性格に難あり』といった理由がない優秀な人でも、冒険者グループから追放される時がある。どんな時だか分かるかい?」

「誰かに陥れられた時ですか?先程、此処へ相談に来た冒険者の方みたいに」

「そうだね。じゃあ、どうして特に失敗もせず、性格も悪くない優秀な人を追放するのだと思う?」

「……自分の報酬や地位を上げるためですか?」

 先程、此処へ相談に来た冒険者の話だと、リーダーを追放した後、副リーダーだった男がリーダーになった。リーダーになれば、仲間と報酬を山分けにする際、受け取れる額も多くなるだろうし、リーダーになることで仲間に指示を出すことも出来る。

「うん。確かにそれも理由の一つだ。でも、それは二番目の理由だね」

「二番目……じゃあ、一番目は?」

 安藤が訊くとシェンドナー医師は唇の端を上げ、答えた。


「『嫉妬』だよ」

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