第32話 聖女の誘惑②

『運命の啓示』


 歴代の『聖女』が生まれながらに持っている魔法。『聖女』が一定の年齢に達すると、自動的に発動する。

 この魔法が発動すると、『聖女』は、この世界で自分と最も相性の良い相手の情報や位置が分かるようになる。

 どのような条件の良い縁談の話があったとしても、歴代の『聖女』は皆、例外なく『運命の啓示』によって選ばれた相手を必ず自分の伴侶とした。

『運命の啓示』は、自分の運命の相手が分かる魔法なのだ。

 何故、協会の聖女だけが、この魔法を使えるのか?

 協会内でも調査されているが、詳しいことは分かっていない。


「一か月ほど前になります。私の中で『運命の啓示』が発動しました。その瞬間、私の世界は一変しました」


 相手の性別、顔、身長などの身体的特徴、相手の性格、相手から発せられるオーラ。そして、相手が今居る場所。

 それら全てが一瞬の内にホーリーの頭の中に入って来たのだ。


 まさに、一目惚れだった。

 その瞬間、ホーリーは『運命の啓示』が導いた相手に恋をした。

 いや、その相手を愛した。


「それが、貴方です。ユウト様」

 ホーリーは安藤の目をまっすぐ見つめる。

「じゃ、じゃあ……貴方は最初から俺を……」

「はい。私は貴方に会うために、あの山に行ったのです」

 安藤は思い出す。

 最初に会った時、ホーリーは言っていた。「この山の中に、探しているものがある」と。

 安藤がその探し物を一緒に探そうかと提案すると、ホーリーは「探していたものは、もう見つかりました」と言った。


 ホーリーが言っていた「探し物」、それは「安藤優斗」だったのだ。


「あの山の中には、とても強い結界が張っていました。術者に気付かれないように、結界を破らず山の中に侵入することには成功しましたが、引き換えにエネルギーをだいぶ消耗してしまい……お恥ずかしい話ですが、倒れてしまいました」

 あの時、ホーリーは「ずっと何も食べていない」と言っていたが、本当は、空腹ではなく結界を抜けたことによる消耗で倒れたようだった。

 そして、倒れたホーリーに安藤は水と食料を与えた。


 安藤は思う。山に張ってあった強い結界とは、おそらく三島が張ったものだろう。

 しかし、三島は結界のことに関しては何も言わなかった。

 

 安藤は背筋にゾクリと悪寒が走った。


「貴方は『運命の啓示』で示された通りの方でした。オーラは心地よく、温かく……そして、綺麗でした。性格は謙虚で……欲がなく、そして、とても優しい人でした」


 ホーリーは安藤に一歩近づく。

「貴方は、倒れている私を助けてくれました。しかも、何の見返りも要求しませんでした。それどころか、帰り際に薬草まで渡してくださいました。素晴らしい」

 安藤は首を横に振る。過大評価だ。

「それは……当たり前のことです。人を助けるのに見返りなんていらない」

「私がどんなに高価な物を渡そうとしても、貴方は頑として受け取りませんでした。”謙虚さ”は協会が人々に説いていることの一つです」

「それも、当たり前です。俺がした事と、ホーリーさんのプレゼントの値段は釣り合っていなかった」

「しかし、貴方は人を救った。大金や高価な品物を得るのは当然だと思いませんでしたか?」

「思いません。もちろん、人を助けたお礼に大きな見返りを要求する人もいるでしょう。それが間違っているとは思いません。しかし、俺自身は、誰かを助ける行為に大きな見返りを望んではいけないと考えています」

「やはり、貴方は素晴らしいです」

 ホーリーはニコリと笑う。

「その献身的な心、相手を思いやれる優しさ。貴方から出ているオーラそのものです。やはり『運命の啓示』に間違いはありませんでした。貴方こそ私……いえ」


『聖女』にふさわしい相手です。


 ホーリーは安藤の手をそっと握る。そして、その手を自分の大きな胸にグッと押し付けた。ホーリーの胸の形が変わる。

 バスローブ越しに、柔らかな感触が安藤の手に伝わった。

「―――ッ、ちょ、ちょっと……!」

「確かに、私と貴方が過ごした時間は短いです。ですが、私の気持ちに嘘偽りはありません」

「……っ、ッ!」

 狼狽する安藤に、ホーリーは真剣な表情で言った。


「愛しています。ユウト様」


 ホーリーは安藤の手を、さらに強く自分の胸に押し付けた。


***


「や、やめてください!」


 安藤は、ホーリーの大きな胸から手を振りほどくと、彼女から距離を取った。

「ユウト様……」

「だ、ダメです……お、俺には……由香里が……由香里がいるんです」

 安藤はドクン、ドクンと高鳴る自分の胸を押さえる。

「貴方が……俺を愛していると言ったことは嘘じゃないと分かりました。ですが、俺は貴方の気持ちに……応えることは……できな……くっ、ううっ!」


 頭がクラクラする。体が異常に熱い。

 なんだ、これは?いくらキスをされたり、体を触られたからといっても異常だ。


 フラリとふらつく安藤にホーリーは優しく語る。

「『運命の啓示』は、自分と最も相性が良い相手を見付ける魔法です。しかしそれは、

「……ど、どういう……こと……ですか?」

「ユウト様は私にとって、最も相性の良い相手です。そして

「―――ッ!」

 目を見開く安藤に、ホーリーは説明する。

「『運命の啓示』は一方通行ではありません。


 確かに、ホーリーと出会ってから、安藤はそれまで全く興味のなかった『協会』について興味を持った。

「綺麗な人だった」と胸が高鳴ったりもした。

 先程のデートも、正直とても楽しかった。ホーリーの所作に何度もドキリとした。


 ホーリーの言う通り、安藤は彼女に惹かれていた。


(違う!)

 安藤は頭を振って、その考えを否定する。

(違う。俺が好きなのは由香里だけだ……由香里だけ……由香里だけだ)

 昔から好きだった幼馴染。ずっと言えなかった想いをやっと告げることが出来た。

 デートにだって行った。キスだってした。

 大好きな女性。安藤にとって一番大切な存在。それが三島由香里だ。


 自分が好きなのは、由香里だけのはずなんだ。


「ユウト様」

「……くっ!」

 ホーリーは安藤に飛び込むようにしてもたれ掛かる。いつの間にかベッドを背にしていた安藤は、そのままベッドに押し倒された。

 キャンドルの香り、ホーリーの匂い、押し付けられる柔らかい体。

 そして、綺麗で美しいその顔。


(俺が好きなのは……由香里だ。由香里だけだ。由香里だけなんだ……由香里……由香里……由香里……由香里……)












 俺が一番好きなのは、本当に由香里なのか?






 欲望が大きくなる。反対に欲望を押さえようとする理性は泡のように消えていく。

 頭が白くなる。もう……何も考えられない。


「ユウト様……」

 ホーリーは安藤の耳元で囁く。

「愛しています」


 その瞬間、安藤の中でプツリと何かが切れた。


 安藤は自分の上に乗るホーリーの肩を掴み、横に倒す。そして、その上に覆いかぶさった。

 今度は、安藤がホーリーの上に乗る形となる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ホ、ホーリー……さん」

「ユウト様、私を―――」

 顔を紅く染め、息を荒くする安藤に、ホーリーは優しく言う。


「抱いてください」


「――――ッッッ!」

 ホーリーの言葉に安藤の理性は完全に消えた。体が欲望に支配される。

 安藤は上からホーリーにキスをした。唇と唇が重なる。

「んんっ」

「んっ」


 安藤はホーリーの体を触り、ホーリーはそれに応える。

 キャンドルの炎が大きく揺れた。


 外で雨が激しく降り続く中、安藤はホーリーの体を求め続けた。

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