第33話 絶望の帰宅
翌日、昨日の豪雨が嘘だったかのように空は快晴となった。
安藤とホーリーは乾いた服を着て部屋から出る。下に降りると、受付には昨夜と同じ老婆が座っていた。安藤は受付の老婆に鍵を返す。
「昨日は楽しめたかい?」
老婆はニヤニヤしながら安藤とホーリーを交互に見る。
ホーリーは何も言わず、老婆に微笑む。老婆は「ケッケッケ」と嫌な声で笑った。
「……」
安藤は老婆を見ることもなく、そのまま宿を出た。
***
「着きましたよ。もう目を開けられて大丈夫です」
安藤はゆっくりと目を開ける。そこは安藤と三島由香里が一緒に暮らしている家だった。
ホーリーのテレポートによって、安藤はあの町から山の中にある家へと戻って来たのだ。
三島はまだ帰ってきていない。ギルドによる新たな薬草の仕入れ先の選考期間は三日間、泊り掛けで行われる。予定通りなら、三島が帰ってくるのは明日だ。
「あ、あの……ホーリーさん……お、俺……」
「昨日はありがとうございました。ユウト様」
ホーリーは丁寧な動作で安藤に頭を下げる。
「私、とても幸せでした」
「―――っッ!」
自分に笑顔を向けるホーリー。罪悪感と後悔、その他の様々な感情が安藤の胸に渦巻く。
「あ、あの……ホーリーさん!」
「はい、何でしょう?」
「き、昨日は……その……俺……あんなことをしてしまいましたが……」
笑顔を向けるホーリーに安藤は、はっきりと告げる。
「俺が好きなのは……由香里……なんです!」
「……」
「貴方が『聖女』で俺のことを『運命の相手』だと言ってくれるのは嬉しいです。貴方が言われるように、俺は貴方に惹かれていたのかもしれません……」
「……」
「でも、俺が……俺が好きなのは由香里なんです!」
「……」
「俺はあいつがずっと好きだったんです。昔からずっと……好きで……やっと告白して恋人になれて……ずっと……ずっと好きだったんです」
「……」
「俺は、俺は由香里を……由香里を裏切ることなんて……できま……」
「ユウト様」
ホーリーは安藤の唇に人差し指を置き、言葉を遮った。
「ユウト様は、奥様を裏切ることはできない。そうおっしゃられるのですね?ですがユウト様……」
ホーリーは微笑む。その笑みは今までの優しいものではない。
妖艶で魅惑的な笑みだった。
「貴方は、昨夜奥様を裏切ったんですよ?」
「―――ッ!」
安藤は愕然とする。血の気が引き、顔が真っ青になる。
「貴方は奥様のことを忘れ、私を求めました。それは事実なのです」
「……ッ、ううっ……」
足から力が抜ける。よろめきながら安藤は近くにあった椅子に座った。
ホーリーは安藤の背後に回り、後ろからギュッと抱きしめる。
「ユウト様……」
ホーリーは安藤の耳元に妖しく囁く。
「忘れないでください。貴方の運命の相手は私なのです」
ホーリーの腕が離れる。安藤は振り返り「違う!」と叫ぼうとした。しかし、既にそこにホーリーの姿はなかった。
「では、ユウト様。またお会いしましょう」
テレパシーだろうか?どこからかホーリーの声が聞こえた。
ホーリーが居なくなると、家の中はシンと静まり返った。
静寂な家の中で、安藤は顔を青くしながら頭を抱え、絶望の表情で顔を伏せた。
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