第40話 言えない理由

 テーブルの上には豪華な料理が並んでいる。三島は皿に乗っている肉料理の一つをフォークで刺し、安藤の口の前に運んだ。

「はい、あーん」

「あーん」

「おいしい?優斗」

 笑顔で尋ねる三島に、安藤も笑顔で返す。

「うん、おいしいよ。ありがとう由香里」


 安藤と三島が育てていた薬草は無事、冒険者ギルドの選考を突破した。それにより、薬草は正式に冒険者ギルドで取り扱われることになった。


『やったよ。優斗!』

 三島は大いに喜び、選考から帰ってくるなり安藤を抱きしめた。

『これで、もっと優斗に贅沢させてあげられる!』

 そう言って、三島はさらに強く安藤を抱きしめた。


 冒険者ギルドで取り扱われるようになってから、薬草の評判は口コミで冒険者達の間に広がった。

 薬草は飛ぶように売れ、莫大な収益が安藤と三島の懐に入った。


「今日はね、黄金海老とプラチナ蟹の盛り合わせだよ!」

 大きな収入を得られるようになってから、三島は言っていた通りに毎日、安藤に贅沢な料理をふるまうようになった。

 今回の料理も、平均的な市民一人が半年以上働いて得られる賃金と同じぐらいの値段の高級料理だ。

「はい、優斗。あーん」

「……あーん」

 差し出された料理を安藤は口に入れ、モグモグと咀嚼する。

「おいしい?」

「……うん」

「良かった。まだまだあるからね!」

 三島はニコニコと幸せそうに笑いながら、安藤にどんどん料理を食べさせる。


 そんな三島を見て、安藤は罪悪感に押し潰されそうになった。


 安藤は未だに、三島にホーリーのことを言えないでいる。


 あれから何度も正直に話し、謝ろうとした。だけど、出来なかった。

 謝罪しようとすると、何も言えなくなるか、別の言葉が口から出る。

 

「ねぇ、優斗」

 不意に三島が訊いてきた。安藤は「何?」と返す。


「何かあった?」


「―――ッ!」

 三島にそう言われた瞬間、安藤の顔は真っ青になった。

 頭の中を色々な考えがよぎる。

(正直に話したら、由香里はどんな反応をするだろう?)

 泣かれるだろうか?

 殴られるだろうか?

 口も聞いてもらえなくなるだろうか?


 別れると言われるだろうか?


(そう言われても、仕方がない……俺は由香里を裏切ったのだから)

 殴られても、家から追い出されても、たとえ殺されたとしても、文句は言えない。


 正直、言いたくない。

 由香里と別れたくない。


 ずっと好きだった。小学校の頃からずっと、ずっと好きだった。

 勇気を出し、告白できたのはつい最近。そして、ようやく付き合うことができた。


 だが、黙っておくことなんてできない。

 彼女を裏切った責任は取らなくてはならない。

 今日こそ言うんだ!

 安藤は息を大きく吸い、口を開く。


「由香里……俺―――!」


***


 協会本部。


「ホーリー様」

「なんですか?ミケルド」

『聖女』ホーリーに、彼女の従者であるミケルドは尋ねる。

「まだ、『大魔法使い』はホーリー様の存在に気付いていないのでしょうか?」

「そうですね……」

 ホーリーは自分の頬に手を添える。

「もし、気付いているのなら『大魔法使い』は既になんらかの行動を起こしているでしょう。しかし、今の所『大魔法使い』が動いた様子はありません。したがって、『大魔法使い』はまだ私の存在に気づいていない。と考えられます」


「ホーリー様の運命の相手である『ユウト様』は『大魔法使い』に、ホーリー様の事を話していないのでしょうか?」


 ミケルドの問いにホーリーは即答する。

「はい、ユウト様は『大魔法使い』に私の事を話していません」

 ミケルドはため息混じりに「そうですか」と呟く。

「どうかしましたか?」


「いえ……ホーリー様から『ユウト様』は、誠実で優しい方だと聞いていましたが、そんな方とはいえ、やはり簡単に自分がした過ちを相手に言えないのだな。と思いまして」


「クスッ」

 ミケルドの話を聞いたホーリーはクスクスと笑う。

「ミケルドは可愛いですね」

「からかわないでください」

「からかってなんかいませんよ。本心からそう思っています」

「……」

「ですが、ミケルドは思い違いをしていますね」

「思い違い?」


使。『誠実で優しい』方ですから」


 ホーリーの言葉にミケルドは首を傾げる。

「しかし、『ユウト様』は『大魔法使い』にホーリー様の事を言ってはいないのですよね?」

 ホーリーは「そうです」と頷く。


「実はユウト様が『大魔法使い』に私との事を言えないのには、理由があるのですよ」


「言えない理由?なんですか?もしかして『ユウト様』に何か魔法を掛けられたのですか?」

「いいえ、魔法ではありません。『サキュバスのキャンドル』の効果です」

「『サキュバスのキャンドル』の?」


『サキュバスのキャンドル』

 女性の夢魔、サキュバスの血肉から作られるキャンドル。

 古くから伝わる魔法道具で、女性が意中の相手を誘惑する時に使う。

 サキュバスの血肉で作られたキャンドルに自分と意中の相手の肉体の一部を入れ、魔力を注ぎ、火を点ける。すると、キャンドルから漂う香りを嗅いだ意中の相手は、自分を激しく求めるようになる。


 安藤は気付いていないが、ホーリーはこのキャンドルを安藤相手に使っていた。


 ホーリーはニコリと微笑む。


***


「ごめん、ちょっと具合が悪いんだ」


 安藤は、三島にそう言った。

「そうなの?大丈夫?」

「……うん、まぁ」

「ヒール」

 三島は安藤に回復魔法を使った。

「どう?気分は?」

「―――うん、治ったよ。ありがとう」

「良かった。残りの料理はどうする?食べられそう?」

「……今日はもういいかな……ごめん」

「ううん。私の方こそごめんなさい。ちょっと張り切って料理を作り過ぎたのかもね。残りは保存魔法掛けておくから明日食べよう」

「ごめん、ありがとう」

「謝らなくていいよ。お風呂は?入れる?」

「ああ」

「うん、じゃあ魔法で沸かすね」

 三島が魔法を使うと、あっという間に風呂に水が入り、その水がちょうどいい温度に沸いた。

 安藤は、三島が沸かしてくれた風呂に入る。


 また、言えなかった―――。


 湯船の中で安藤は頭を抱える。

「最低だ。俺……」

 自分がこんなにも卑怯だとは思わなかった。悪い事をしたのに、好きな人を裏切ったのに、我が身可愛さに謝る事すら出来ないのか?

 なんてクズ野郎なのだろう。自分で自分を殺したくなる。

「くそ……!」


 安藤は浸かっているお湯を叩く。バシャンと音を立て、風呂場にお湯が飛び散った。


***


?……それが『サキュバスのキャンドル』のもう一つの効果ですか?」


「はい、そうです」

 ホーリーは頷く。


「『サキュバスのキャンドル』を使った者と『サキュバスのキャンドル』の効果の対象となった者が結ばれた場合、『サキュバスのキャンドル』の効果の対象となった者は、。」


 今回の場合、『サキュバスのキャンドル』を使った者はホーリーで、『サキュバスのキャンドル』の効果の対象となったのは安藤優斗だ。


 つまり、安藤優斗は、


 夢魔という魔物は夢の中で相手を誘惑し、精気を吸い取る。

 精気を吸い取られてもよほど弱っていない限り、死ぬことはない。しかし、夢魔に精気を吸い取られた人間は、夢の中で夢魔に襲われた事を誰にも話せなくなってしまう。

 これは、夢魔の特性によるものだ。


 夢魔は珍しく貴重な魔物で、見付けるのはとても難しい。しかし、夢魔自体はそこまで強くない。

 戦闘能力の高い人間や他の強い魔物に見付かれば、駆除、捕獲されてしまう。

 夢魔の特性は、襲った相手が同種の別個体に『夢魔に襲われた事』を伝えるのを阻害することで、集団で自分達に報復しないようにするためのものだとされている。 


 そして、女型の夢魔であるサキュバスの血肉により作られた『サキュバスのキャンドル』にも、同じ特性が宿っていることが、最近の研究により判明している。


 安藤が三島にホーリーとのことを話せないのも、『サキュバスのキャンドル』の効果のせいだ。

 ただし、安藤自身にその自覚はない。

 安藤は自分がホーリーの事を三島に話せないのは、己の自己保身のためだと考えている。


「『サキュバスのキャンドル』にそんな効果があるなんて知りませんでした。想像以上に恐ろしい道具なのですね」

「ですので『サキュバスのキャンドル』はその存在自体が、秘匿扱いされているのです」

 ホーリーは笑顔でそう言った。


 古くから伝わる魔法道具であるにも関わらず、『サキュバスのキャンドル』の存在を知る人間は、ほとんど居ない。

 この魔法道具が一般に知れ渡ったら、社会が大混乱する恐れがあるからだ。

 知っているのは一部の権力者か裕福層に限られる。


 ミケルドは思う。

 恐ろしいのは、この魔法道具を創り出した人間なのか、それとも使う人間なのか……。 


「ところでミケルド、今日の予定は?」

 主に質問されたミケルドは素早く頭を切り替え、手帳を取り出すと、そこに書いてある予定を読み上げた。

「午前中は書類の確認、午後からは協会支援者との謁見、十四時からは病院を回り患者を魔法で治療した後、患者達との触れ合いの時間を設けています。十九時からは協会のお偉方との会食。その後、二十二時からまた諸々の書類に目を通して頂く予定です」

「分かりました」

 午前から午後までビッシリと詰まったハードスケジュールだが、彼女にとってこれが日常だ。


「では、例の件は?」

「はい、ですね。そちらの工作も……ゲフン、失礼しました。『愛の駆け引き』も問題ありません。いつでも大丈夫とのことです」

「そうですか……では、早速明日にでもユウト様の元に使いを出すように冒険者ギルドに指示をしてください」

「はい、そのようにいたします」


「『大魔法使い』が私の事に気付いていない内に、私はユウト様と逢瀬を重ね、あの方との愛を強くしたいと思います。そのためには、ユウト様を『大魔法使い』から離す必要があります。あの日、ユウト様と結ばれた時のように」


「時間を取るためには、スケジュールを調整する必要がありますが……」

 ミケルドの言葉に、ホーリーは少し考える。

「一日に訪問する病院の数を増やして下さい。病院への訪問は、患者さんの治療を最優先とし、触れ合いの時間は無くしてください。書類の確認は緊急性の高いもの以外は、他の者へ。それと今後しばらくは、協会支援者との謁見とお偉方達との会食はキャンセルしてください」

「よろしいのですか?」

「病院で私を待っている患者の方々の治療を無くすわけにはいきませんので、一日でこなす治療の量を増やします。治療後の患者の方々との触れ合いの時間は無くなりますが、仕方ありません。協会支援者の人達にはお詫びとして、見返りを増やします。協会のお偉方達には……そうですね。後で謝っておきます」


 これも私とユウト様の『愛』のためです。


「承知しました。では、そのようにスケジュールを調整します」

「よろしくお願いしますね」

「しかし、ホーリー様。もし、ユウト様が『あの仕事の紹介』を断ったらどうされるおつもりなのですか?ユウト様が『あの仕事の紹介』を断ったら、スケジュールの調整が全て無駄になりますが?」

 ホーリーはニコリと微笑み、自信たっぷりに答える。


「大丈夫ですよ。ミケルド。


 ホーリーは続ける。

「ユウト様はとても優しい方ですので、『人を助ける仕事』に必ず興味を持たれます。それにユウト様は『何も出来ない自分』にとても苛立っていました。人を助けることが出来る『あの仕事』を紹介すれば、自分にも出来ることがあるはずだと思い、必ず志願するはずです。ユウト様のことですから『こちらからもお願いします。その仕事、是非やらせてください!』と言われると思いますよ?」

 ミケルドにそう言うと、ホーリーは遠くを見た。


「ユウト様、もうすぐまたお会いできます。とても……とても楽しみです」

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